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ラナキア洞窟攻略完了2

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「清浄なる力よ、傷を癒せ『ホーリー・トリートメント』」

 ルカはジョゼフの体に手を当てつつ初伝レベル1回復魔術、『ホーリー・トリートメント』を行使する。ジョゼフの全身についていた切り傷が見る間に回復していく。

「ありがとな、助かるぜ」

 ジョゼフは、先ほどまで赤い血の流れていた頬をさすった。すでにそこの血は完全に止まり、薄いかさぶたができている。

初伝レベル1回復魔術、『ホーリー・トリートメント』は体の再生能力を促進させて傷の治りを早くする事しかできません。もしかしたらさっきの骨の魔物モンスターが毒か何かの類を持っていた可能性もありますし…もし体調が悪くなったら言ってくださいね」

 と、ルカは言い添えた。とはいえその可能性は低いと考えている。あくまで念のため、という所だ。

 ルカは自身にも回復魔術をかけつつ、アレクシアに近寄った。彼女は疲弊こそしているものの外傷はないようだ。

「…凄い技でしたね」

 先ほどのアレクシアの戦いぶりを思い出しながらそう言った。アルトゥース流奥義、『滴水穿石てきすいせんせき』。ルカにとっては雲の上の技と言っていい大技中の大技。

「アレクシアさんのおかげで助かりました」

「うん、なんとか倒せて良かったよ」

 そう言って笑うアレクシア。

「今回僕たちが戦ったスケルトンは、魔物モンスターランクで言えば間違いなくAランク以上でした。アレクシアさんがいなければ…多分全滅していました。本当にありがとうございます」

「いや、礼はいいさ。色々な事ができる君と違って、私は戦う事しかできないからね。自らの役割を全うしただけにすぎない。それより…」

 アレクシアは、塵となったスケルトンの残骸…そしてその中央にある石のようなものに視線を向けた。

「あれがこの迷宮ダンジョンコアというものなのだろうか」

「はい、おそらくそうだと思います」

 ルカは、スケルトンのコアであると同時に迷宮ダンジョンコアでもあるその物体に近付いた。近くで見れば、ルカの拳ほどの大きさがあった。

「うっ…」

 それを手に取ろうとして、思わず喉の奥から呻きが漏れた。その石…のようなものが、あまりにも禍々しい魔力を放っている事に気がついたからだ。

(なんだ、この吐き気がするような魔力…)

 ただの魔鉱石ではあり得ない、あまりにも邪悪な魔力。ルカは手袋の上から、さらに布を被せ…その物体を拾い上げた。

「これは…爪…いや、牙…?」

 石のように見えたその物体は、手に取って確かめてみるとそうではない事がはっきりと分かった。肉食獣や竜の牙のように見える。

「なんだ、こりゃ…魔物モンスターの牙か?」

 ルカの横に歩み寄ったジョゼフが、その物体に顔を近付ける。

「そうですね。牙みたいですけど…とても邪悪な力を感じます」

「私も同感だ」

 ルカの後ろに立つアレクシアが同意する。

「私は魔力というものに対しては敏感ではないが…それでも言い知れぬ禍々しさを感じるよ。それに、既視感がある。いつか、夢で見たような…」

「――ひょっとしたらですけど…」

 ルカは、牙をまじまじと観察しつつ言った。

「これは、邪神デミウルゴスの体の一部…『災遺物』かもしれません」

「なっ…!」

 ルカの発言で、ジョゼフは近付けていた顔を引っ込め後ずさった。

「じ、邪神の体の一部って…マジかよ…!」

「昔読んだ文献に書かれていた内容と一致します。その文献によると…かつて邪神デミウルゴスは、史上最強の剣士・剣聖アルトゥースとの死闘の葉てに敗れ去りました」

「ああ、その話は俺も知ってるが…」

 剣聖アルトゥースの邪神討伐。それは、この世界に生きる者ならば誰もが聞いた事のある英雄譚だ。

「しかし、その文献によると邪神は完全に消滅したのではなく、その体は世界に散らばったというんです。邪神崇拝を行う者は、その体の一部を『災遺物』として崇め、奉っている…そうも書いてありました。でもまさか、本当にそんなものがあるなんて…」

 ルカは邪神にまつわる様々な伝説を見聞きしてきた。だが、その中には信じがたい内容も多かった。それは邪神という存在があまりにも大きく、それを恐れるあまり色々な憶測が混じり噂に尾ひれがついてしまったのだろう。そう判断していた。邪神信仰者…邪神教徒が邪神の体の一部を災遺物として崇める、という話も信じてはいなかった。

 邪神信仰があったとして、その崇拝対象に邪神の体の一部が選ばれる…というのは理解できる。だが、その邪神の体の一部というのはあくまで『邪神の体の一部を模して造られた模造品イミテーション』だと思っていたのだ。女神を信仰する者が、女神の像を作って拝むようなものだ。

(けど、このあまりにも禍々しい魔力…本物の邪神の牙としか思えない)

 おそらく、先ほどのスケルトンはこの『邪神の牙』と融合する事であれ程の力を得たのだろう。本来なら、Eランク程度の力しかなかったはずだ。それが、その片鱗とはいえ邪神の魔力と融合しAランクかそれ以上の力を得た。そういう事だろう。

「この牙と融合したのがスケルトンだったのは不幸中の幸いだったのかもしれません。もっと高位の魔物モンスターであれば…おそらく、僕らでは手がつけられなかったはずです」

 自分でそう言いながら、ルカは背筋が寒くなる。万が一この牙が高ランクの魔物モンスターと融合してしまったら取り返しのつかない事態になる恐れがある。

「ひとまずこれは持ち帰って冒険者ギルドか修道騎士会に届け出ましょう」

「お、おう…そうだな…。えーっと、一応リーダーである俺が預かっとくか…」

 ジョゼフは恐る恐ると言った様子で邪神の牙を受け取る。無論、素手ではない。布越しだ。そこで、今まで膝をついていたゲルトがヨロヨロと立ち上がった。

「…わたくしにも、それを見せていただいてよろしいでしょうか。何か分かる事があるかもしれません」

 そう言って、ジョゼフに対して手を伸ばす。

「お、おう…ゲルトの旦那はこういう事には結構詳しいもんな。ただ、素手で触らない方がいいぜ」

 ジョゼフはゲルトに近寄り、包んでいた布ごと邪神の牙を手渡した。

「これは…」

 ゲルトは邪神の牙を受け取るとまじまじと観察し…大きく目を見開いた。

「これは…やはり…!」

 そう呟くと、感極まったように全身が震えはじめる。

「お、おい、旦那…大丈夫か?」

 ジョゼフが心配になって声をかける。だが、その言葉すらゲルトには届いていないようだ。彼の瞳は零れ落ちんばかりに見開かれ、邪神の牙に釘付けとなっている。

「おお…!」

 恐怖とも、驚きとも、または別の感情の発露とも受け取れる声を漏らす。そして――

「…さま」

 何者かの名を小さく呟いた。

「デミウルゴス様…!」

 そう叫ぶや否や、鋭利なものが肉を穿つ音が部屋に響いた。

 ポタリ、と床に血が零れ落ちる。ゲルトの胸から滴り落ちた血液だ。

 エルフの魔術師、ゲルトアルヴスは邪神デミウルゴスの牙を自らの心臓に突き立てていた。
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