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体育祭編

第六話 体育祭は、女神もいるらしい

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────体育祭・当日────



日光、照らす校庭。
全校生徒、保護者や教員など、この学校に関係する者は全員ここに集まっている。
いや、今日ばかりはその他、外部からの観客もいるのか。

故に、これほどまで賑わう。

──パァンッ!

乾いたその音。女子100メートル走予選、スタートの合図。
開会式が終わってすぐに始まった。

塩瀬さんが出場するらしいので観ておきたいのだが……。

「なぁ山本、トイレ行かね?」

「んやっ、俺はいいわ」

「じゃあ1人で行きます」

生理現象とあらば仕方がない。
ここから校舎内にある、最寄りのトイレまでは往復しても5分程度。
塩瀬さんが走る番には戻ってこられるだろう。


────トイレにて────


「ふぃー」

ハンカチで手を拭きながら、トイレの外に出る。
僕の目の前を横切る廊下は校庭に伸びている側と、教室に伸びている側とで分かれていた。
もちろん、校庭に伸びている側は進むにつれて喧しくなるし、教室に伸びている側は進むにつれて静かになる。

僕はその中間に立っていた。

「たっ、ただひろくんっ!」

騒がしい方ではなく、静かな方から声をかけられた。
僕はそれ故に振り返ったのだが、そこには懐かしい人物が立っていたのだ。

「おぉー、相沢(あいざわ)じゃん。久しぶり」



──相沢 小鳥(ことり)

去年、同じクラスだった女子。
すらっとした、スレンダーな彼女の体は、緩やかな曲線で構成されている。
瞳を隠すようにかけられた丸メガネに、彼女の慎ましさを表したような、小さめのバッグを手にかけている。

「……やっぱり、私服だと印象変わるなぁ。いつもより大人っぽく見える」

「そっ、そう?」

相沢は自身の服装を自身で見て、ころりと笑った。

「うれしいっ」

そんな動作も束の間、相沢は何かを思い出したかのように手を叩く。

「あっ! そうじゃなくて!」

「ん? どうかした?」

相沢は自身のバッグの中から、消しゴムを取り出して渡してきた。

「これ、塩瀬さんから借りたんだけど、佐藤くんのだよね?」

「あー、たしかに」

消しゴムの裏には『佐藤』と書かれている。
こんなものがあった事すら、僕は忘れてしまっていたのか。
やはり記憶は消えて、美化されてしまうものなんだなと、実感した。

「いつか返そうって思ってたら、卒業しちゃって。あはは、遅れてごめんね」

「いやいや。寧ろ、こんな事のためにわざわざ──」

「今日の私の目的は、『こんな事』だけじゃないよ」

僕の言葉に被せて、相沢は話す。
その声色からは覚悟がしっかりと感じ取れた。
何に対する覚悟かはわかりませんが。

「覚悟しててね」

「……何を?」

「ないしょっ」



────女子100メートル走予選にて────



パシャパシャ(シャッター音)。
パシャ……スチャッ(眼鏡をクイっとした音)。

「不味いな」

ボクの名前は亀羅 透(かめら とおる)。
新聞部の2年で、次期部長候補だ。

……だが、今の成果だけだと不味い。

部員に次期部長として相応しいと思われるためには、それ相応のネタを掴まなければ。
特に今日は体育祭で、みなのガードが緩んでいる絶好のチャンス。

だからこそ、今日はいつも以上に敏感なんだ。
スクープという名の獲物に、ね。



「うぉぉぉぉ!」

……無論、目の前の坊主とは無関係だ。

ボクはこんな、頭のすっからかんな連中とはつるまない。
もっと奥ゆかしく、それでいて大胆な人間と相性がいいのだ。

「みんなかわぃぃぃぃぃぁぁあああああ!」

「ふっ、もっと騒ぐがよい」

ボクは、騒いでいるキミを訝しんだ目で見る女の子を撮るとするよ。
まったく、こんな馬鹿の利用方法を思いつくなんて、末恐ろしい。

パシャ……

だが、イマイチ。
この学校の女子の平均レベルは高いはずなのだが、パンチに欠ける写真ばかり。
今までの写真では、見出しにするにしては地味だ。

「しおせさぁぁぁぁああああああぁぁぁぁん!」

「……はっ!?」

さっきから坊主が一段と騒がしいなと思ったら……。

「あれほどまでの少女、見たことがない」

快活な表情、輝く笑顔。
かなり距離の離れているボクにでさえ微笑みかけているような……。

「シャッターは一度だけ、シャッターは一度だけ……」

あんな少女をボクの写真フォルダに沢山保存してしまえば、ボクの中で何かが壊れてしまう。だから一度。



「──きたっ!」

コーナーを曲がって、直線に差し掛かるその瞬間っ!

いけっ坊主! 

注目を集めろっ!

「ああもう無理、可愛すぎて吐きそう……」

坊主、倒れる。

パシャ……。

「キャパオーバーとかあるのかよ!?」

はっ!?

写真は!?

…………そこには、カメラ目線で、満面の笑顔で手を振っている女神がいた。

走っているのにっ、坊主は声を荒げなかったのにっ、……なぜっ!?

なぜカメラの位置が分かったのだぁっ!?



────生徒席にて────

あの後、相沢といったん別れて生徒席に帰る途中、喧しい山本を見つけた。
近くにはカメラを持った変な人もいて近づき難かったので、彼らの後ろでその様子を眺めていたのだが……。

山本がぶっ倒れて、その後すぐに塩瀬さんが過ぎ去って、カメラを持った変態はカメラを拝んでいて、色々とカオスだった。

「なぁ、女神っていると思うか?」

「なんだよ突然」

生徒席に帰る途中、山本が虚空を見つめながら、そんなことを聞いてきた。
何よりも気持ち悪いのは、山本の口調がマジだったこと。

「俺はさっき見た。赤いハチマキ、頭に巻いてた」

「……随分と体育会系の女神様だな」

「綺麗だったなぁ」

「きもっ」

「お前にも分かる日が来るといいな……」

坊主がなんか悟った顔をしてると、途端にお坊さんになるんだなって。
僕は多分、そんなことを考えながら山本の話を聞いていたと思う。
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