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序幕『人斬りの唄』
第7話 旅立ち
しおりを挟む異形たちの襲撃から一日が経った。
焼け野原となった森の中、二人のシスターが穴を掘り、一つ、また一つと小さな棺桶を埋めている。
それが四つ。
四人分の棺桶が掘られた穴に納められたところで、シスターたちは棺桶に向かって祈りをささげた。
「非業の死に悲しみを。彼らの旅路に祝福を。我らが神『ヴェール』よ。この願いを聞き届け、彼らに安らぎを与えたまえ――」
「安らぎを、どうか――」
シスターコナを動揺させるためにも、あの異形たちは先に孤児院の子供たちを狙った。けれどそのたくらみは、パルフェットによって防がれ、シスターローズに保護されたと思われたが――しかし、逃げ遅れた子供も確かに居たのだ。
「ユベル、ナタリー、アンベッサ、プレストラ――」
「シスターコナ……私がもっと、早く、強くあれたら……こんなことには……」
棺桶に刻まれた四人の名前を読み上げるシスターコナの横で、シスターローズが泣き出してしまった。
「やめな、みっともない」
「でも……」
「9人。救えた子供も数えんか」
「……はい。そうですね、シスターコナ」
シスターローズは涙を拭き、一人ひとり丁寧に、その棺桶に土をかぶせていった。
「さあ、戻ろうかシスターローズ」
「はい」
そうして二人のシスターは、孤児院があった丘に戻ってきた。
丘の上にあった教会は焼け跡となってしまっており、かつてあった荘厳なたたずまいは、異形たちの手によって残らず灰となってしまった。
そしてライカンとの戦いの余波によって、孤児院も散々な姿になってしまっている。窓はすべて割れていて、外装の半分は剥がれ落ち、焼けた森の所々に散らばっていて、残る内部構造だけが、何とか孤児院を支えているけれど、それもいつまで持つことやら。
「戻ってきたか、シスターコナ」
そんな孤児院に戻ってきたシスター二人を出迎えるように、白い髪の少女が出迎えた。
パルフェットだ。
先日の戦いから目覚めた彼女は、痛みで体が動かないと言っていたはずだけれど……だから少し訝しげに、シスターコナは訊ねた。
「体の様子はどうだい、パルフェット」
「今朝よりはましだな。立って歩ける。十分だ」
「そうかい」
パルフェットの言葉に、シスターコナは呆れたような声をあげた。それから彼女は、後頭部をぼりぼりと掻きながら、パルフェットへと伝えるべきことを伝えた。
「私たちはこれから、南の方の街に移動する」
「南に?」
「ああ。私の知り合いが居てね。教会は焼けちまったし、孤児院はこのざまだから、住処を移さなきゃいけねぇ」
「……し、シスターコナ。一つ、よろしいでしょうか?」
二人が話しているところで、横で聞いていたシスターローズが、困惑を浮かべた顔で話に割って入ってきた。
彼女は訊ねる。
「その言い方は……まるでパルフェットが、シスターコナの言う私たちに含まれていないように聞こえるのですが……」
シスターローズの言葉に返ってきたのは、大きなため息だった。はぁと、シスターコナが魂まで抜けてしまったようなため息を吐き出してから、ちらりとパルフェットの方へと言う。
「ついてくるか? パルフェット」
「いや、遠慮しておく」
それがすべての答えだった。
それを聞いたシスターローズは、パルフェットの肩に掴みかかって叱責する。
「だ、ダメですよパルフェット! いくらあなたが……あなたが戦えるからと言って、まだ十歳でしょう!? あなたは戦わなくてもいいのです! 私が……私が戦いますから! 私が守りますから!」
泣き出してしまいそうなほどに声を震わせて、シスターローズは言う。
シスターローズの脳裏には、昨日の記憶が――異形たちを前に逃げることしかできなかった時の記憶が、鮮明に呼び起こされた。
幼い子供を抱え、残る子供と手をつなぎ、何とか逃げようと足掻き――そしてすれ違うように現れたパルフェットが、追って来ていた異形を瞬く間に真っ二つにした光景が。
確かにパルフェットは強い。
それでも――
「貴方はまだ子供。守られてもいいのですよ……!」
けれどパルフェットは、肩に置かれたシスターローズの手に、自分の手を重ねながら言うのだ。
「悪い、シスターローズ。俺はそれでも、家族を守りたいんだ」
その言葉に、シスターローズが唖然としたまま、引き下がった。その様子を見ていたシスターコナが訊ねる。
「何の話だい?」
「魔王を斬るって話だ」
ああそうかい、とシスターコナは納得する。
そんなシスターコナへと、覚悟を伝えるようにパルフェットは話した。
「俺は家族を守りたい。だが、魔王ってやつが教会を壊すってんなら、いつかはその通り、世界中の教会が壊されちまうんだろうな」
「そうなったら、私たちシスターも只じゃすまないだろうね」
「ああ、だから俺は旅に出るよ」
パルフェットは、ブンと手に持っていた木の棒を素振りした。
それから、焼けた森を一瞥して語る。
「ちょっくら魔王、斬ってくる」
彼女はこともなげに言うのだ。
国一つを屈服させた異形たちの王を斬ってくる、と。
そう語るパルフェットは、ともすれば子供心に夢物語を語るようにしか見えないけれど――あの日、あの夜、あの炎の丘の戦いで、魔王の配下たる『紫電』のライカンなる異形を切り伏せた彼女なら、或いは――そう、思わずにはいられない。
そもそも、だ。
「私は旅立った子供にゃ干渉しないよ」
シスターコナは、孤児院を旅だった子供たちがどうなろうと知ったことじゃない。彼女が守るのは孤児院の子供として過ごす彼らだけであり、その庇護下から飛び出した人を、彼女は守らない。
それはなぜか。
「お前はもう、自分の足で立って歩けるんだろう?」
シスターコナは、子供たちを愛している。
けれどその愛は、子供たちを守るだけの愛じゃない。
「私が育てた子供だ。簡単にくたばるような育て方はしちゃいないはずだ」
彼女は、子供たちの背中を押すためにその愛を使う。
決まりには厳しく、けれど愛は深く。いつか自らの道を歩む子供たちが、自分の力でその道を歩いて行けるように願って――
「やりたいようにやるがいいさ、パルフェット。お前の人生、お前の道――」
だからシスターコナは、たとえ小さくとも頼もしいパルフェットの背中を叩いて言った。
「なによりも、お前は私の自慢の娘だ。きっと、何だってできるはずだよ」
柔らかく笑うシスターコナの目を、パルフェットは見た。
そこにある慈しみの名前を、パルフェットは知らない。
けれど――
「シスターコナ。母親ってのは……あんたみたいな人のことを言うんだろうな」
「ああ、そうさ。母親はみんな厳しいんだ。それでもみんな、優しいんだ」
その言葉を聞いて、ふとパルフェットは前世のことを思い出した。
『ごめんなさい……ごめんなさい、悟郎……せめて苦しまずに……』
あの母親は、そんなことを呟いて、包丁を握っていた。
なぜそんなことになってしまったのか、今となっても悟郎にはわからないことだけれど――あの母にも、愛はあったのだろうかと思わずにはいられない。
けれどもう、終わった話だ。
過去にはもう戻れない。
だからパルフェットは、前を見た。
「世話になった!」
彼女はそう言うと、シスターコナたちが教会跡地を旅立つよりも早く、近くの町に続く道へと歩き出す。
彼女は決めたのだ。
家族を守るために、魔王を倒すと。
だから決意が鈍らないうちに、彼女は旅立った。
さようならとは言わない。
いずれまた、全てが終わったとき。
魔王を倒した時、またこの丘の上に孤児院が立つ姿を幻視して。
「さらば」
パルフェットは、五年の時を過ごした丘を後にした――
「パァァァァァァフィィ!!!」
「ぬ?」
と、そこで彼女の背中を追いかけるように声が響く。
声は焦るように、或いは怒るような勢いのまま、とてつもない速さで旅立つパルフェットに追いついた。
「待ちなさいコラァ!!」
「アネッサ!」
声の主は他でもないアネッサ。
この五年間、パルフェットと共に過ごした姉だ。
「私もついてく!」
「なに?」
バッグを背負った彼女が丘を駆け降りてパルフェットに詰め寄ると、面と向かってそう宣言した。
それにパルフェットは困惑するけれど――
「パフィは強い! それは確かにそうだけど――食料! それにお金に水に着替えに地図も持たないで、貴方はどこに行くつもりなのよ!」
「え……それはその……現地調達で間に合うだろうと思ったが……」
「見てられないよ!」
改めて振り返ってみれば、旅に出ることを急いだパルフェットは、着の身着のまま旅立とうとしていた。手に持つは棒切れ一本のみ。ただそれだけで旅をするのは、世界を舐めすぎている。
「そもそもパフィって写本の勉強もしてないし、買い出しだって数えるほどしか行ってないし、まだ12歳にもなってない……だから私もついてく!」
そう言って、アネッサはパルフェットの手を取った。
強く握られたその手は、前よりも強く、解きがたい。
そしてとても、暖かかった。
「……なぜ、アネッサは俺のことを見てくれるんだ?」
手を伝って感じられる暖かさの理由を、パルフェットは訊ねる。
例えわかり切っていたとしても、訪ねずにはいられなかった。
アネッサは、あの夜、あの戦いの現場に居た。
今からパルフェットが身を投じようとしている戦いの過酷さを、目の当たりにしている。
なのに、どうして――
「私は貴方の姉だから! 家族だから! 妹のことが心配じゃない姉なんていないでしょ!」
こともなげにそう言って見せたアネッサに、パルフェットの口の端が上がった。
「ありがとう、アネッサ。じゃあ、そうだな……」
大きく息を吸って、パルフェットはその手を強く握り返す。
強く、強く、強く。
この暖かさを、離すまいと。
「助けてくれ、アネッサ。俺には戦うことしかできないから」
「まっかせなさい!」
そうして二人の旅路は始まった。
魔王を倒す旅路。
世界を照らす旅路。
生まれ変わるための旅路。
空に昇る太陽は、二人の旅路を明るく照らす。
「私はお姉ちゃんなんだから……そうだよね? パフィ」
密かな影を作りながら。
◆
同時刻。
「……神託が下りました」
魔王に侵略された王国『エルディア』のある場所にて。
閉鎖された洞窟の中、パルフェットの孤児院に併設されていた教会にあった、円形のシンボルと同じシンボルを手に持った少女が、暗闇の中でそう呟いた。
「姫! それはまことか!?」
洞窟の中には、少女の他に三人の男たちが居た。
彼らは一本の火が灯った蝋燭を囲み、少女にひれ伏すように座っていたけれど、少女の言葉を聞き、取り乱したように立ち上がる。
「はい。神の言葉を聞きました」
「か、神は何と……あの憎き魔王を倒すためには、どのようなことをおっしゃられたのですか!?」
魔王。
それは、彼らの国を乗っ取った巨悪の名だ。
彼らの王は魔王にひれ伏し、その軍門に下った。
そして今、エルディアの地を魔王の軍勢が支配しつつある。
未だ魔王にくだらない少数勢力が、エルディアの地で反抗を続けているけれど、そのすべてが異形たちに制圧されるのも時間の問題だ。
そして彼らがい無くなれば、エルディアの地は真に魔王の物となってしまう。それだけは何としても阻止しなければならない。たとえ神頼みであったとしても――
「我らが神『ヴェール』は仰られました」
円のシンボルを天に掲げ、少女は語る。
「七つの器。七つの技。七人の英雄が、エルディアの地に立ち上がる。彼らは太陽の光に導かれ、いずれ魔王にすらたどり着く、と」
「七人の英雄! それが魔王を打倒すと!」
希望は見えた。
「はい。魔王が倒れれば、後の異形は烏合の衆。なんとしても、七人の英雄を見つけ出し、その旅路を助けるのです!」
七人の英雄。
それは王国奪還の導。
希望の旗頭。
なんとしてでも、見つけなければ――
「しかし、神託は二つありました」
「なんですと?」
見えた希望に喜んでいた男たちだけれど、続けらた少女の言葉に眉を顰めた。ようやく下された神託が二つ――嫌な気配がした。
既に魔王を倒す導は教えられたのだ。
希望は教えられたのだ。
なら次に伝えられるのは、
「災いの予言です」
男たちが息を呑んだ。
ろうそくの火が僅かに揺れる。男たちは、その顔に不安を浮かべて少女の言葉を待った。
ごくりと、少女もまた息を呑み、恐る恐るとその神託を口にする。
「白き鬼に気を付けよ、と」
「それは……魔王に関係することなのですか?」
「わかりません。ただ神は、我らが神『ヴェール』は、ただ一言、その白き鬼とやらに気を付けろと――ですから」
少女は続ける。
そのまなざしには覚悟が宿る。
円のシンボルを握る手には、並々ならぬ力が入っていた。
どんな手を使ってでも、魔王からこの国を取り戻す。
そのためならば、手段なんて択ばない。
「もしも白き鬼を見つけたのなら……殺してください。この国の未来のために」
「わかりました」
「我らは貴方の命に従います」
「ゆえにどうか、我らを導き、この国をお救いになってください」
話が終わり、男たちが再び少女の前にひざまずいた。
そして声を揃え、忠誠を誓うのだ。
「「「我らが『エルダ・ドーラ・エルディア』様。神に愛されし我らが姫よ。不倶戴天の魔王に屈した王に代わり、貴方がこの国を導くのです」」」
彼らの前に立った少女は、祈るようにその言葉を聞き届けた。
「我が父に代わって、この国を救いましょう。七人の英雄と共に、仇を討つのです」
――序幕 完
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