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相談の夢
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薄暗い闇が広がる中、視界の右上の方が、ぼやっと薄く明るくなった。思考が止まる。そして、微かに、次第に光の明度とともに、ぼやけた音、それは次第に声として聞こえてきた。
「……さま、お願いします。どうか、あいつを……。どうか、お助けください……」
最後は、はっきりと聞こえた。今までに無かった現象に、ちゃんと夢を見ているのではないのかと思い、山波は少し嬉しくなった。助けて欲しいのはこっちもだという思いは棚上げし、即、
「はい。どうしましたか?あいつとは誰でしょう?何をすれば良いですか?」
と、喋るイメージで返した。……しかし、相手からの返事が無い。(っ?!伝わらなかったか?いや、返答を誤ったか?馴れ馴れしい?焦ったか?もっと状況を見極める時間をとれば良かったか……)山波は、常勤講師として、学生の相談には、即乗る姿勢が出来ている。何故なら、このタイミングを逃すと、次に相談を受ける機会が失われ、手遅れになる事が嫌だからだ。現に、後でと言って、後にその学生を捕まえても相談事は無くなり、結果、その学生は翌日から来なくなって、そのまま退学してしまった事がある。理由を聞くことはできなかった。その時に、力になれなければ意味がないことを痛感した山波は、それ以降、余程の事がない限り、相談即乗りだ。しかし、今回の相手は、声色から見知った人ではないだろう。しかも対面でもない。つまりは、独り言に知らないオッサンがまじめに答えてきた、というようなもので、大変怖い思いをさせたという事だろう。そう判断し、山波はフォローを入れる。
「すいません。ちょっと声が聞こえたもので、つい。もし、良かったらですが、そのお話を聞かせてもらえませんか?」
と、また喋るイメージで話しかける。柔らかく、安心できる声のイメージで。……しかしまた、返事は返って来ない。(もしかして、聞こえていないんじゃないのか?喋るイメージでは、ダメなのか?声……って、口、喉の感覚も感じられないこの夢の中で、どうやって出す?やばい、このチャンスは、何とかして拾わないとーー)焦る。ここで一つ、考えている事が、そのまま伝わってるのではないのかという懸念がある事に気付く。それならどうやっても今回は無理だ。聞いてる相手は気持ち悪いだろう。そうであるなら、それがわかっただけで良しとするが、せめてそれを確認したい。何とか返事をもらえないものだろうか。思考を止め、待つ。視界は気が付かない内に、暗くなっていた。
(何だったのだろう。急に明るくなって声が聞こえた。応えてみるが反応は得られなかっ……)振り返っていると、また視界が明るくなり、先程聞いた声が聞こえて来た。
「すいません、すいません。僕の声、聞こえますか?」
「聞こえてますよ」
山波は思考せず、反射で即答する。
「昨日はすいません。怖くて帰っちゃいました。神様、怒ってますか?」
「怒っていませんよ。こちらこそ、話しかけてしまい、すいません」
「ああ、良かった。食べないでくれますね?」
(はい)
……
「た、たた……食べないでください!」
「大丈夫です。食べたりしませんよ。それより、何か話したい事があったみたいですが」
「っ!ああ!そうです!助けてください!」
会話が成り立つ。思った事は、相手に聞こえないことが確認できた。気になる事が多いが、今は相談の腰を折る事はできない。
「助けて欲しいとは、どういう事ですか?」
「実は、ちょっと前に、みんな食べられてしまったんです。僕は離れたところで隠れてたから、見つからないで助かったんですけど、見てみたら、ウニョウニョしたのに捕まって、みんな食べられちゃいました!僕も食べられちゃいます!」
山波は相談、カウンセリングにおいて、常に真摯に向き合い、学び、実践、経験を積み重ねて来た。相談を受けた学生の満足度も高い。この分野においても、すでにカウンセラーと呼ばれるレベルに到達していた。相談の基本としては、まず、相談内容を疑わない。そして、相手の喋りたい事がひと段落するまで、しっかりと聞く事だ。だから、どんな相談内容でも、気になった事は基本、後回しにする。ただ、反応が欲しいと思われるものは全て拾う。だから、このツッコミたい気持ちがウニョウニョとうなぎ上りな内容でも、適切な応答を考え、話を続ける。
「それは……大変残念でしたね。辛い、ですね」
「あいつをやっつけてください!」
(声色、言葉の感じから相手は子供だろう。ただ、大量虐殺を目の当たりにしたにしては、どうも感情に違和感がある。何というか、悲しみが、薄い。日常的?みんな……、友達や家族ではなく、ウニョウニョに……、ウニョウニョを、やっつける……)
UMA退治をお願いされた山波は、疑わず、この案件に対してどう取り組むべきかを考える。これが本当に、自由自在の明晰夢なら、承諾して、降臨して、何か魔法とかでボカーンと一件落着みたいに、いい加減に終わらせられるのだろうと思うのだが、これまでの試行錯誤と結果から、現可能性は極めて低い。やはり、いつものように出来る事を明確にして、一歩ずつ、前進するしかない。その為に、まずは伝えなければならない事、確認する事がある。
「私がやっつける事はできません。期待に応えられずごめんなさい。誰か、他に頼れる強い人は居ますか?」
「いえ……みんな食べられちゃいました」
「なら、あなたがやっつけましょう!」
「えっ!そんな!?無理です!」
「大丈夫です。今すぐには無理かも知れませんが、あなたはこれから成長していきます。だから、時間はかかりますが、将来的にはやっつけられますよ」
「成長……」
「はい。あなたの成長を助けることなら出来ますよ。ただその前に、どうしてやっつけたいのか教えてください」
「それは……やっつけたいからです!」
「せっかく逃げられたのですから、誰か強い人にお願いするとか、別の場所で平和に暮らす、という事も出来ますよ」
「あいつをやっつけたいです」
子どものような動機である。しかし、その言葉は淀みなく、本能から出たものだと山波は感じた。成長は誰でもできる。だが、成長度合いは、その動機の強さと明確さが、まずは重要だと山波は考える。
「すぐにやっつける事は出来ないんでしょうか?」
と、余計な事を考えている間に質問がきた。この望みには、残念ながら応えられない。大人子供問わず、見つけた問題、特に致命的なものは、出来る限り早く解決しなければ、ストレスに押しつぶされてしまうのだが、
「あなたがやっつけるのなら、残念ながら時間は必要です。でも、頑張れば早くなりますよ」
「う~……わかりました。頑張ります!」
「それでは早速、まず、いくつか教えてください。あなたのお名前は?何歳ですか?ウニョウニョがどこに居るか、わかりますか?」
「名前?何歳?ウニョウニョは……みんながいたあっちの方にいるみたいです」
「なるほど、ウニョウニョは、まだ近くにいるんですね。なら、もう少し離れたところで頑張らないと危ないですね。では、次に教えて欲しい事ですが、あなたの強いところを教えてください」
「ぼくの強いところ……ザク、ザクって、ギューって出来ます!あと硬いと思います。ウニョウニョにはバリバリ食べられてしまいましたけど」
「ザク、ザクって刺すのが得意なんですか?」
「掘るんです。この、立ってるところを。そして隠れられますよ。あ、隠れるのも得意です!」
全然、何を言っているか分からない。名前と何歳の意味が、通じていない。(擬音ばかりで……動きは説明できているのに、固有名詞があまり出てこない?自分も含めて名前が無いってことなのか?え?)子どもとの意思疎通で気をつけなければならない事に、固有名詞の知識が上がる。当たり前だか、大人が当然知っていることを、子どもは知らない事が多い。だから、子どもが、物の名前がわからない場合、この様な会話が生まれる。これからは、この言葉の理解に、かなり時間がかかるだろうが、とにかく情報が欲しい。相談に応える為には、必要な作業だ。山葉は腹を括り、自身の気づきセンサーを全解放し、根気強く、丁寧に、固有名詞を教えながら、知りたい事を出来るだけ聞き出した。……そして、何ともまた夢のような、如何ともし難い事が推測された。相手は人ではない。多分『カニ』だ。
山波は、カニが好きだ。見るのも、食べるのも。ただ、これからそのカニを育成し、ウニョウニョを倒させねばならない。非常勤から数えて講師生活十三年目を前に、最大難度の学生に出会った。(カニの天敵でウニョウニョしたもの?……ウツボ?ウナギ?あとなんだっけ?もうちょっとヒントがあると良いのだけど。まあ、どれにしてもなかなか厳しいなぁ。カニって雑食だけど、基本的に動きが速くないから、貝とか魚の死骸とか、動かないものが獲物で、狩りには向かないんだよな。あと、硬いから防御力は高いけど、それでもどうにもならないって話だから、頭で戦うしかないんだよなぁ……漁か。幸い、話は通じてるから、教えることはできるだろうけど、それは全然詳しくないんだよなぁ。今はネットで検索できないし。それにしても、カニかぁ……)山波は懐かしい記憶を掘り返していた。
山波は子供の頃、TVゲームが好きだった。綺麗なイラストや最先端のグラフィックに憧れて、見よう見まねの独学で、絵やグラフィックデザインを学んだ。様々な本とネットの情報が先生だった。そのまま追求し続けた結果、二十代後半にはフリーランスのイラストレーター兼グラフィックデザイナーとなり、イラストやら広告やらWEBやら、グラフィックであれば何でものスタイルで仕事をしていた。ちなみに、非常勤として、講師を始めたのもこの頃だ。その時期に、友人からアクションゲームの敵キャラクターを数点デザインして欲しいと、依頼を受けた。山波が幼い頃から憧れた仕事だったが、その頃には、"仕事"という以外の感情は無かった。メールで送られてきたリストの中から、好きなものを選んでやってくれという事だったので、書かれていたものの中から、強ネコ、化けガニ、角の生えたモンスターの、三つをやることを伝えた。設定は特に書かれていないので、デザイン後に向こうが決めるか、こっちで考えた事を伝えれば良いのだろう。ただ一点、"雑魚なので低ポリゴンで"と、あった。友達なので、発注が雑だが、こういう方が自由度が高く楽しいと、山波が感じることを見越しているのだろうか。そして、急ぎなのも何となく分かる。早速、その三種のデザインラフに取り掛かったのだが、山波は『化けガニ』デザインラフを描いてみて、思っていたよりも、元となるカニの事を全然知らない事がわかった。"デザインする"とは、設計するという事であり、それが、どうしてそうなったかという事で、見た目であれば、それをそうあらしめるものである。対象が存在するなら、知らねば描けないと、山波は、『カニ』について調べた。当時のネットは、未成熟で情報が乏しかったため、図書館で専門書を漁ったり、大きな市場に足を運んで実際に見たりして、情報を集めた。貧乏だったが、蟹も買って、見て、食べた。そうした事から、山波は、カニが持つ絵的なポテンシャルに気づいた。まずパッと見、全体的なエグ味は強いが、じっくり見ていると可愛い。全身に纏う棘の外殻が、格好良い。棘が無くスベスベしたものや、毛が生えているものもいる。そして色味は、だいたい朱色系かと思っていたが、それは余り多い訳では無く、食用に茹でて、熱で変化したものを見ていたためで、実際は青黒い、または茶色など、ダーク系が多い。差し色に鮮やかな色が入ったものもいる。そして、つぶらな瞳。胴の中央に寄って埋まっていたり、突き出ていたりとこれも様々。極め付けは、ハサミ。この大きさや形が、その個体のキャラクターを決めるチャームポイントだ。大きいものや長いもの、左右対称であったり、片側だけ大きさが違う、アシンメトリーなものもいる。ざっとこの様に、売りとなる良い要素が多い。これらを記号化し、まとめれば"カニ"ができあがる。そして、"化け"要素はファンタジーだ。何とでもなる。ハサミを三又にして、少し大きめにし、ポリゴン削減のため、小さな脚での二足歩行にした。他にも、片腕だけより大きく強調したもの、甲羅の棘を異常に突起させたもの、ハサミが四本あるものなど、雑魚としての水準でキャラ付けしたラフを数点提出した。すんなりとこのまま納品となり、仕事は達成。こうした事から、山波はカニに関して、多少の知識を持っていた。
さあと、本題を始めようとするが、その前に、
「"あなた"では話し辛いので、これからあなたを"カルキノス"と呼びますが、良いですか?」
「え、ぼくのこと?カルキノス?」
「はい。仲間思いの勇敢なものの名前です」
「名前……よくわからないけどわかりました!」
「それでは、カルキノスさん。これからウニョウニョをやっつけるために、これから話す三つの事を、やってみてください。まずは第一段階です。一つはウニョウニョを見つけても近づかないで、逃げて、安全なところで、見ててください」
「み、見てるんですか?」
「はい。まずはウニョウニョを知りましょう。知るとやっつけ方がわかりますよ」
「はわ~見てるだけでいいんですね」
「はい!そして次は、速く動けるように、工夫してみてください!ウニョウニョから、逃げられるようになりましょう」
「え!やっつけないんですか?」
「それはまだです。よく見て、逃げられるようになってから考えましょう。そして三つ目は、脱皮しまくってください」
「え!は、恥ずかしいです!!」
(え!脱皮って、恥ずかしいことなの!?)
「恥ずかしいのは、その時だけですし、みんな見られないところで、こっそりしましょう大丈夫。そして、脱皮した殻は残さず食べましょう。カルキノスさんが強くなる為に必要な事です」
山波には、カニの羞恥心とか倫理観はわからないが、脱皮は甲殻類において明確なレベルアップとなる。体が大きくなるだけじゃなく、どういう理屈かはわからないが、破損した手脚も回復する。だから出来るだけ早く回数を重ねて欲しい。そう、絵が上手くなるために、下手でも、たくさん描ききる事が、成長の王道だというように。だから脱皮は、自分の練習中のイラストをネットに上げるようなものだと考えれば、恥ずかしいのはわかる。一方、自分の脱皮したものを食べるのは、倫理的に、生理的にどうなのかわからない。ただ、それを他のカニに食べられたと、読んだ事がある。栄養になるなら、自分で摂取した方が良い。きっと脱皮には栄養がかなり必要だと考えた。
「脱皮……頑張ってみます」
「いっぱいご飯を食べて、脱皮しまくって強くなってください。そうすれば、ウニョウニョもやっつける事が出来ますよ。ただ、くれぐれも準備ができるまで、やっつけにいかないでくださいね。これはまだ第一段階なのですから」
「はい!」
「それでは、満足するまでやってみてください。何か話がしたくなったら、気軽に声をかけてくださいね」
「ありがとうございます。頑張ります!」
話は終わった。また、ゆっくりと暗闇に包まれる。山波はすぐに、今回の相談の事を振り返っていた。(カニと、話したんだな。何て変わった夢だ。でも、実際の弱肉強食の世界を生きているってのは、厳しいな。いや……、変わらないか。カルキノスが、早く相手をやっつけたいのは、よくわかる。これから不安な日々を送る事になるだろう。だから、「神様じゃない」なんて、希望を持たせるためにも言えない。ただ、逃げる事、強くなる事は、生存確率を上げるために必要な事だ。特に自然で生きるためには基本中の基本だから、せめてもと思って言ってみたけど、しかし、相手を……殺す、か……)山波は、ひとまずの話をした。即、現状を打破できる具体的なアイデアは出せなかった。後はカルキノス次第となる。残念ながら、今は仕方のない事だと思いながら、まずは、無事に生き抜いてくれる事を願うのだった。
「……さま、お願いします。どうか、あいつを……。どうか、お助けください……」
最後は、はっきりと聞こえた。今までに無かった現象に、ちゃんと夢を見ているのではないのかと思い、山波は少し嬉しくなった。助けて欲しいのはこっちもだという思いは棚上げし、即、
「はい。どうしましたか?あいつとは誰でしょう?何をすれば良いですか?」
と、喋るイメージで返した。……しかし、相手からの返事が無い。(っ?!伝わらなかったか?いや、返答を誤ったか?馴れ馴れしい?焦ったか?もっと状況を見極める時間をとれば良かったか……)山波は、常勤講師として、学生の相談には、即乗る姿勢が出来ている。何故なら、このタイミングを逃すと、次に相談を受ける機会が失われ、手遅れになる事が嫌だからだ。現に、後でと言って、後にその学生を捕まえても相談事は無くなり、結果、その学生は翌日から来なくなって、そのまま退学してしまった事がある。理由を聞くことはできなかった。その時に、力になれなければ意味がないことを痛感した山波は、それ以降、余程の事がない限り、相談即乗りだ。しかし、今回の相手は、声色から見知った人ではないだろう。しかも対面でもない。つまりは、独り言に知らないオッサンがまじめに答えてきた、というようなもので、大変怖い思いをさせたという事だろう。そう判断し、山波はフォローを入れる。
「すいません。ちょっと声が聞こえたもので、つい。もし、良かったらですが、そのお話を聞かせてもらえませんか?」
と、また喋るイメージで話しかける。柔らかく、安心できる声のイメージで。……しかしまた、返事は返って来ない。(もしかして、聞こえていないんじゃないのか?喋るイメージでは、ダメなのか?声……って、口、喉の感覚も感じられないこの夢の中で、どうやって出す?やばい、このチャンスは、何とかして拾わないとーー)焦る。ここで一つ、考えている事が、そのまま伝わってるのではないのかという懸念がある事に気付く。それならどうやっても今回は無理だ。聞いてる相手は気持ち悪いだろう。そうであるなら、それがわかっただけで良しとするが、せめてそれを確認したい。何とか返事をもらえないものだろうか。思考を止め、待つ。視界は気が付かない内に、暗くなっていた。
(何だったのだろう。急に明るくなって声が聞こえた。応えてみるが反応は得られなかっ……)振り返っていると、また視界が明るくなり、先程聞いた声が聞こえて来た。
「すいません、すいません。僕の声、聞こえますか?」
「聞こえてますよ」
山波は思考せず、反射で即答する。
「昨日はすいません。怖くて帰っちゃいました。神様、怒ってますか?」
「怒っていませんよ。こちらこそ、話しかけてしまい、すいません」
「ああ、良かった。食べないでくれますね?」
(はい)
……
「た、たた……食べないでください!」
「大丈夫です。食べたりしませんよ。それより、何か話したい事があったみたいですが」
「っ!ああ!そうです!助けてください!」
会話が成り立つ。思った事は、相手に聞こえないことが確認できた。気になる事が多いが、今は相談の腰を折る事はできない。
「助けて欲しいとは、どういう事ですか?」
「実は、ちょっと前に、みんな食べられてしまったんです。僕は離れたところで隠れてたから、見つからないで助かったんですけど、見てみたら、ウニョウニョしたのに捕まって、みんな食べられちゃいました!僕も食べられちゃいます!」
山波は相談、カウンセリングにおいて、常に真摯に向き合い、学び、実践、経験を積み重ねて来た。相談を受けた学生の満足度も高い。この分野においても、すでにカウンセラーと呼ばれるレベルに到達していた。相談の基本としては、まず、相談内容を疑わない。そして、相手の喋りたい事がひと段落するまで、しっかりと聞く事だ。だから、どんな相談内容でも、気になった事は基本、後回しにする。ただ、反応が欲しいと思われるものは全て拾う。だから、このツッコミたい気持ちがウニョウニョとうなぎ上りな内容でも、適切な応答を考え、話を続ける。
「それは……大変残念でしたね。辛い、ですね」
「あいつをやっつけてください!」
(声色、言葉の感じから相手は子供だろう。ただ、大量虐殺を目の当たりにしたにしては、どうも感情に違和感がある。何というか、悲しみが、薄い。日常的?みんな……、友達や家族ではなく、ウニョウニョに……、ウニョウニョを、やっつける……)
UMA退治をお願いされた山波は、疑わず、この案件に対してどう取り組むべきかを考える。これが本当に、自由自在の明晰夢なら、承諾して、降臨して、何か魔法とかでボカーンと一件落着みたいに、いい加減に終わらせられるのだろうと思うのだが、これまでの試行錯誤と結果から、現可能性は極めて低い。やはり、いつものように出来る事を明確にして、一歩ずつ、前進するしかない。その為に、まずは伝えなければならない事、確認する事がある。
「私がやっつける事はできません。期待に応えられずごめんなさい。誰か、他に頼れる強い人は居ますか?」
「いえ……みんな食べられちゃいました」
「なら、あなたがやっつけましょう!」
「えっ!そんな!?無理です!」
「大丈夫です。今すぐには無理かも知れませんが、あなたはこれから成長していきます。だから、時間はかかりますが、将来的にはやっつけられますよ」
「成長……」
「はい。あなたの成長を助けることなら出来ますよ。ただその前に、どうしてやっつけたいのか教えてください」
「それは……やっつけたいからです!」
「せっかく逃げられたのですから、誰か強い人にお願いするとか、別の場所で平和に暮らす、という事も出来ますよ」
「あいつをやっつけたいです」
子どものような動機である。しかし、その言葉は淀みなく、本能から出たものだと山波は感じた。成長は誰でもできる。だが、成長度合いは、その動機の強さと明確さが、まずは重要だと山波は考える。
「すぐにやっつける事は出来ないんでしょうか?」
と、余計な事を考えている間に質問がきた。この望みには、残念ながら応えられない。大人子供問わず、見つけた問題、特に致命的なものは、出来る限り早く解決しなければ、ストレスに押しつぶされてしまうのだが、
「あなたがやっつけるのなら、残念ながら時間は必要です。でも、頑張れば早くなりますよ」
「う~……わかりました。頑張ります!」
「それでは早速、まず、いくつか教えてください。あなたのお名前は?何歳ですか?ウニョウニョがどこに居るか、わかりますか?」
「名前?何歳?ウニョウニョは……みんながいたあっちの方にいるみたいです」
「なるほど、ウニョウニョは、まだ近くにいるんですね。なら、もう少し離れたところで頑張らないと危ないですね。では、次に教えて欲しい事ですが、あなたの強いところを教えてください」
「ぼくの強いところ……ザク、ザクって、ギューって出来ます!あと硬いと思います。ウニョウニョにはバリバリ食べられてしまいましたけど」
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「掘るんです。この、立ってるところを。そして隠れられますよ。あ、隠れるのも得意です!」
全然、何を言っているか分からない。名前と何歳の意味が、通じていない。(擬音ばかりで……動きは説明できているのに、固有名詞があまり出てこない?自分も含めて名前が無いってことなのか?え?)子どもとの意思疎通で気をつけなければならない事に、固有名詞の知識が上がる。当たり前だか、大人が当然知っていることを、子どもは知らない事が多い。だから、子どもが、物の名前がわからない場合、この様な会話が生まれる。これからは、この言葉の理解に、かなり時間がかかるだろうが、とにかく情報が欲しい。相談に応える為には、必要な作業だ。山葉は腹を括り、自身の気づきセンサーを全解放し、根気強く、丁寧に、固有名詞を教えながら、知りたい事を出来るだけ聞き出した。……そして、何ともまた夢のような、如何ともし難い事が推測された。相手は人ではない。多分『カニ』だ。
山波は、カニが好きだ。見るのも、食べるのも。ただ、これからそのカニを育成し、ウニョウニョを倒させねばならない。非常勤から数えて講師生活十三年目を前に、最大難度の学生に出会った。(カニの天敵でウニョウニョしたもの?……ウツボ?ウナギ?あとなんだっけ?もうちょっとヒントがあると良いのだけど。まあ、どれにしてもなかなか厳しいなぁ。カニって雑食だけど、基本的に動きが速くないから、貝とか魚の死骸とか、動かないものが獲物で、狩りには向かないんだよな。あと、硬いから防御力は高いけど、それでもどうにもならないって話だから、頭で戦うしかないんだよなぁ……漁か。幸い、話は通じてるから、教えることはできるだろうけど、それは全然詳しくないんだよなぁ。今はネットで検索できないし。それにしても、カニかぁ……)山波は懐かしい記憶を掘り返していた。
山波は子供の頃、TVゲームが好きだった。綺麗なイラストや最先端のグラフィックに憧れて、見よう見まねの独学で、絵やグラフィックデザインを学んだ。様々な本とネットの情報が先生だった。そのまま追求し続けた結果、二十代後半にはフリーランスのイラストレーター兼グラフィックデザイナーとなり、イラストやら広告やらWEBやら、グラフィックであれば何でものスタイルで仕事をしていた。ちなみに、非常勤として、講師を始めたのもこの頃だ。その時期に、友人からアクションゲームの敵キャラクターを数点デザインして欲しいと、依頼を受けた。山波が幼い頃から憧れた仕事だったが、その頃には、"仕事"という以外の感情は無かった。メールで送られてきたリストの中から、好きなものを選んでやってくれという事だったので、書かれていたものの中から、強ネコ、化けガニ、角の生えたモンスターの、三つをやることを伝えた。設定は特に書かれていないので、デザイン後に向こうが決めるか、こっちで考えた事を伝えれば良いのだろう。ただ一点、"雑魚なので低ポリゴンで"と、あった。友達なので、発注が雑だが、こういう方が自由度が高く楽しいと、山波が感じることを見越しているのだろうか。そして、急ぎなのも何となく分かる。早速、その三種のデザインラフに取り掛かったのだが、山波は『化けガニ』デザインラフを描いてみて、思っていたよりも、元となるカニの事を全然知らない事がわかった。"デザインする"とは、設計するという事であり、それが、どうしてそうなったかという事で、見た目であれば、それをそうあらしめるものである。対象が存在するなら、知らねば描けないと、山波は、『カニ』について調べた。当時のネットは、未成熟で情報が乏しかったため、図書館で専門書を漁ったり、大きな市場に足を運んで実際に見たりして、情報を集めた。貧乏だったが、蟹も買って、見て、食べた。そうした事から、山波は、カニが持つ絵的なポテンシャルに気づいた。まずパッと見、全体的なエグ味は強いが、じっくり見ていると可愛い。全身に纏う棘の外殻が、格好良い。棘が無くスベスベしたものや、毛が生えているものもいる。そして色味は、だいたい朱色系かと思っていたが、それは余り多い訳では無く、食用に茹でて、熱で変化したものを見ていたためで、実際は青黒い、または茶色など、ダーク系が多い。差し色に鮮やかな色が入ったものもいる。そして、つぶらな瞳。胴の中央に寄って埋まっていたり、突き出ていたりとこれも様々。極め付けは、ハサミ。この大きさや形が、その個体のキャラクターを決めるチャームポイントだ。大きいものや長いもの、左右対称であったり、片側だけ大きさが違う、アシンメトリーなものもいる。ざっとこの様に、売りとなる良い要素が多い。これらを記号化し、まとめれば"カニ"ができあがる。そして、"化け"要素はファンタジーだ。何とでもなる。ハサミを三又にして、少し大きめにし、ポリゴン削減のため、小さな脚での二足歩行にした。他にも、片腕だけより大きく強調したもの、甲羅の棘を異常に突起させたもの、ハサミが四本あるものなど、雑魚としての水準でキャラ付けしたラフを数点提出した。すんなりとこのまま納品となり、仕事は達成。こうした事から、山波はカニに関して、多少の知識を持っていた。
さあと、本題を始めようとするが、その前に、
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「え、ぼくのこと?カルキノス?」
「はい。仲間思いの勇敢なものの名前です」
「名前……よくわからないけどわかりました!」
「それでは、カルキノスさん。これからウニョウニョをやっつけるために、これから話す三つの事を、やってみてください。まずは第一段階です。一つはウニョウニョを見つけても近づかないで、逃げて、安全なところで、見ててください」
「み、見てるんですか?」
「はい。まずはウニョウニョを知りましょう。知るとやっつけ方がわかりますよ」
「はわ~見てるだけでいいんですね」
「はい!そして次は、速く動けるように、工夫してみてください!ウニョウニョから、逃げられるようになりましょう」
「え!やっつけないんですか?」
「それはまだです。よく見て、逃げられるようになってから考えましょう。そして三つ目は、脱皮しまくってください」
「え!は、恥ずかしいです!!」
(え!脱皮って、恥ずかしいことなの!?)
「恥ずかしいのは、その時だけですし、みんな見られないところで、こっそりしましょう大丈夫。そして、脱皮した殻は残さず食べましょう。カルキノスさんが強くなる為に必要な事です」
山波には、カニの羞恥心とか倫理観はわからないが、脱皮は甲殻類において明確なレベルアップとなる。体が大きくなるだけじゃなく、どういう理屈かはわからないが、破損した手脚も回復する。だから出来るだけ早く回数を重ねて欲しい。そう、絵が上手くなるために、下手でも、たくさん描ききる事が、成長の王道だというように。だから脱皮は、自分の練習中のイラストをネットに上げるようなものだと考えれば、恥ずかしいのはわかる。一方、自分の脱皮したものを食べるのは、倫理的に、生理的にどうなのかわからない。ただ、それを他のカニに食べられたと、読んだ事がある。栄養になるなら、自分で摂取した方が良い。きっと脱皮には栄養がかなり必要だと考えた。
「脱皮……頑張ってみます」
「いっぱいご飯を食べて、脱皮しまくって強くなってください。そうすれば、ウニョウニョもやっつける事が出来ますよ。ただ、くれぐれも準備ができるまで、やっつけにいかないでくださいね。これはまだ第一段階なのですから」
「はい!」
「それでは、満足するまでやってみてください。何か話がしたくなったら、気軽に声をかけてくださいね」
「ありがとうございます。頑張ります!」
話は終わった。また、ゆっくりと暗闇に包まれる。山波はすぐに、今回の相談の事を振り返っていた。(カニと、話したんだな。何て変わった夢だ。でも、実際の弱肉強食の世界を生きているってのは、厳しいな。いや……、変わらないか。カルキノスが、早く相手をやっつけたいのは、よくわかる。これから不安な日々を送る事になるだろう。だから、「神様じゃない」なんて、希望を持たせるためにも言えない。ただ、逃げる事、強くなる事は、生存確率を上げるために必要な事だ。特に自然で生きるためには基本中の基本だから、せめてもと思って言ってみたけど、しかし、相手を……殺す、か……)山波は、ひとまずの話をした。即、現状を打破できる具体的なアイデアは出せなかった。後はカルキノス次第となる。残念ながら、今は仕方のない事だと思いながら、まずは、無事に生き抜いてくれる事を願うのだった。
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怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
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「…ほんとは、ずっと前から、私…」
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