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一章〈代えは利かず、後には戻れず〉
第16話 いたずら妖精②
しおりを挟む異変が起こったのは翌日のことだった。
「……む?」
「どうした、ナオ」
「いや……なんか冷めてる」
「はぁ? 冷めてるってお前、炊きあがったばっかりの飯がそんなすぐに冷めるわけ……冷めてんな」
「だろ?」
朝食。配膳された朝食の献立の中から、俺は決まって白米を最初に食べる。一日の始まりには欠かせないルーティーンの一つだ。
ただ、その白米があまりにも冷めていたのだ。
訝し気に俺と俺の飯を見るサトヤの視線が気になって、俺はひょいと箸を使ってサトヤの盆から、米を一つまみ拝借した。
「ちょいと失礼」
「おい、あっしの飯を食べるんじゃないよ」
「うぅん? なんで俺のだけ冷めてるんだ?」
従業員用の食堂は、基本的に客用に作られた献立のあまりでできている。とはいえ、そこは狭間の旅館。各世界から様々な種族や文化を持つ客人を招く旅館であるだけはあり、旅館が抱え込む料理人たちの日々の探究心は、朝食の残り物をただの残り物にしない。
客でなくとも美味く食わせるというのがカサゴの兄貴から聞いた料理人たちの教訓であり、その言葉の通りに朝食、昼食、夕食と出されるメニューは、毎度の如く雷でも打たれたかのような幸福を味覚に与えてくれるものばかり。
そんな料理人としての矜持と誇りに塗れた連中が作った飯がすぐに冷めるはずもなく、横に並んで同じ釜の飯を受け取ったサトヤの飯はいまだホカホカの出来立てであったのだ。
「……事件の予感がするぜ、サトヤ」
「あっしの白米がいつの間にか消失している事件について話をしたいんだが?」
「食堂全体の飯が冷めきってしまったら俺たちはどうしたらいいんだ! くそっ、こうしちゃいられねぇ……サトヤ、俺は席を空けるぜ」
パクパクと朝食を胃の中へとかき込んだ俺は、急いで席を立って原因の解明へと駆けだした!
「……あいつ、冷めた飯だけ残していきやがった……」
去り際に聞こえてくるサトヤの言葉を残して。
◇~~~◇
冷飯事件調査隊として勝手に名乗りを上げた俺は、まずは厨房に原因があるのではないかと調査を開始した。
「……ミィ、もう少し顔を引っ込めろ」
「ん」
「おい、覗き込む態勢がきついからって俺の体をつかむんじゃない」
「だめ?」
「……まあいい」
例の如く、ミィが俺の後をつけてきているのは置いておくとして……俺は改めて俺の飯が冷めた現場の状況を思い出した。
俺の飯だけが冷めていて、サトヤの飯は冷めてなかった。それに、出来立てほかほかがうまい白米を、ここの料理人が冷めた状態で提供するとは思えない。
「……ここじゃないな」
「何の話?」
「俺の飯が冷めてたんだよ。現在原因究明中。ミィも朝ごはんの白米がキンッキンに冷えてたらいやだろ」
「確かに」
「というわけで調査を続行する」
「らじゃー」
原因が厨房にはないと悟った俺は、さっさと厨房の出入り口から中を確認するという不審者極まりない行動をやめて、次なる目的地へと赴いた。
……しかし、結局その日のうちに冷飯事件が解明されることはなかった。
ミィを引き連れて掃除の傍らで、食堂の空調などを調べてはみたが……そもそも、この食堂には空調などなく、俺の飯が冷めてしまった原因がまったくといっていいほどわからなかった。
もやもやとした疑問を抱えたまま、俺の血を吸いに来たミィを追い返してその日は寝ることとなる。
どこかから聞こえてくる羽音を聞き逃しながら。
◇~~~◇
「……うっ……あ?」
目が覚める。相変わらず枕元に差し込んでくる陽光が気象のサインとなった俺は、眠気眼をゆっくりと開けて……開かない。
「え、なにこれ!?」
目が開かないのだ。それはもう、接着剤か何かで瞼を接着されてしまったかのように。
「ちょ、マジでシャレになってないって! くっそ、テープでも張ってあんのか!?」
わたわたと慌てる俺は、無様にスッ転びながら立ち上がり、急いで廊下の先にある共同洗面所へと向かった。
この従業員用の邸宅は、共同住居のようなもので、顔を洗う用の洗面所などは一か所に集められている。
もし瞼にシールか何かが貼ってあって、それのせいで瞼が明けられないというのならば、顔を洗えばとれるはずだ。そう思った俺は、勘に頼って朝の廊下を走り、洗面所にたどり着いた勢いのままに蛇口をひねり、ドバドバと出る水流の中に顔をつけた。
それからごしごしと水で重点的に眼もとを洗ってみれば、はらりと何かが落ちる感触がした。
「やっぱりなんか貼ってあったか!」
「……おい、ナオ……何やってんだお前?」
目に張られていたであろう何かが取れたことにより俺の眼は光を取り戻し、俺は歓喜に打ち震えていた。すると、その横からサトヤの声が聞こえてくる。
「なんだ、サトヤか。いや、起きたら瞼になんか貼ってあってよ、目が明けられなくてさ」
「いや、お前……なんで服着てないんだよ」
「……は?」
全裸だった。今まで眼が見えず慌てていたこともあってか、俺は自分が一糸まとわぬ裸体であることに気づかなかったのだ。
「え、ちょ……キャアアアアアアア!?!?」
「とりあえず服着てこい。話はあとで聞いてやるから」
その後、甲高く野太い男の叫び声が聞こえてきたこともあって駆け付けた住人達の衆目に晒されながら、俺は自室へと逃げ帰った。
そして、決意する。
先日の冷飯事件とは違う。絶対に、何者かの悪意が絡んでいるこの事件に対して、その何者かには凄惨なる復讐で報いてやろうと。
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