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初めに。
魔王とマリオネット。
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「私ね、自分で言っちゃあ何だけど、銘家の娘なの。芸術面のだけどね。…お父さんは資産家で、お母さんは有名なバレリーナで今はその育成をしているのよ?それでその弟子が私のバレエの講師をしているのよね。」
モンド産のアールグレイを飲みながらルルは自身の経歴を話す。アールグレイ特有の香りに包まれながらソエゴンはスコーンをホイップとジャムを付けて食す。さて次の言葉は何なのだろうか?続きを聞こうと待つのだがルルは紅茶を飲みスコーンを口にした。そしてやっと話すかと思えば彼女はソエゴンが作ったスコーンの感想しか言わないのだ。
「うん!!やっぱり美味しい~!!!ジャムとスコーンがとっても合うし、このホイップも甘さが控えめで美味しい!!!さっすが!ソエゴン!…お嫁に嫁ぎたいくらいだわ!」
「いや~それは嬉しい…って!お嫁にって!???もう!冗談は大概にしてよ~もう。」
「あら?私は本気よ?家事が出来て強くて、しかもすんごく優しい人間の傍に居たいというのは女性の心理として逆らってはいないわ?…まっ。ちょっとコミュ障なのは残念だけど。」
そんなことを言いながらケラケラと笑っているルルではあるが、何故か今度は深い溜息を吐いて顔を俯かせてしまう。何か気に障ったことでもしたのかとソエゴンは考えるが思いつかない。…ただ、ルルが悲しんでる姿をあまり見たくは無かった。
「…スコーンのお代わりいる?まだジャムもホイップも残っているしさ。…でもあれか!いっぱい食べちゃったら太っちゃうよね!…ルルのことは手紙で書かれていて分かったんだけど、周囲の人たちに期待されてるし、バレエの為に頑張ってるし。…だったらサラダを中心にタンパク質豊富なお肉とか調達しないと」
「ソエゴンまで裏切るの?…私のこと。」
ルルのその言葉はとても冷たかった。でもなぜだろう?配慮したはずなのに…?だがルルはソエゴンの配慮によってとても切なくて苦しそうな彼女の表情をするのだ。だから彼は自分が悪いことをしてしまったと考え、とっさにルルに謝罪をする。
「ごめん!気に障ったよね?…本当にごめんなさい!」
「うん。すっごく嫌な対応だった。…私にとっては、だけど。」
冷淡な口調をするルルにソエゴンは自身を責める。なんてことをしてしまったのだと。…初めてできた人間の友達を、僕は自分のせいで。
しかしルルはしょげているソエゴンに向けてこのような言い方をしたのである。というより、彼女は疲れたように笑って彼に訂正をするのだ。
「ううん。私が嫌な対応をしたのがいけないから…ソエゴンは悪くないわ。傷つけてしまってごめんなさい。…ただ、私ね?疲れてしまったの。…もう身体も心も、何もかもが。」
…身体も、心も???
人から慕われて、期待されて、面倒を看てもらえているように感じるルルの姿にソエゴンは妬みや嫉みを超えて疑念を抱いた。自分であったらそんな状況がもしもあれば天にも昇るような気持ちであるというのに…なぜ?不思議に思うソエゴンに少女は再び深い溜息を吐いてから話し出すのだ。
「両親だろうが、クラスメートだろうが何だろうが…求めているのは”イイコ”の私。反論も言わず、人格者であることを演じて、それでバレエがちょっと出来たからって勝手に期待をして”私”という存在を壊す。…両親はね?”イイコ”で優しい”私”が好きなのよ。愛していて、期待しているのよ。…ちょっと歯車が合わなくなったら叱って、それで”イイコ”を演じる”私”も見て喜ぶ。クラスメートもみんなそう。明るくて元気で優秀な”私”が好きで求めていて、期待をする。…期待という重圧に押し潰されて、私はもう…自分が保てなくなる。おかしくなる。…誰も本当の私を見てくれない。みんなが見ているのは…。」
そしてルルはとてつもなく寂しそうに微笑んでから言い放つ。その微笑みはソエゴンの心に痛みというものを伴わせた。
「”期待”っていう糸に操られている、ただの”マリオネット”の私。…だからあなたの所へ来たの。…もう、期待に応えるのも、演じるのも…もう…嫌なの…。……苦しいのよ。」
ソエゴンは彼女がどれだけ辛いのかは分からない。自分はそんな思いなどしたことがないから。もしもソエゴンがとてつもなく冷酷な魔王であれば彼女の天才ゆえの苦悩など分かりもしないし、寄り添いもしないであろう。…ただソエゴンは人間嫌いではあるがルルは特別であった。人々に蔑まれて人間嫌いの発端であるこの顔でさえも怯えずに優しく接し、そして孤独という永遠と思われた時に安らぎを与えてくれた。…両親以外で初めて認めてくれた大切な”存在”になっていたのだ。
だからソエゴンは冷めた紅茶を一気に飲み干してから、儚げに、そして疲弊の表情を見せているルルにこのような言葉を掛ける。
「君はとっても優しい子だから期待に応えてしまうのだろうね。…僕は寄り添うことしか出来ないから君の本当の痛みを知ることが出来ない。…でもこれだけは聞きたい。それはね?」
…君は両親や周囲の人々を裏切ってもここに居たいの?
ソエゴンの言葉にルルははっとして顔を上げてから俯いてしまう。恐らく彼女なりに、とても優しい彼女なりに本当の自分と向き合っているのだろう。
どれくらい経ったのだろうか?長考をしてからルルは弱弱しい声でソエゴンへ向けて言った。
「時間が欲しいと…本当の自分がそう言ってる。今は誰とも会いたくない。だからソエゴン。お願い。」
…私を救って?
彼女の言葉にソエゴンは目を細めてから3日後に来る騎士たちとどのような対応を取れば良いかを考える。だが手紙通りであれば話し合いでも通じないであろう。だから彼は彼女が本物の自分と向き合い、そして”マリオネット”を演じる彼女を切り離せるような、本物の可憐で美しい人間の手助けをしたいと思ってとある決断をし彼女に伝えるのだ。…それはソエゴンにとっては悪評に繋がるものではあるが、それ以上に自身を”マリオネット”だと悲しく、そして切なさを帯びるルルを見過ごすことが出来ない自分が居たのだから。だから彼はとある作戦をルルに伝え、その時を待つのだ。
それは、人間嫌いのソエゴンが初めて自分から悪人へと演じる”魔王”と呼ばれる存在へと確立させたものであった。
モンド産のアールグレイを飲みながらルルは自身の経歴を話す。アールグレイ特有の香りに包まれながらソエゴンはスコーンをホイップとジャムを付けて食す。さて次の言葉は何なのだろうか?続きを聞こうと待つのだがルルは紅茶を飲みスコーンを口にした。そしてやっと話すかと思えば彼女はソエゴンが作ったスコーンの感想しか言わないのだ。
「うん!!やっぱり美味しい~!!!ジャムとスコーンがとっても合うし、このホイップも甘さが控えめで美味しい!!!さっすが!ソエゴン!…お嫁に嫁ぎたいくらいだわ!」
「いや~それは嬉しい…って!お嫁にって!???もう!冗談は大概にしてよ~もう。」
「あら?私は本気よ?家事が出来て強くて、しかもすんごく優しい人間の傍に居たいというのは女性の心理として逆らってはいないわ?…まっ。ちょっとコミュ障なのは残念だけど。」
そんなことを言いながらケラケラと笑っているルルではあるが、何故か今度は深い溜息を吐いて顔を俯かせてしまう。何か気に障ったことでもしたのかとソエゴンは考えるが思いつかない。…ただ、ルルが悲しんでる姿をあまり見たくは無かった。
「…スコーンのお代わりいる?まだジャムもホイップも残っているしさ。…でもあれか!いっぱい食べちゃったら太っちゃうよね!…ルルのことは手紙で書かれていて分かったんだけど、周囲の人たちに期待されてるし、バレエの為に頑張ってるし。…だったらサラダを中心にタンパク質豊富なお肉とか調達しないと」
「ソエゴンまで裏切るの?…私のこと。」
ルルのその言葉はとても冷たかった。でもなぜだろう?配慮したはずなのに…?だがルルはソエゴンの配慮によってとても切なくて苦しそうな彼女の表情をするのだ。だから彼は自分が悪いことをしてしまったと考え、とっさにルルに謝罪をする。
「ごめん!気に障ったよね?…本当にごめんなさい!」
「うん。すっごく嫌な対応だった。…私にとっては、だけど。」
冷淡な口調をするルルにソエゴンは自身を責める。なんてことをしてしまったのだと。…初めてできた人間の友達を、僕は自分のせいで。
しかしルルはしょげているソエゴンに向けてこのような言い方をしたのである。というより、彼女は疲れたように笑って彼に訂正をするのだ。
「ううん。私が嫌な対応をしたのがいけないから…ソエゴンは悪くないわ。傷つけてしまってごめんなさい。…ただ、私ね?疲れてしまったの。…もう身体も心も、何もかもが。」
…身体も、心も???
人から慕われて、期待されて、面倒を看てもらえているように感じるルルの姿にソエゴンは妬みや嫉みを超えて疑念を抱いた。自分であったらそんな状況がもしもあれば天にも昇るような気持ちであるというのに…なぜ?不思議に思うソエゴンに少女は再び深い溜息を吐いてから話し出すのだ。
「両親だろうが、クラスメートだろうが何だろうが…求めているのは”イイコ”の私。反論も言わず、人格者であることを演じて、それでバレエがちょっと出来たからって勝手に期待をして”私”という存在を壊す。…両親はね?”イイコ”で優しい”私”が好きなのよ。愛していて、期待しているのよ。…ちょっと歯車が合わなくなったら叱って、それで”イイコ”を演じる”私”も見て喜ぶ。クラスメートもみんなそう。明るくて元気で優秀な”私”が好きで求めていて、期待をする。…期待という重圧に押し潰されて、私はもう…自分が保てなくなる。おかしくなる。…誰も本当の私を見てくれない。みんなが見ているのは…。」
そしてルルはとてつもなく寂しそうに微笑んでから言い放つ。その微笑みはソエゴンの心に痛みというものを伴わせた。
「”期待”っていう糸に操られている、ただの”マリオネット”の私。…だからあなたの所へ来たの。…もう、期待に応えるのも、演じるのも…もう…嫌なの…。……苦しいのよ。」
ソエゴンは彼女がどれだけ辛いのかは分からない。自分はそんな思いなどしたことがないから。もしもソエゴンがとてつもなく冷酷な魔王であれば彼女の天才ゆえの苦悩など分かりもしないし、寄り添いもしないであろう。…ただソエゴンは人間嫌いではあるがルルは特別であった。人々に蔑まれて人間嫌いの発端であるこの顔でさえも怯えずに優しく接し、そして孤独という永遠と思われた時に安らぎを与えてくれた。…両親以外で初めて認めてくれた大切な”存在”になっていたのだ。
だからソエゴンは冷めた紅茶を一気に飲み干してから、儚げに、そして疲弊の表情を見せているルルにこのような言葉を掛ける。
「君はとっても優しい子だから期待に応えてしまうのだろうね。…僕は寄り添うことしか出来ないから君の本当の痛みを知ることが出来ない。…でもこれだけは聞きたい。それはね?」
…君は両親や周囲の人々を裏切ってもここに居たいの?
ソエゴンの言葉にルルははっとして顔を上げてから俯いてしまう。恐らく彼女なりに、とても優しい彼女なりに本当の自分と向き合っているのだろう。
どれくらい経ったのだろうか?長考をしてからルルは弱弱しい声でソエゴンへ向けて言った。
「時間が欲しいと…本当の自分がそう言ってる。今は誰とも会いたくない。だからソエゴン。お願い。」
…私を救って?
彼女の言葉にソエゴンは目を細めてから3日後に来る騎士たちとどのような対応を取れば良いかを考える。だが手紙通りであれば話し合いでも通じないであろう。だから彼は彼女が本物の自分と向き合い、そして”マリオネット”を演じる彼女を切り離せるような、本物の可憐で美しい人間の手助けをしたいと思ってとある決断をし彼女に伝えるのだ。…それはソエゴンにとっては悪評に繋がるものではあるが、それ以上に自身を”マリオネット”だと悲しく、そして切なさを帯びるルルを見過ごすことが出来ない自分が居たのだから。だから彼はとある作戦をルルに伝え、その時を待つのだ。
それは、人間嫌いのソエゴンが初めて自分から悪人へと演じる”魔王”と呼ばれる存在へと確立させたものであった。
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