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狼と赤ずきん。

【閑話休題】不幸ヤンキー、”狼”に恥辱される。《序章①》

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 仕事明けで疲弊しながらも帰宅し、十分に睡眠を摂ってからリビングの椅子に腰かけた春夏冬あきなし 麗永うるえは、自身で淹れたコーヒーを飲みながら朝刊を読んでいた。
 時刻はまだ朝の8時。仕事明けであっても彼はプライベートの時間を楽しみたい。…それはたとえ疲れ果てたとしてもだ。自分の中にある時間を最大限に有効活用をし、自由な時間を確保したい…というのが彼のポリシーでもあり、性格でもある。…それが敏腕警部補の春夏 麗永という人物である。
 そんな彼は、妹のうららが朝に作ってくれたであろうメープルシロップがほどよくかけられたフレンチトーストに簡単なベーコンエッグを食しては独り言を呟いた。
「…フレンチトーストはもう少し柔らかい方が僕は好みですかね。…ベーコンエッグは美味しいですが、普通であれば味気の濃いベーコンエッグよりコンソメスープを作るでしょうに…? まぁ良いでしょう。指摘はあとでうららさんに言っておけば良いですからね」
 率直な感想を述べつつ、新聞を読み終えてから食事も終えてから片していく。ちなみに彼の妹は朝からバイトとい名の手伝いに出かけていた。働くのも社会勉強だと麗永は思いながらも片していった皿を洗っては水気を拭き取り、棚に仕舞い込む。そして自分の時間を楽しもうとしていた…そんな時。スマホのバイブが鳴ったのだ。仕事なのかと思いうんざりしながらスマホを取り出せば…仕事よりも迷惑なひとからの電話だった。
「…撫子なでしこさんからですか。…また迷惑な人からの連絡ですね?」
 彼はさらに疲れた顔を見せる。
「これから溜まっている小説を読みつつ、フランス語の勉強でもと思っていましたが…」
 ―撫子なでしこ つとむ。とある人気作家の担当編集者かつ麗永が居た大学の先輩かつOB。そして彼には学部は違うもののサークルが一緒であったある人気作家とも腐れ縁かのように繋がっている。…それは撫子もそうだ。彼らからの連絡は大抵ろくなことは無い。それを知りつつも自分の退屈しのぎにもなり、自分を騒がしい非日常へ連れて行かされることにも、もうだいぶ慣れてしまった。…だから彼は溜息を吐きつつも電話に出たのだ。
「おはようございます。…何か御用ですか、撫子さん?」
『はっはっは~! …いや~、朝っぱらご苦労なこった~』
「…僕は昨日はかなり立て込んでいてとても身体が悲鳴を上げているのですが?」
 麗永の嫌味に対して電話越しにいる撫子は大声で笑っていた。
『…警部補まで昇進したんなら仕事量も半端ないだろうなぁ~。…でも、収入もかなりがっぽりだろう~。このキレ者エリート刑事は!!!』
「…僕の嫌味を嫌味で返さなくても良いんですよ。…それで、用件は何ですか? あなたのことです。…また君関連なのでしょう」
『お~、よく分かったな~!!!』
「…本当に厄介ごとには飽きませんね。あなた達という人は…」
 ―場磁石こと場磁石ばじしゃく 哉太かなた。ベストセラー作家かつ人気作家の1人であり、しかも”狼”という能力者の中では最強と謳われている、顔も容姿さえもハイスペックな人間が麗永の友人の中に居るのだが…その実態は極度の人間嫌いであるにも関わらず、腰がだいぶゆるゆるで変態の最低人間…いわゆる”クズ”。だから彼には友達などこの2人以外はいないのだ。
 だがそんな彼に撫子や麗永は振り回されつつも手を貸してしまうのはなぜだろうか。それは本人達も分からずにいる。…まぁなんだかんだで放って置けないのだろう。
 そんな最低クズ人間の担当編集の撫子は麗永の言葉で大いに笑っていた。そして話していく。
『…いや~、今な~場磁石がな~。面白いことになっていてな~』
「……はぁ?」
 どういうことだと問い詰めたい麗永に撫子は遮るようにまた笑い、謎めいた言葉を残すのだ。
『画像送っておくから見てみてみろ。…あっ、ちなみに俺は場磁石の家に居るから、っじゃ!』
 すると電話が切れてしまった。何がなんだか分からないでいる麗永ではあるが送られてきた画像を見てみると…驚いた。なんと哉太の左頬には紅葉のように鮮やかな張り手の跡と頭に氷嚢を乗せ、パソコンで何かを打ち込んでいる彼の悲惨な姿の写真を送られてきたのだから。
 ―しかも少々頬が膨れており、目元も若干赤い。そんな彼の姿を見て麗永は深く考え込んでから今度は大きな溜息を吐いて席を立った。
「状況はよくは分かりませんが…この謎を暴きたいものですね? …まぁ撫子さんに踊らされている感じはかなりありますが。…仕方がありません」
 そして彼は洗面台へ赴いては洗顔と歯磨きをする。それをし終えてから、今度は水色をベースとしたストライプのシャツにネクタイを締めて、ラフなジーパンを履いては髪のセットを施した。青みを帯びた銀色のウェーブがかかった柔らかな髪をブラシでいては鏡の前で大きく頷き、縁眼鏡を掛け直してもう一度確認をし、疲れたように微笑んだ。
「これで良いですかね? …さぁて、この謎でも解きに行きましょうか」
 そして玄関のドアを大きく開け放った。
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