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一章〈代えは利かず、後には戻れず〉
第17話 いたずら妖精③
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目隠し全裸の一件から数日が経った。
あれから、ことあるごとに俺は何者かからの嫌がらせを受けている。
例えば、ある日。
俺が庭の掃き掃除にいそしんでいたところ、なぜか掃きためていた落ち葉が散らかされていたこともあれば、風呂掃除中に床が凍り付いており、危うく滑りそうになったこともあれば、俺が鼻歌交じりに廊下を歩いていたところ……突然、俺の踏んだ床が抜けて階下へと落ちたこともあった。
日を追うごとに過激になっていく、一歩間違えれば人命にかかわるのではないかと疑いたくなる嫌がらせの数々に、俺の腹の虫は怒り狂っていた。
とはいえ、ここは平静に、だ。俺は大人俺は大人。感情のままに怒り狂って許されるような年齢ではないのだ。
「あ、ナオ」
「どうした、ミィ」
精神統一とばかりに、立ち並ぶ観葉植物の手入れをしていた俺のところに、ミィが顔を出す。
こてりと小首を横にかしげる彼女は、肩下まで伸ばした赤い髪をゆらゆらと揺らして、俺にこう言った。
「ナオの部屋の前にえっちなやつがおいてあったんだけど、あれってナオの?」
おーし、今すぐぶっ飛ばしてやるでてこいや犯人ンッ!!
いや、犯人なんて最初から分かり切っている。
以前、ミィが俺の部屋に侵入してきたときと同じだ。ミィには半分吸血鬼の血が流れているおかげか、一時的に蝙蝠に変身する技能が備わっている。
いったいどこの世界の常識なのかその力を使って、彼女は窓から俺の部屋に侵入した。
そんなこともあり、防犯意識の高い俺はしっかりと鍵をかけて、毎夜毎夜血を求めて窓から忍び込むミィを女性宅の階層に送り返しているのだが……つまるところ、俺の部屋の侵入経路は窓に限られるわけだ。
そして、俺の部屋で物音を立てずに窓から侵入し、そのうえで悪辣ないたずらをするような奴となると限られてくる。
そう、ルルだ。ルルしかいない。
あいつならその小さい体を利用して窓から侵入して、ささっと俺に悪戯を施して帰ることもできるだろうし、前の植木鉢の一件のように隠れれば、そう簡単に見つけ出すことはできないだろう。
そうと決まれば善は急げだ。奴には俺をターゲットに選んだことを後悔してもらうことにしよう……。
「よしミィ、ルルがどこにいるか知ってるか?」
「ルル? うーんと……あっち」
「あっちは……第二大浴場の方だな、覚悟しろルルゥ!!」
ミィが何の気なしに指さした方へと爆走した俺は、勇み足で第二大浴場の方へと向かうのだった。
「……ごめんね、ナオ。か弱いミィは買収されてしまったの……」
俺の背中を見て零したミィのその言葉を聞き届けることなく――。
◇~~~◇
この旅館には大浴場が複数あり、それぞれ一~十一までの番号で分けられている。今回俺が掃除をしていた本館には三つの浴場があり、一号館から始まる分館にそれぞれ二つずつ存在している。
現在午前十一時。掃除のために毎朝九時には風呂は締め切られるため、だれも今は入っていないはずだ。
おそらくは、ルルは今掃除中。そして、本館の二つ目の大浴場となる第二大浴場は露天風呂ではない屋内施設だ。いくらやつが空を飛べるといえど、逃げ場はない。
さてさてどんな仕返しをしてやろうかな……ぐへへへへ……。
「おらルルゥ!! 最近俺に悪戯してるだろ! 出てこいコラァ!!」
「……っ!?」
第二大浴場の脱衣所に到着してみれば、浴場につながる扉が閉まっていた。そのため、俺は中にいるであろうルルに対して宣戦布告の意を込めて大声で威嚇した。
するとどうだろうか。何か慌てるような音が聞こえるではないか。さては逃げようとしているのだな……しかしそうは問屋が卸さない!
ずんずんと脱衣所を進む俺に怖いものなど何もない。先ほど中から聞こえてきた言葉とも取れない小さな悲鳴は、少女のそれ。ルルも妖精とは言え見た目は中高生のそれであり、奴が中にいるのは間違いない。
「おとなしくお縄にかかれっ!!」
がらりとスライド式の浴場への扉を開き、俺はルルに対して観念しろと啖呵を吐いた。
しかし、そこにいたのは――
「……あ……な、何見てるんですか!?」
「え、なんでアイリがここに」
なぜか……あろうことか、先ほどまで湯にでも使っていたかのように濡れたアイリ一人だけであった。
「出てってください!!」
「ちょ、ルルはどこに……」
「出てけええええええええ!!!!」
そして、渾身のハイキックが炸裂する。
その威力は想像を絶するものであり、その一撃を頬に受けた俺はきりもみ回転をしながら脱衣所を抜け、奥の廊下の壁へとたたきつけられた。
アイリの奴……いったいいつの間にこんな技を……?
「……あ」
「……あ」
その時だった。おそらくそいつは、脱衣所の入り口からしめしめと事の成り行きを愉快痛快のまなざしで覗いていたのだろう。
不運があるとすれば……
「見つけたぜぇ……ルル」
「あら、哀れな姿ね、ナオ。お気に入りの子に嫌われちゃったんじゃないの?」
「そのアイリのおかげでやっと近づけたんだ、観念しやがれっ!」
「こんなか弱い妖精に手を上げようっての? まあいいわ、追いつけるものなら追いついてみなさい!」
こうして、鬼ごっこは始まった。
あれから、ことあるごとに俺は何者かからの嫌がらせを受けている。
例えば、ある日。
俺が庭の掃き掃除にいそしんでいたところ、なぜか掃きためていた落ち葉が散らかされていたこともあれば、風呂掃除中に床が凍り付いており、危うく滑りそうになったこともあれば、俺が鼻歌交じりに廊下を歩いていたところ……突然、俺の踏んだ床が抜けて階下へと落ちたこともあった。
日を追うごとに過激になっていく、一歩間違えれば人命にかかわるのではないかと疑いたくなる嫌がらせの数々に、俺の腹の虫は怒り狂っていた。
とはいえ、ここは平静に、だ。俺は大人俺は大人。感情のままに怒り狂って許されるような年齢ではないのだ。
「あ、ナオ」
「どうした、ミィ」
精神統一とばかりに、立ち並ぶ観葉植物の手入れをしていた俺のところに、ミィが顔を出す。
こてりと小首を横にかしげる彼女は、肩下まで伸ばした赤い髪をゆらゆらと揺らして、俺にこう言った。
「ナオの部屋の前にえっちなやつがおいてあったんだけど、あれってナオの?」
おーし、今すぐぶっ飛ばしてやるでてこいや犯人ンッ!!
いや、犯人なんて最初から分かり切っている。
以前、ミィが俺の部屋に侵入してきたときと同じだ。ミィには半分吸血鬼の血が流れているおかげか、一時的に蝙蝠に変身する技能が備わっている。
いったいどこの世界の常識なのかその力を使って、彼女は窓から俺の部屋に侵入した。
そんなこともあり、防犯意識の高い俺はしっかりと鍵をかけて、毎夜毎夜血を求めて窓から忍び込むミィを女性宅の階層に送り返しているのだが……つまるところ、俺の部屋の侵入経路は窓に限られるわけだ。
そして、俺の部屋で物音を立てずに窓から侵入し、そのうえで悪辣ないたずらをするような奴となると限られてくる。
そう、ルルだ。ルルしかいない。
あいつならその小さい体を利用して窓から侵入して、ささっと俺に悪戯を施して帰ることもできるだろうし、前の植木鉢の一件のように隠れれば、そう簡単に見つけ出すことはできないだろう。
そうと決まれば善は急げだ。奴には俺をターゲットに選んだことを後悔してもらうことにしよう……。
「よしミィ、ルルがどこにいるか知ってるか?」
「ルル? うーんと……あっち」
「あっちは……第二大浴場の方だな、覚悟しろルルゥ!!」
ミィが何の気なしに指さした方へと爆走した俺は、勇み足で第二大浴場の方へと向かうのだった。
「……ごめんね、ナオ。か弱いミィは買収されてしまったの……」
俺の背中を見て零したミィのその言葉を聞き届けることなく――。
◇~~~◇
この旅館には大浴場が複数あり、それぞれ一~十一までの番号で分けられている。今回俺が掃除をしていた本館には三つの浴場があり、一号館から始まる分館にそれぞれ二つずつ存在している。
現在午前十一時。掃除のために毎朝九時には風呂は締め切られるため、だれも今は入っていないはずだ。
おそらくは、ルルは今掃除中。そして、本館の二つ目の大浴場となる第二大浴場は露天風呂ではない屋内施設だ。いくらやつが空を飛べるといえど、逃げ場はない。
さてさてどんな仕返しをしてやろうかな……ぐへへへへ……。
「おらルルゥ!! 最近俺に悪戯してるだろ! 出てこいコラァ!!」
「……っ!?」
第二大浴場の脱衣所に到着してみれば、浴場につながる扉が閉まっていた。そのため、俺は中にいるであろうルルに対して宣戦布告の意を込めて大声で威嚇した。
するとどうだろうか。何か慌てるような音が聞こえるではないか。さては逃げようとしているのだな……しかしそうは問屋が卸さない!
ずんずんと脱衣所を進む俺に怖いものなど何もない。先ほど中から聞こえてきた言葉とも取れない小さな悲鳴は、少女のそれ。ルルも妖精とは言え見た目は中高生のそれであり、奴が中にいるのは間違いない。
「おとなしくお縄にかかれっ!!」
がらりとスライド式の浴場への扉を開き、俺はルルに対して観念しろと啖呵を吐いた。
しかし、そこにいたのは――
「……あ……な、何見てるんですか!?」
「え、なんでアイリがここに」
なぜか……あろうことか、先ほどまで湯にでも使っていたかのように濡れたアイリ一人だけであった。
「出てってください!!」
「ちょ、ルルはどこに……」
「出てけええええええええ!!!!」
そして、渾身のハイキックが炸裂する。
その威力は想像を絶するものであり、その一撃を頬に受けた俺はきりもみ回転をしながら脱衣所を抜け、奥の廊下の壁へとたたきつけられた。
アイリの奴……いったいいつの間にこんな技を……?
「……あ」
「……あ」
その時だった。おそらくそいつは、脱衣所の入り口からしめしめと事の成り行きを愉快痛快のまなざしで覗いていたのだろう。
不運があるとすれば……
「見つけたぜぇ……ルル」
「あら、哀れな姿ね、ナオ。お気に入りの子に嫌われちゃったんじゃないの?」
「そのアイリのおかげでやっと近づけたんだ、観念しやがれっ!」
「こんなか弱い妖精に手を上げようっての? まあいいわ、追いつけるものなら追いついてみなさい!」
こうして、鬼ごっこは始まった。
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