魔王はマリオネットと踊る。

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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初めに。

魔王と少女。

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…僕は不幸だ。でもそれでも良い。人間と関わる方がもっと自分が不幸になってしまうから。

テーブルに1輪の花が生けてある。名はディルフィニウムという小さくも儚げな青い花だ。この花はローマ神話によると、猟師によって捕縛されてしまったイルカ達を助けた青年が囚われていたイルカの縄を離し、そして彼らを海へと逃がしてあげたそうだ。だが、青年は食料にもなるイルカををわざと逃がしたことにより漁師たちによって殺され、海に沈められてしまった。青年に助けられたイルカ達は嘆き悲しみ、その涙と青年を忘れぬようにと、とある花に想いを込めて作られた…というのがディルフィニウムという花らしい。
そんな青い花を見つめながら、顔がいかにも人を襲うような瞳と顔つきをし、大柄な体格をした男は、その体格に似合わないアフタヌーンティーを1人楽しんでいた。1人で居るのも楽なものだ。誰かに怖がられることもなく、勝手に騒いでは馬鹿にされることもなく、自分を悪人に仕立てようと画策する人間にも会わないのだから。

「今日はアイリッシュ産のフランボワーズを取り寄せておいて良かったな~。この風味がこのチョコのケーキとマッチして美味しい…。やっぱり通販は気軽でいいね。配送通りに来てくれるし…。まっ。この森は危険だし、ポストまで行くのが大変だけど。」

独り言を言いつつも、その男…名はソエゴンはまた紅茶を一口飲んだ。何もしていないのにこの体格と顔つき目つき、そして、やけになって得てしまった大魔術を操れるほどの力を持ってしまったことでさらに人々を恐怖のどん底へと陥れてしまった。だからこんな危険な森に城を立てて住んでいるのに。…もう加害者であるのが疲れてしまったからなのに。それでも人々は彼を傷つけるように言い放つのだ。

『この森には行ってはならない。大悪党”魔王”ソエゴンが住んでいて食べられてしまうかもしれない!』

「…僕は人間なんて一度も食べたこと無いんだけど。…まっ、いっか。」

そして魔王ソエゴンはコーティングされたチョコレートのケーキ、ザッハトルテをフォークで小さく刺した。


ベランダに洗濯物を干してはソエゴンは大きく息を吐いた。一通り家事は終了した。城は大きいので分割して部屋を魔術と手作業で掃除をし、ゴミ出しも終わらせて、回していた洗濯物を取り込んではベランダいっぱいに干すことが出来た。もちろん、風呂掃除も完璧だ。

「あ~!!やっと終わった~!!!また一休みっていきたいけど…夕飯の準備がまだだからな~。…さっさと狩りに出て、作っちゃお~と!そうだ!自家農園の野菜も摘んで来ないと!」

そんなことを強面かつ凶悪な顔を見せながらソエゴンは狩へと向かう。ここの森はレベルの高い魔獣が出るもののとてつもなく美味しい。凶悪な顔をして裁いて見せても、魔獣もソエゴンの畏怖に恐れを抱いて裁かれる始末。そこがなんとなく悲しいのだがソエゴンはそんなことを割り切って食事を作っている。
自分の大きな巨体が隠れるほどの大木に隠れ、ソエゴンは自身の気配を隠し獲物を狙う。これは驚いた。珍しい巨大な鳥、ダイレクトバードという鳥が現れた。この鳥は猛獣指定はされているが味は絶品!しかも骨の髄まで料理に生かせられるから美食家かつ料理好きなソエゴンにとっては一級品のように思えてしまう。というより絶対に食べたい。

…よーし!今日の夕飯はダイレクトバードのグリル作るか~!骨は残しておいてダシにして…。うふふ。楽しみだ…。

凶悪な顔をしてニヤついて妄想をするソエゴンに気づいてもいないダイレクトバードは艶やかな白い翼を羽ばたかせようとした。しかしソエゴンは見てしまったのだ。ダイレクトバードのくちばしに何かが…いや、人間?が、食べられそうになっている!??
さすがに驚いたソエゴンはとっさに魔術を使用する。まずはダイレクトバードを自身が造った結界内から出さぬようにして、そして慌てているダイレクトバードに魔術で生成した弓を使って仕留めたのだ。
ちなみにだが、この結界の魔法や生成した弓はSランク魔術者でしか造れないほどの強大な魔力が必要なのだが、ソエゴンはいとも簡単に出来てしまう。さすが”魔王”と呼ばれるだけはあるようだ。
ダイレクトバードが地に伏せたと同時に食べられそうになっていた人間は結界内に放り出されてしまった。その人間をソエゴンは凄まじい脚力で抱き留めて見せる。するとソエゴンは驚いた。助けたのはやはり人間なのだが少女だ。だが羽のように軽く、そして美しい黒く長い髪としなやかな肢体は、まるで…人形のようだったのだから。

「…人形さん。なのかな?でもそれにしては温かいし、可愛いし…。」

ソエゴンは瞳を閉じている人形のような少女に頬を染めてしまった。だがそんなことはどうでもいい。この子をどうするか。このままにしておけば魔獣に食べられるかもしれないし、この少女がどこに住んでいるかも分からない。この少女から聞き出して転送魔法で送れば、それが一番この子にとっては安全な道であろう。…だがどうしたものか。

「僕の顔…怖いからな。う~ん。お面でも被っておくか~。…整形できる魔法があればいいのに…。神様のばか。」

そんなことを言いつつ魔王ソエゴンは少女を自身の城へ連れて帰るのだ。


「…ここはどこ?私は死んだんじゃ…ないの?」

少女が目を覚ませばふかふかのベットの上に居た。太陽の香りがしてとても安らぎを与えてくれるような、そんな良い香りがする。少女は名残惜しそうにベットから出てみるが自身に拘束具が付いてないことにも驚いた。一応、銘家の娘なのだから身代金でも出させるのかと思っていたのに。だから少女は魔獣に襲われてからの記憶が無いことを悔しがった。死にたくもなく生きたくもない人生を歩んでいる最中であるが、それでも魔獣に襲われて助けてくれた人に感謝をしたいから。ちぐはぐな気持ちでも、それでも自分があの森へ、行ってはならないと言われているあの森へ行ったのは、自分の人生に疲れてしまったから。もう。だったら死んでしまいたい…そう願ってしまったのだから。
だが自分は生きている。しかも魔獣に襲われて怪我をしたのにも関わらず、怪我はほぼ完治しているのだ。少女は自分を助けてくれた人…恐らく、”魔王”と呼ばれる人物に興味を示すのだ。

「とりあえず助けてくれたことに感謝しなきゃ。…でもその後はどうしよう。今はあの家に戻りたくもないし…。っでも、感謝は伝えないとだよね。」

そんなことを言いながら少女は扉を開けて辺りを見渡した。自分の家も大きな方ではあるがこの家はとっても大きい。”魔王”の城と巷では言っているのだから城なのだろうと少女は考える。なんとなく辺りを見渡せば下から香ばしい香りと温かい光が見えた。あそこに行けば自分を助けてくれた人物に会える。感謝も言える。…でも。

…やっぱり殺されちゃうのかな。私。でもそれでも良いや。だって私は逃げてきたんだもん。絡まっている糸から逃げてきたんだから、死んでも文句は言っちゃいけない。

だから少女は覚悟を決めて下へと降りてきた。ゆっくりと、慎重に。すると見えてきたのは美味しそうな食事。両親やレッスンの先生に指導されて食べている味気の無いサラダや、もさもさとした触感しかないささみとは大違いだ。

「…うわぁ!!!美味しそう!!!」

声が出てしまった。まずい。”魔王”に声を聞かれてしまった。というかこれは確実だ。しかしそれでも魔王は顔を見せようとしない。なんでだろうと不思議に思いながらも少女は慌てて流し台で何かを作っている人物…恐らく”魔王”ソエゴンに恐怖を押し殺して笑みを見せて感謝を伝えるのだ。…殺されるかもしれないのに笑顔を作ることは少女にとっては朝飯前なのだ。

「あの!助けてくれてありがとうございました!私は、ルルシエ・ヴァイスバード。15歳!危険な森だとは知っておきながら入ってしまってすみませんでした!…だから、その。帰る時はあなたにご迷惑を掛けないように帰りますし、なんなら奴隷でもなんでも…」

「…とりあえず食事を食べろ。それで食べ終えたら家の住所を。…転送魔法で送る。」

「え…?あの!奴隷って言葉が嫌でしたら、召使いでも」

「そんなことよりも食べろ!僕…いや!我は人間が大嫌いなんだ!早く喰ったら帰ってしまえ!」

そう怒鳴りつけても顔は見せず、魔王奥で何かを作っていた。何を作っているかは知らないが殺されないことと家まで送ってくれるという好条件。ルルシエは不思議に思いつつ、少し考え込んでから言われた通りに席へ着き、豪華な食事を目の前にした。鶏とハーブの香草焼きに彩りが素敵なサラダにコーンスープ、そして極めつけは香ばしい香りが際立つフランスパン。ルルシエは目を輝かせてまずはサラダを口にする。この上にないほどとてつもなく美味しい。ドレッシングも酸っぱすぎず、ちゃんと丸みがあるような、角が立たない優しい味わいだ。自分がいつも食しているまったく味のしないサラダとは雲泥の差だと分かる。

「美味しい!…すっごく美味しいです!!!あなた様が作られたんですか?」

「ま…。まぁな。我は1人暮らしが長いからこんなのは朝飯前だ。…というか早く喰って」

「へぇ~!そうなんですか~!こ~んなに料理がお上手でお部屋も綺麗だから、私の街に来ればモテるだろうに…。…人間嫌いだなんてもったいない~な。…私が貰って欲しいくらいですよ?」

ルルシエの褒め上手な言葉に魔王は身体をビクつかせて何かを落とした。怒らせてしまったのかと思いビクつくルルシエであるが、近づいて背後から見てみると流し台に包丁と共にリンゴやオレンジ、木苺などが瓶に詰められていた。不思議に思ったルルシエは何をしているのかと彼に尋ねる。

「あの…。何を作っているんですか?瓶にフルーツなんか入れて。…もしかして、最近流行りの果実酒?サングリアとか?」

「違う!!!これは瓶の中にお酢を入れて染み込ませて果実酒ならぬ果実酢を…っじゃなくて!お前が死んだ後に生き血をこの中に入れて飲むのだ!どうだ!怖いだろ~!我が怖いだろう~!!!はっは~はっ!!!」

ルルシエの方へ向いてしまい高らかに笑っている様子の”魔王”ソエゴンであるが、彼女は一瞬、呆気に取られてしまった。だって、だって…。

「っふ!ははっは!!!そんな”ひょっとこ”のお面を被って言われても~、怖くないですよ~!バカにしてます~?”魔王”ソエゴンさん?」

ルルシエは”ひょっとこ”のお面を被っているソエゴンに可愛らしく笑ってしまう。だがソエゴンは負けじと今度はお面を外して自分の素顔を見せた。自分も大嫌いで人々にも恐れられるこの顔を。するとルルシエは笑うのを辞めてしまった。

…どうだ。怖いだろ?怖いだろ?…怖かったよね?…本当に。

「ごめん。君のことを怖がらせる気にはしなかったんだ。…ちゃんと君を元に居た家にも帰すし君を食べるつもりもないから。…ごめんね。怖がらせて」

「…謝らないで。」

言葉を続けようとした矢先にルルシエは真剣な表情を見せる。吸い込まれそうなほどの黒くて大きくて少し吊り上がった目はソエゴンの心を読まれたような気がしてならない。
沈黙が続く。ソエゴンは生唾を飲んだ。こんなに人間にじっと見られるのは両親以来だ。人間達は自分も人間なのに怖がったり苛めたり…。反撃でもしたら自分が悪いということになって両親が謝る始末。…そんな優しい両親もこの世には居ない。

…生き返らせる魔術があったら3人で暮らしたかったな…。

そんなことを思っているとルルシエは言葉を口にするのだ。

「ねぇ?私ね、家出してきたの。…あの家が嫌だったから。掃除だって手伝いだってなんだってする。あなたの…いや、ソエゴンの力になれるのならなんだってする。だからさ。」

…そんな悲しそうな顔しないでよ?

彼女の言葉にソエゴンは目を見開いてしまった。人間を信じても良いのかどうかでさえ分からない自分を。しかしルルシエは今度は大輪のような、温かい笑顔を見せてソエゴンに言い放つ。

「ルルでいいわ。私は今日から、ソエゴンの傍に居る。…まずはお友達からね?…というか、ソエゴンもご飯食べようよ!こんな美味しい料理、冷めたらもったいないわ!」

彼女の小さいが陶器のような滑らかな手に包まれてソエゴンは席に座り食事を摂る。ソエゴンには分からなかった。なぜルルが自分を恐れないのかを。謎は深まるが2人はたどたどしく会話をして食事をする。普段よりも食事が美味しく感じた。


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