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魔術師の少女4
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どれくらいの間沈黙が続いただろう。ふと、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
ルカはハッとなり顔を上げる。
(誰だろう?)
外はもう暗い。こんな時間に訪ねてくる人間に心当たりはなかった。ベッド脇に置いた剣に手を伸ばし、警戒を露わにするルカだったが、
「クラリス、いるんだろう?」
「お師匠様!」
扉の外から声が聞こえ、クラリスがそれに反応を示した。どうやら、部屋を訪ねてきたのは彼女の師匠らしい。
クラリスはルカの方へ視線を向ける。ルカは頷いて、
「どうぞ」
と、扉の外へと声をかけた。
ガチャリ、という音と共に部屋へ入ってきたのは、美しい女性だった。透き通るような白い肌、腰まである黒い髪。身につけている黒のローブは丈が短く胸元が開いており露出が多い。おそらく二十代の後半か、三十代の前半…だが、百歳を超えているような超然とした雰囲気も感じられる。彼女は、クラリスとルカの顔を交互に見比べた後に口を開いた。
「ひょっとして、いい雰囲気の所を邪魔しちゃったかな。…いや失礼、しばらくしたらまた来る事にするよ。それまで存分にイチャついてくれたまえ」
「い、いいえ!大丈夫です…!」
クラリスが立ち上がり、出ていこうとする師匠の腕を掴んだ。
「そうかい?私も若人の逢瀬を邪魔するほど性格の悪い人間ではないんだよ。気にする必要はない。しかし驚いたよ。ちょっと目を離した隙にこんなに可愛らしい恋人を見つけるとはねえ。あなたは色恋沙汰には疎いと思っていたけれど、まさか年下趣味とは…」
「も、もう、お師匠様!」
クラリスが真っ赤になりながら声を荒げた。
「な、何を勘違いしているんですか!この方は、悪い人たちに囲まれていた私を助けてくれたんです!」
そうですよね、というような素振りでルカを見るクラリス。
「へえ…そうかい。早とちりしてしまったよ。失敬、失敬」
クスッと小さく笑った後、クラリスの師匠はルカに向き直った。
「師匠として礼を言わせてもらうよ。私の名前はオイフェ。この度は不詳の弟子をお助けいただき、心から感謝する」
オイフェは手を差し出した。ルカはその手を握り返し、
「ルカ・ハークレイです」
と名乗る。
「ところで、お師匠様」
クラリスがオイフェの顔を覗き込む。また余計な事を言い出す前に自分の方から話題を振ろうと思ったのかもしれない。
「どうして私がここにいるって分かったのでしょうか?」
「ふふ、私には予見の力があるからね」
「ああ、そうでした。…でも、それならはぐれた後すぐに迎えに来てくれても良かったんじゃないですか?」
クラリスは唇を尖らせた。ルカと二人でいた時は清楚なお姉さんといった雰囲気の彼女だったが、師匠の前では少し子供っぽさが出てしまうのだろう。
「私の予見も完璧ではないという事さ。まあ、何にしても良かったよ。さあ、出ようか」
「え?」
「宿を取ってある。明日は朝早くにこの町を発つつもりだから、そこへ行って休むとしようじゃないか」
「そう…ですね」
師匠と再会できたのなら、一緒に行動する。当たり前だ。しかし、その当たり前がクラリスには少し寂しく思えた。ルカともっと一緒にいたいと考えていたのだ。しかし、それはわがままでしかないという事も分かっていた。だが、別れる前に少年にもう少し言葉をかけておきたかった。
「お師匠様、ちょっとだけお時間もらってもいいですか?」
「ああ、構わないよ。私は部屋の外で待っていよう。じゃあね…縁があればまた会おう、ルカくん」
オイフェはそう言い残して部屋から退出した。
部屋に残ったクラリスは、ルカと正対する。そして少年の目を見て、ゆっくりと口を開いた。
「ルカさん…ルカさんには、夢ってありますか?」
「夢…?」
最後の挨拶でもされるのかと思っていたルカは、クラリスの意外な言葉に意表を突かれる。
「私には、夢があります。それは…大魔導士になるという夢です」
大魔導士。それは、かつて史上最高の魔術師と呼ばれた人物に与えられた称号。現存しない、極意魔術の使い手。
「私みたいな初伝が何言ってるんだって思われるかも知れないですけど…私の、夢なんです」
クラリスは少し恥ずかしそうに…けれど、ルカからは視線を逸らさずに、はっきりと言った。さらに言葉を続ける。
「ルカさんには、夢ってありますか?」
「僕の、夢は…」
反射的に答えかけ、ルカは言葉を飲み込んだ。彼にも夢はある。いや…あった。だが、その夢は潰えた。パーティを追放された事によって。
(――本当に?)
少年は自問する。
(本当に、僕の夢は終わったんだろうか)
ルカが抱いていたのは、見果てぬ夢だ。パーティを追放されるような者が持つには分不相応の。
(だけど…)
目の前の少女、クラリスは自身の夢をはっきりと口にした。見果てぬ夢と分かっていながら、夢から逃げていない。
ルカは少女を真っ直ぐ見つめ返した。
「僕の夢は…冒険者の最高位、達人位になって…沢山の人を救う事、です」
かつて自分を救ってくれた冒険者のようになって、多くの人を救う。それがルカの夢だった。その言葉を聞いて、クラリスはにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ…競争ですね。どちらが先に夢を叶えるか。約束ですよ。ルカさんは達人位を、私は大魔導士を目指す」
少女は、少年の体をぎゅっと抱きしめる。そして名残惜しそうに離れていった。
「――また、どこかで会いましょう」
名残惜しさを振り払い、背負向けたクラリス。その背に向かって、ルカは口を開く。
「クラリスさん。そのっ…あ、ありがとうございます。僕も――頑張ります。それまで…クラリスさん、お元気で!」
「ルカさんもお元気で。約束、忘れないでくださいね」
「はい!」
少女は振り返りにっこりと微笑む。そして、部屋を後にした。
ルカはハッとなり顔を上げる。
(誰だろう?)
外はもう暗い。こんな時間に訪ねてくる人間に心当たりはなかった。ベッド脇に置いた剣に手を伸ばし、警戒を露わにするルカだったが、
「クラリス、いるんだろう?」
「お師匠様!」
扉の外から声が聞こえ、クラリスがそれに反応を示した。どうやら、部屋を訪ねてきたのは彼女の師匠らしい。
クラリスはルカの方へ視線を向ける。ルカは頷いて、
「どうぞ」
と、扉の外へと声をかけた。
ガチャリ、という音と共に部屋へ入ってきたのは、美しい女性だった。透き通るような白い肌、腰まである黒い髪。身につけている黒のローブは丈が短く胸元が開いており露出が多い。おそらく二十代の後半か、三十代の前半…だが、百歳を超えているような超然とした雰囲気も感じられる。彼女は、クラリスとルカの顔を交互に見比べた後に口を開いた。
「ひょっとして、いい雰囲気の所を邪魔しちゃったかな。…いや失礼、しばらくしたらまた来る事にするよ。それまで存分にイチャついてくれたまえ」
「い、いいえ!大丈夫です…!」
クラリスが立ち上がり、出ていこうとする師匠の腕を掴んだ。
「そうかい?私も若人の逢瀬を邪魔するほど性格の悪い人間ではないんだよ。気にする必要はない。しかし驚いたよ。ちょっと目を離した隙にこんなに可愛らしい恋人を見つけるとはねえ。あなたは色恋沙汰には疎いと思っていたけれど、まさか年下趣味とは…」
「も、もう、お師匠様!」
クラリスが真っ赤になりながら声を荒げた。
「な、何を勘違いしているんですか!この方は、悪い人たちに囲まれていた私を助けてくれたんです!」
そうですよね、というような素振りでルカを見るクラリス。
「へえ…そうかい。早とちりしてしまったよ。失敬、失敬」
クスッと小さく笑った後、クラリスの師匠はルカに向き直った。
「師匠として礼を言わせてもらうよ。私の名前はオイフェ。この度は不詳の弟子をお助けいただき、心から感謝する」
オイフェは手を差し出した。ルカはその手を握り返し、
「ルカ・ハークレイです」
と名乗る。
「ところで、お師匠様」
クラリスがオイフェの顔を覗き込む。また余計な事を言い出す前に自分の方から話題を振ろうと思ったのかもしれない。
「どうして私がここにいるって分かったのでしょうか?」
「ふふ、私には予見の力があるからね」
「ああ、そうでした。…でも、それならはぐれた後すぐに迎えに来てくれても良かったんじゃないですか?」
クラリスは唇を尖らせた。ルカと二人でいた時は清楚なお姉さんといった雰囲気の彼女だったが、師匠の前では少し子供っぽさが出てしまうのだろう。
「私の予見も完璧ではないという事さ。まあ、何にしても良かったよ。さあ、出ようか」
「え?」
「宿を取ってある。明日は朝早くにこの町を発つつもりだから、そこへ行って休むとしようじゃないか」
「そう…ですね」
師匠と再会できたのなら、一緒に行動する。当たり前だ。しかし、その当たり前がクラリスには少し寂しく思えた。ルカともっと一緒にいたいと考えていたのだ。しかし、それはわがままでしかないという事も分かっていた。だが、別れる前に少年にもう少し言葉をかけておきたかった。
「お師匠様、ちょっとだけお時間もらってもいいですか?」
「ああ、構わないよ。私は部屋の外で待っていよう。じゃあね…縁があればまた会おう、ルカくん」
オイフェはそう言い残して部屋から退出した。
部屋に残ったクラリスは、ルカと正対する。そして少年の目を見て、ゆっくりと口を開いた。
「ルカさん…ルカさんには、夢ってありますか?」
「夢…?」
最後の挨拶でもされるのかと思っていたルカは、クラリスの意外な言葉に意表を突かれる。
「私には、夢があります。それは…大魔導士になるという夢です」
大魔導士。それは、かつて史上最高の魔術師と呼ばれた人物に与えられた称号。現存しない、極意魔術の使い手。
「私みたいな初伝が何言ってるんだって思われるかも知れないですけど…私の、夢なんです」
クラリスは少し恥ずかしそうに…けれど、ルカからは視線を逸らさずに、はっきりと言った。さらに言葉を続ける。
「ルカさんには、夢ってありますか?」
「僕の、夢は…」
反射的に答えかけ、ルカは言葉を飲み込んだ。彼にも夢はある。いや…あった。だが、その夢は潰えた。パーティを追放された事によって。
(――本当に?)
少年は自問する。
(本当に、僕の夢は終わったんだろうか)
ルカが抱いていたのは、見果てぬ夢だ。パーティを追放されるような者が持つには分不相応の。
(だけど…)
目の前の少女、クラリスは自身の夢をはっきりと口にした。見果てぬ夢と分かっていながら、夢から逃げていない。
ルカは少女を真っ直ぐ見つめ返した。
「僕の夢は…冒険者の最高位、達人位になって…沢山の人を救う事、です」
かつて自分を救ってくれた冒険者のようになって、多くの人を救う。それがルカの夢だった。その言葉を聞いて、クラリスはにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ…競争ですね。どちらが先に夢を叶えるか。約束ですよ。ルカさんは達人位を、私は大魔導士を目指す」
少女は、少年の体をぎゅっと抱きしめる。そして名残惜しそうに離れていった。
「――また、どこかで会いましょう」
名残惜しさを振り払い、背負向けたクラリス。その背に向かって、ルカは口を開く。
「クラリスさん。そのっ…あ、ありがとうございます。僕も――頑張ります。それまで…クラリスさん、お元気で!」
「ルカさんもお元気で。約束、忘れないでくださいね」
「はい!」
少女は振り返りにっこりと微笑む。そして、部屋を後にした。
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