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序幕『人斬りの唄』
第5話 相対するは紫電迅雷の獣
しおりを挟む炎が森を燃やす。
炎が教会を燃やす。
炎に巻かれ、逃げ場のないその丘の上で、その異形は混乱していた。
(なんだ……何が起きている……!!)
教会を破壊する魔王からの勅令に従い、彼はこの丘の上の教会に手勢を連れてやってきた。
狼の異形は、狼の姿をしているだけはあり、嗅覚には自信があった。教会と孤児院に戦えるような人間は一人しかおらず、それも老いたシスターが一人だけ。
脆弱な子供を捉え殺し、油断したシスターの隙を付けば簡単に殺せる。魔王が、王族を屈服させたときのように。
そうすれば簡単に終わる仕事だとばかり思っていた。
そして狼の異形の予想通り、シスターは子供の悲鳴に気を取られて、狼の異形の前に後れを取った。
しかし、予想外の事態が起きた。
(あの子供は何者だ……?)
シスターの首をへし折ろうとしたその時、白い髪の少女が突如として現れた。しかもその少女は、シスターを掴んでいた狼の異形の腕を切り落とし、続く攻撃すらも何でもないかのように切り伏せて見せた。
伏兵にしてもやり過ぎだろう。
血の匂い一つしない幼子が、棒切れ一本で異形たちを血祭りにあげているなど。
そして今その少女は、退いた狼の異形の代わりに前に出てきた数十人からなる異形たちの大軍を前に、大立ち回りをしてみせている。
少女を捕まえようと手を伸ばせば、異形の手は数秒とたたず細切れになり、それどころか次の瞬間には体が縦に横に寸断されてしまう。
数で圧倒しようとすれば、するりと異形たちの間をすり抜けられてしまい、すれ違い様に真っ二つ――次々と積みあがっていく仲間の死体に、異形たちは恐れおののくことしかできない。
「すばしっこい……!」
「お前らまとまるな! 的が小さいから、俺たちが集まるとお互いの邪魔になる!」
更には少女さながらの背の低さは集団戦においては有利に働き、時に彼女は異形たちの間を、横を、股の下を潜り抜けては、その包囲網から抜け出して、すれ違いざまに異形たちを切り伏せている。
とんだ鬼ごっこだ。
少女一人捕まえられず、殺されていくことしかできないなんて。
「孤児院だ! 孤児院を先に狙え!」
狼の異形が、配下たちへと号令を出した。
どこかに隠れているだろう子供たちを人質にすれば、流石の少女も只ではいられまいと、狡猾な閃きが戦場に走る。
しかし――
「通すわけないだろう阿保共」
白髪の少女を無視して孤児院へと走る異形たちの前に、シスターが立ちはだかった。
「私の家族が今、死線の中で頑張ってんだよ。それをただ見守るだけだなんて、私にはできないね!」
「くっそがぁあああ!!!」
もう孤児院から悲鳴は聞こえない。
故に目の前に群がる異形たちへ、全身全霊を込めた魔法をシスターは放つ。
「〈秩序の光〉!」
それは纏った光を杖に込め、放つことで攻撃とする魔法である。
そして魔法は炸裂すると同時に、目も眩むような閃光が夜の闇を切り裂き、異形の怪物たちの体を、まるで太陽に焼かれたように蝕んでいった。
「くそっ! くそっ! くそっ! 何を間違えた! あの子供は一体何なんだ!!」
余裕のない言葉が狼の異形の口から零れ落ちた。
孤児院を襲う別動隊は壊滅し、シスターを陥れる作戦は失敗に終わり、配下は次々と死んでいく。
描いたはずの理想の作戦が、赤い血によって汚されていく。
「さて、お前が最後だな」
気づいた時には、配下の異形たちは全滅し、狼の異形一人だけになってしまった。
そして彼の配下をすべて切り伏せた白い少女は、木の棒を汚す血を払い落としながら、静かに狼の異形の前に立った。
彼女は訊ねる。
「お前が魔王か?」
その言葉一つで、狼の異形はすべてを悟った。
――この少女は、たとえここに立つのが魔王様であっても、切り伏せるつもりなのだ、と。
「ふざけるなよッ!!」
瞬間、狼の異形は全身の毛が逆立つほどの憤りを感じた。
その言葉は魔王に絶対の忠誠を捧げる狼の異形にとって、無視することのできない罵倒なのだ。
ましてや自分と魔王を勘違いするなど――それこそ、万死に値する恥辱である。
「うぉおおおおおおん!!」
新月の夜に向かい、狼の異形は遠吠えをあげた。その遠吠えは強い怒りによって震えており、びりびりと聞くものの鼓膜を刺激する。
同時に狼の異形の体が膨張した。
筋肉は肥大化し、骨格すらも巨大に変形し、異形の姿を更なる異形と変じさせる――その過程では、少女に斬られた腕すらも、何事もなかったかのように根元から生え、再生された。
五体満足となった狼の異形は、その肉体を倍の体積――身長だけで見ても三メートル半を超える大きさとなり、白髪の少女の前に立つ。
「我が名は魔王軍十三冠位が末席、『紫電』のライカンである!」
その異形は、人狼ともいうべき姿をしていた。
全身を覆う逆立つ獣毛。怒りに染まった眼光。むき出しの牙。その体躯は人を超越した大きさを誇り、漲る筋肉はまるで爆発寸前の爆弾を前にしているかのような緊張感を覚えざるを得ない。
「魔王様を容易く斬るという思い上がり! この私が正してくれる!」
怒りに染まるライカンの言葉に、少女は――
「ふっ、ははは……はははははは!! なるほど異世界! この地にはかような、化生が潜んでいるとは!」
三メートル半を超える半人半獣。まさしく怪物。
その前に立つのは、僅か130センチそこらの子供だった。
「犬神が如き威容――『紫電』のライカンよ! 魔王と間違えた非礼を詫びよう! そして名乗りには、やはり名乗りで返すべきだ!」
呵呵大笑と笑みを露わに、子供は名乗りを上げる。
「俺の名はパルフェット! まともな武器が無くて申し訳なく思うが――棒切れとて、俺が振るえば真剣に相違ない」
子供は――パルフェットは、背丈ほどある白く長い髪を夜風に靡かせ、ライカンに対して半身に構える。片手には木の棒。それは姉との剣術練習で、二年もの間振り続けた、この世界の相棒だ。
ゾッとするほど紅い瞳が、ライカンを睨んだ。
ただそれだけで、ライカンは目の前の子供が、ただモノではないことを知った。そも、彼の作戦は彼女たった一人に壊滅させられたのだ。
ただモノであるはずがない。
故にライカンに油断はない。
『紫電』のライカン 対 『白き髪』のパルフェット
その戦いの始まりは、凍てつくような静寂の中から始まった。
互いの出方を伺うが故に生まれた静寂である。
その中で、ライカンが獣のように四つ足で地面に伏せ、姿勢を低く、低くしていく。
パルフェットが一歩でも動けばライカンは動く。
風船のように筋肉を膨張させて力を溜める彼の後ろ脚を見れば、ライカンのパワーがパルフェットにとって致命的であることは容易に想像できてしまう。
更に付け加えれば、彼の足が爆弾のように強烈なパワーを炸裂させれば、筋肉の塊と言って差し支えない三メートル半を超える肉体が放たれるのだ。
十メートルもない彼我の距離を考えれば、瞬きする暇もなく紫電はパルフェットへと到達するだろう。
そしてライカンの体躯を考えれば、ただ体当たりをするだけで、小さなパルフェットの命は簡単に消し飛んでしまう。
しかし、パルフェットは動かない。
半身で構え、木の棒の先をライカンへと向け、笑みを崩すことなく、動かない。
動かない。
四つ足の獣も、幼き剣客も、どちらも動かない。
どちらも相手の出方を伺っているがために動かないこの戦局。
けれど拮抗する思惑の天秤は、不意にそのバランスを崩した。
「パフィ!!」
孤児院の方から声が聞こえてきた。
少女の声だ。
黒髪の少女。
アネッサの声だった。
彼女の手にもまた剣を模した木の棒が握られていて、きっとこの非常事態を前に、自分も戦えると避難する子供たちの中から抜け出してきたことが、容易に想像がつく。
「私も――」
彼女が孤児院から飛び出し、パルフェットの方へと走る理由は何だろうか。
一人飛び出した家族を守るため? それとも、今まで培ってきた剣術練習を披露するため? ――しかし、今この状況において、そんなのモノはどうでもいいことだった。
「アネッ――」
パルフェットの意識が、一瞬だけ、アネッサの方へ、向いた。
それをライカンは見逃さなかった。
「わぉおおおおおん!!!」
静寂から一転して、ミサイルが落ちたかのような衝撃が燃え盛る夜に響き渡る。それがライカンが地面を蹴った音だと気付いた頃には、彼の姿は標的のすぐ目の前にあった。
ライカンの巨体が、音速を超える速度で放たれる。
その姿はまるで銃弾。
しかし、放たれたるは三メートル半を超える巨体である。
ライカンが蹴った地面は大きくえぐれ、まるで土の津波のような土砂が空へと舞いあがり、そしてライカンが高速で移動することで発生した気流が、竜巻のような風となって孤児院の外壁を剥がしていった。
「くっ――!!」
シスターコナがでたらめに吹き荒れる暴風の中、表に出てきてしまったアネッサを守るために魔法を使い、二人は事なきを得たけれど。
それはつまり、誰もパルフェットを守る者はいなかったということに他ならない。
「パルフェット!!」
嵐を巻き起こすほどの体当たり。その標的となったパルフェットの安否を確かめるように、シスターコナがその名を叫んだ。
視界は土煙のせいでまともに見えたモノではなく、未だ二人には、ライカンとパルフェットの激突の結果を知ることができなかった。
「なんで出てきたアネッサ!」
「わ、わた、私……パフィと……一緒に――」
「あんたはまだ子供だ! 無理に叩く必要なんてないんだよ……ッたく! とにかく今は、パルフェットを――」
唖然とするアネッサを叱責しつつ、シスターコナは杖を構えた。
これでもしあのライカンが生きていたとすれば、次に襲われるのは自分たちだから。
せめてこの子でも守らなくてはと彼女が魔法を準備する中、戦いの結果を報せる土煙の幕が上がる――
「……は、はは」
シスターコナの乾いた笑いが、薄らぐ土煙の間に反響した。
「あんな化け物に、勝っちまったよあの子……」
土煙の先に立っていたのは、パルフェットだった。
彼女は木の棒を縦に構え、まるで上段から斬り降ろした直後を写真に収めたかのような姿勢で、意識を失っていた。
彼女の体には、激しい嵐の中、飛ばされた礫によって作られたであろう切り傷がいくつもあったけれど――それ以外の傷はない。
そして彼女の背後には――直線的に抉れた地面と、その中に倒れ伏す、真っ二つにされたライカンの死体が転がっていた。
パルフェットは斬ったのだ。
あの嵐の中、紫電の如く迫りくるライカンを一太刀で。
いつの間にか、丘を取り囲むように燃えていた炎も消えていた。ライカンが起こした竜巻が、炎をすべて消し去ってしまったのか――或いは、燃やすものがもう何も残っていなかったのか。
とにもかくにも。
『紫電』のライカン 対 『白き髪』のパルフェット――
燃え盛る丘で繰り広げられた戦いは、お互いに放った全身全霊の一撃をもってして、締めくくられた。
勝者――『白き髪』のパルフェット也
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