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初めに。

魔王とルル。

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ルルが来て2週間が経過した。最初は拙い話から始めた2人ではあるものの、ソエゴンの家事をルルが手伝ううちに徐々に打ち明けていった様子だ。こんな感覚はソエゴンにとっては両親以来、初めてなので未だにルルと話すと緊張を催すのだが、それでもルルは笑ってソエゴンに話し掛ける。

「ねぇ?ソエゴン…ソエゴンは私と居てどう思う?」

シーツを一緒に干しているルルの突飛な発言にソエゴンは少々驚いた。

…どう思うって言われても。…う~ん。正直に言えば良いのかな?人間と話すのなんて何年ぶりもだし、しかも怖がられていたおかげでそこまで話し掛けられることなんて滅多になかったし。というか記憶にないし…って、僕もこんななりでも人間なんだけどね。

しかし過去を振り返っては悲しい人生を送っているなと嘆くソエゴンではあるものの、興味津々な様子を抱かせている少女のルルはソエゴンの答えを待っているようだ。期待されているような感じがして彼女に答えなきゃと思ったソエゴンは最初は唸りながら考える。

…こういう場合は褒めておいた方が良いのか?いや、それが最善だよね。うん。

そんなことを思ったのでソエゴンはこのような言葉を紡いだ。

「明るくて元気な子って感じかな。」

「……それだけ?」

「そうだけど…ってあれ?」

ソエゴンの返しにルルは少し寂しそうな表情を見せている。なぜだろうか?普通は褒められた方が嬉しいと思って言ってみたのだが違ったらしい。するとソエゴンは自分のコミュニケーションスキルをフル稼働させて考え直す。そして、小さな小さなソエゴンコミュニケーションを発動させた結果、やっぱり具体的に伝えた方が良かったのかと考え直し、率直だが長く、そして具体的に言ってみせた。

「えっと!そうだな~?…気は遣える方だけど結構ズバズバ言ってくれるし、料理のことでもっとお肉が食べたいって言うもんだからちゃんと狩に出て行かないとだし、料理も作ってくれるけどやっぱりそこまででも無いというか、僕の方が美味しく作れるかな~とか。でっ!でも!!!僕はずっと1人だったから寂しくないし、家事も手伝ってくれるから嬉しいし、ルルがお風呂あがった後にお風呂に入るとなんか癒されるっていうのとドキドキしちゃって…って!!!違う違う!!だから…あの…その、えっと!」

最後の方に言ってしまったルルに対して変態チックな言葉を話してしまったことや、褒めているのようでいない言葉にも、訳も分からずに伝えてしまったのでソエゴンはその厳つい顔を真っ赤にし、そして顔を隠すような動作をしてしまう。

…情けない。そして恥ずかしい。もっと自分が上手い話が出来たら…こんな醜態を晒せずに済んだのに。

後悔と情けなさを感じてルルのことが見れない。こんな自分なんてもう要らないだろう。早く住所を聞き出して転送魔法で送った方がルルにとっては良いのではなかろうか。…あぁ。自分が情けない。恥ずかしい。

そんな意気消沈をしているソエゴンにルルは少し俯いてしまう。しかも少し肩も震わせているし。怒らせてしまったと思い謝罪をしようとソエゴンは言葉を言おうとした矢先、ルルはその顔や可憐な容姿に似合わぬほど大きく口を開けて大笑い…いや、爆笑をしていたのだ。

「あっはははっ!!!面白~い!私を褒めているんだが馬鹿にしているんだが分からない所がさらに面白いわ~!…そんな風に見てくれたことも、すっごく嬉しかったよ?」

指を指して笑い続けるルルにソエゴンは覆っている指先の隙間を開けて彼女を見る。似つかわしくないほど下品に笑っているがそんな彼女の笑い方も素敵だと思ってしまうのはなぜだろうか?だがそんなことよりもこちらとしては良い対応だったのかさえも聞きたいし反論もしたい。

「…本当に?でも明らかに馬鹿にしてるよね?…ルルのイジワル。」

ムスッとさせてシーツを干し終えるソエゴンにルルの大笑いが続くかと思えたが落ち着いてきたようだ。

「あっははっ…!はぁ~!ひとしきり笑って疲れた~。…ソエゴン。ちょっと屈んでもらって良いかしら?」

「…なに急に?」

「良いから!早く!」

突然のルルの行動に戸惑いを覚えながらもソエゴンはその巨体をルルの身長に合わせて屈む。するとルルは最初はにっこりと太陽のように朗らかに笑ってみせたかと思えば…ソエゴンの頬に口づけをしたのだ。彼女の行動に何が何だが分からずにソエゴンは唖然、呆然として少々時間が経ってから身体を仰け反らせ、赤い顔をさらに真っ赤にさせてしまう。そんな人間嫌い…というよりも、人間とあまり関われずに過ごしていた日々を送っていた”魔王”ソエゴンに少女は意地悪に笑うのだ。

「これで許して?…ダメ?」

彼女の小悪魔のような微笑みにソエゴンの鼓動は鳴りっぱなしであった。


『3日後。お前の城からルルシエ・ヴァイスバードお嬢様を貴様から救出する。悪魔のようなお前にルルシエお嬢様は渡さない。そして…』

郵便ポストに入っていた手紙の封を開けてみればアーク・ジェライドと呼ばれる人物からの手紙の通達があった。内容によるとルルの家の騎士として仕えている人間らしい。いきなり届いたかと思えば挑発的な文章を送りつけるものなのでソエゴンは破り捨てようとするのだが…手紙にはこのような記載がされていた。

『ルルシエお嬢様はヴァイスバード家のご令嬢。そして可憐な容姿と美しさを兼ね揃え、性格も優しく気が回る美少女であるから、学校のクラスメートにも慕われて頼られている存在。それにピアノやヴァイオリン、そしてプロにも負けぬほどの美しいバレエは両親共に期待されており、レッスンの講師を雇って努力を続ける様だ。そして騎士たちにも配慮が回り、彼女をを必要としてくれる人間は大勢いるのだ。』

ソエゴンは手紙を読んでその事実を初めて知る。なぜならばルル自身がそんなことを一言も言わずにいたのだから。手紙はまだ続きがあり、最後の方に騎士であるアークはソエゴンに脅しを掛けるような文章を綴らせた。

『ルルシエお嬢様が貴様から奪還した暁には、お前の城ごと焼いて見せよう。…怖気づいたというのなら、早くルルシエお嬢様を解放しろ。』

手紙を読み終わってからソエゴンはビリビリに破こうとするがルルにも事情が聞きたかったので辞めておいた。普通に高飛車な文章で腹が立ったので破っても良いのだが…そんなことよりもソエゴンはルルのことを不思議に思うのだ。

「なんで、ルルは僕の城に来たのかな…?あんな危険な森に入ったら死んじゃうかもしれないのに…。」

ルルがなぜ家出をしたのかが分からずにいたソエゴンはお昼休憩がてら、紅茶と自家製のスコーンをホイップとブルーべリージャムを添えたプレートを用意し、ルルを呼びに行く。
知りたかったのだ。なぜルルが家出をしたのかを。…こんなにも多くの人間に慕われているのにも関わらず。
だからソエゴンは部屋をノックしてルルに紅茶とスコーンの用意を出来たことを伝えて話を聞いてみることにしたのである。
階段を上がりルルの部屋のノックを軽く叩く。すると彼女から返事がしたので開けてみれば…そこにはソエゴンが仕立てた緑色のワンピースを着て迎える可憐な少女がそこに居た。黄緑をベースとしたフリルをあしらえたその服は、我ながら上出来だとは思ってはいたが、本当に似合っていたので感嘆の声が出てしまうほどである。そんなソエゴンにルルは不思議そうな表情を見せていた。

「???ソエゴン、どうしたの?…着ちゃまずかったかな?」

自分が作り、そして似合いすぎるほど美しい少女がソエゴンに近づいて来る。こんなシチュエーションなど縁もゆかりも無いソエゴンは自身が手にしている開封された手紙を慌てて渡して誤魔化すのだ。

「こっ!!!これっ!!!あの…なんか!君のお家の人からの手紙が来ていたんだ!」

「……家から?…どうしてだろう。置手紙でさえも置かなかったのに。」

ルルは考え込んでから手紙を拝読するのだが…読んでいくうちに冷めたような目つきになってしまった。その様子を見て自分がいけないことをしてしまったのかと思ったソエゴンはルルに謝ろうする。しかし彼女は読み終えたと思った途端、手紙をビリビリに破いて窓を開けて手紙を飛ばしたのだ。突飛な行動に驚くソエゴンは謝罪を忘れて疑問を投げかけようとするのだが…彼女は今度は疲れたような、うんざりしたような表情を見せていた。その様子にソエゴンはなんと声を掛ければよいのか分からずに謝ろうとするのだが、先にルルがぎこちない笑みを見せて言い放つ。

「ソエゴン、ごめんね。私のせいで傷付かせてしまって。こんな酷い文章を読ませてしまって。…でも、それでも私は…」

…あの家に帰りたくない。

儚げに笑うルルの姿の姿はどこか悲しそうで、辛そうで。だからソエゴンは謝罪をする前に不器用な誘い方をするのだ。

「…ルル?…その、今日作ったスコーンがあるんだ。お昼前だけど、お昼は軽めにしてさ?お茶でもしない?…それに、君がなんでこんな危険な森に来たのかも知りたいから。…ダメかな?」

ソエゴンの問い掛けにルルは哀愁を漂わせた笑みを見せて頷く。その微笑みはソエゴンでさえも彼女の苦しみを感じるようであった。
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