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花人の謎

不幸ヤンキー、”狼”に奪われる。【3】

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 …強い胸の痛みで立ち上がることさえままならない。愛しい恋人が…花ちゃんが、危険な状態に晒されてるというのに。
 激しい疼痛と戦っている哉太は能力で跳ね除けようと試みる。だが、玉緒の警戒心が強いのだろう。まるで胸を締め付けられているような激痛に襲われていた。
 …痛いし、苦しい…。でも花ちゃんが危ない目に遭っているのに…。
 ―どうして助けられない?
 サングラス越しから見える心が幸を庇う姿を見て哉太は声を上げたかった。…早く逃げて欲しいと。心と一緒にどこか安全な場所へ逃げて欲しいと。そんな思いが通じたのか、哉太の脳内に聞き慣れた声が哉太を支配した。
 ―その声はとても心地の良い冷たさで、痛みでむしばんでいた脳内に目がけて薬を投与されているような。そんな心地の良い冷たさを感じた。
『哉太君、私の声が聞こえるかな。…聞こえたら私の方を見て。視線だけでいいから』
 驚いて声を出してしまいそうだが、出さぬようにぐっと堪えた。すると哉太は視線だけではなく、首を心の方に向けたのだ。
 ―自分がサングラスを掛けているから合図が見えづらいかもしれないと配慮をしたのだろう。そんな彼の気遣いを汲んだ心は、玉緒に気づかれぬよう視線だけを哉太に向けてから冷静な声でテレパシーを送る。
『この玉緒って男の人の邪悪な心を読む限り、シルバーアクセサリーを渡して終わりというわけでは無いと思う。…ただでは済まされないよ』
 …やっぱりそんな男か、この金髪クソしゃちょーは。…今すぐぶっ飛ばしたいんだけど?
『哉太君、落ち着いて? 今の哉太君だけじゃ無理だよ』
 …っえ、なんで聞こえて?
 戸惑いを見せる哉太に今度はフライと目が合った。するとフライにも伝達が入ったのだろう。今まで生意気な態度を取っていた白髪の青年は、懇願するような視線を哉太に向けている。何を伝えているのかは分からぬがフライも自分と同じでこの状況を打破したいと思っているのかもしれないと、哉太は意を汲む。すると心が哉太に向けてとある指示を出した。
『私の残された能力…”テレパシー”を最大限に活用させて、哉太君とフライ君の能力を伝達させようと思っているの。…私だってお母さんの形見のシルバーを渡したくないし、みんなを助けたい。…だからお願い』
 ―私に考える時間を下さい。
 儚げな瞳をさせた少女、心に哉太はフライと目を合わせて頷いた。フライは小声で術を唱え、哉太は気づかれぬよう地面と空いた手で軽く手を合わせる。そんな彼らの指示を知らずに玉緒は傲慢不遜な態度で言い放つのだ。
「さぁ~て、もう一度尋ねるで。…そのアクセサリーをワイに渡してや」
「…そしたら3人は解放してくれるのですね?」
「それはそれや。これだけは誓えるで」
 …嘘だ。この人は嘘を吐いている。だからお願い…。
 ―2人とも、手を貸して?
「それじゃあ…早うっ!??」
 ―――ビュオッ!!!
 すると突然、大きな竜巻が心と幸を包み込んだのだ。初めは最小限の力だと2人は、哉太やフライは思っていた。たかが知れていると。
 ―だがその力は、とてつもなく強大な力へと変貌していき、気が付けば幸と心は突風に巻き込まれ、玉緒の前から消失してしまったのだ。一瞬の出来事にさすがの玉緒も呆気に取られてしまった。
「なぁっ!?? なにが…あったん…や?」
 戸惑いを見せる玉緒ではあるが一瞬何かを考えた。すると息切れをしている2人を見てしたたかに笑うのだ。
「あぁ…、そういうことか…。あかんわ~。あの嬢ちゃんのホンマもんの力を見たことが無かったさかい。…この2人が呪いで、ワイの”ハートイータ”で苦しませても、あの嬢ちゃんの前では払拭させてしまうんやなぁ~」
 なにが何だが分からない言葉を紡ぐ玉緒に、能力が弱まったおかげで哉太は少し口が聞けるようになった。…だがフライは気絶をしている様子である。
「…さすがは”一匹狼ロンリーウルフ”に近い男や。呪いに克服しつつあんな~。…そこの白髪のおチビさんは軽く気絶しつつあるけど?」
 すると哉太はドスの低い声で、今まで聞いた事の無い声で問い掛ける。
「…おい、どういうことだ。ヤンキー被りクソしゃちょーさんよぉ?」
「なにけったいな声出してんねん。おかしいな~、ワイの能力も弱くなってしもうたか~」
「…こころの力って、どういう…ことだ」
 根性で呪いを反発させて克服しようとしつつある哉太ではあるが、玉緒は想定内といった様子で鼻で笑っている。しかし忘れられているが、ここはテーマパーク。人通りだってかなり多い。いきなり男が倒れたかと思えば骸骨がいこつ達が青年を捕えられている姿を見て戸惑う人たちも多いのは当たり前だ。
 ―そんな周囲の賑わいに混じり玉緒は小指に嵌められた黒いダイヤに力を込めて術を唱えた。
「…異空間へと繋げ。ハッ!」
 すると哉太やフライ、そして骸骨に捕らわれているスピードに術を唱えた張本人の玉緒は消え去ってしまった。


『心、お前の本当の力はテレパシーだ。でもね、それだけじゃないんだよ?』
 幼き日の思い出。お父さんと能力を特訓して私の能力が、本当の能力がテレパシーだと分かった。お父さんにとっては使い勝手の悪い、ただ心を読むだけのことしか出来ない、なにも役に立たない私の能力。
 ―でも、それでもお父さんは必要としてくれた。お母さんの形見のシルバーのネックレスを私にくれて。それで言ってくれたんだ。
『テレパシーは心と心を繋ぐだけじゃない。読むだけでもない。なんだと思う?』
『…分からない。私は心の声しか、音や匂いや大きさしか分からないよ』
 するとお父さんは私の言葉で何かを思ったのか。すぐに私にお母さんの形見に力を注ぎ込むように言ってきたのだ。どうしてなのかを聞いたら…お父さんは私の頭を撫でて言ったの。
『テレパシーはな。その人のを繋げられる。でもその力は心だけの力では叶えられない』
『どういうこと?』
『…いつかきっと、分かる日が来るから』
 それでお父さんは私を抱き締めてくれた。お父さんの手はけがれてしまっていただろうけれど…私もそうだから。同じだったから、私もお父さんをぎゅっと抱き締めたのだ。
 …お父さん。私、分かったよ。テレパシーの本当の意味が。想いを伝えさせるのがどれほどの力を、人々の力を借りないといけないのか。…大変だけれど。でも私は…。
 ―幸君やみんなを守るために、戦うよ。…お父さん。
 飛ばされた先で幸が困惑している中で心は、自分の”心”と向き合うのであった。
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