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捨てられた教会
しおりを挟む「あの……ムスターファ」
「うん?」
「そろそろ離してもらってもいいんだけど…」
「まだダメだ」
「……ちょっと硬いのが当たってるんですけど」
「自然現象だ。気にするな」
「……それ、私の台詞……」
気がつけば、ムスターファに抱きしめられていて驚きつつも、彼の胸の中で考えた。
人間って、結構柔軟にできてるんだなと思った。いや、私が図太いのか。
つい先日まで社会人してて毎日現実的に生きてきて、仕事仕事で走り回っていた私が、よ?
突然異世界なんかに召喚されて聖女とか言われて。その地点でオカシクなっても良かったような気がするんだけど、なんちゃってのノリで波動砲出して、結界魔法とかで誰も私に近寄れないようにして。なのに、この銀の髪の銀の目の男に絆されて、出会ったその日にキスして。まだ最後まではダメとか言ってるけど、ぶっちゃけほとんど変わらないようなことして。フェラなんて今までしたことないようなことまでして。好みだからって暴走しすぎよね?これは、ほら、旅行に出ると解放感から普段しない事をしでかすっていう心理?
普通に危機感足りなさすぎない、私?
その上、なんでか殺されそうになったり、殺しちゃったりしてるのに結構速攻で立ち直ってるし。ってか、なんで私殺されそうになってるわけ?何か現実味なさすぎでしょう。だって、魔力だよ?あんな風に血もでなくて人間が燃えかすになっちゃうんだよ?触ってもいないのに、人を吹っ飛ばしちゃうんだよ?おかしくない?気功とかの騒ぎじゃないよね?どっちかっていうとミサイルとか、原子爆弾とかそういうレベル?しかもさ、私あの時考えただけでしょ?パニクってあっち行けって思っただけだったよね?魔法とか唱えたりしてなかったよね?
「もしかして、本当は私死んでるのかな」
「は?」
「それで、全然死んだこと気づいてなくて、自分でこういうシナリオ作り上げちゃってるとか?」
そうか。潜在意識の中でやっぱり欲求不満がたまっていたのか。だからせめて自分の好みどストライクの男の夢を見て、エッチもしちゃいたいとか思ってたんだわ。きっとそうね。単調な毎日をちょっとでもドラマチックに仕上げてみたかったとか、最後に見た映画の影響とか、ドラマの影響とか小説の影響とか、やだわ。考えても見たら、そういう類のばっかり見てたんじゃないかしら。ヒーローものとか、恋愛ものとか。
「ヒロイン要素が欲しかったのね、きっと。え、もしかして私、厨二症?」
「ミミ……やっぱり神殿帰るか?」
「ひょっとして欲求不満だったのかしら。いや、ひょっとしなくても欲求不満だったか。あっそうか!夢オチっていう可能性もあるんだわ。あれっじゃあ、これ悪夢?夢の中で夢見てるって気づくことたまにあるわよね。夢だとわかっているのに目覚めないとか」
「おい、ミミ。大丈夫か?」
おかしなことを口走り始めた私に、ムスターファは心配そうに顔を覗き込んだ。その顔をまじまじと見直して私は感心した。
「ムスターファって、綺麗よね」
「はぁ?」
「銀の髪もそうだけど、その瞳、すごく綺麗なんだわ。前から思ってたんだけど、曇り空の海の色っていうの?あら。よく見たら、眉の横に切り傷?昔の傷跡ってやつね。男の人はそういうのもハクがつくっていうか、アクセントになっていいわよね。」
ムスターファの眉の横にある傷をそっと指でなぞると、いやそうに顔を避け、手を掴まれた。夢だとしたらひどく現実味を帯びている。でも、夢の中ではちょっとおかしなことも現実として受け止めるものよね。
「や、やっぱり神殿に戻ろう。一度アイダかカリンに見てもらった方がいいか」
「私そんなに欲求不満だったのかしら。上村君のことそれほど好きでもなかったと思ってたけど、やっぱりショックだったのかしらね」
「……ウエムラクン?」
「5年もつきあってたんだし、空気みたいな存在になって好きだって気がつかなかったとか。セックスは下手だったけど、そういうの二の次でも」
「ミミ」
ちゅ、と唇に柔らかいものが触れた。ハッと我に返ってムスターファと視線を交える。顔が近づいて唇が重なり合った。大きな手が髪を撫でて、頭を支えると角度を変えてもう一度キス。柔らかく唇を食まれて舌が入ってくる。だけどそれは優しくて、ゆっくりと口の中を循環する。クチュクチュと水音が響いて私の舌がムスターファのそれに絡みつく。それだけで下半身が熱くなった。
「他の男の事を俺の眼の前で考えるとはいい度胸だな」
は、と息を吐くと頬に唇が這い、まぶたにもキスを落とされた。
この人はなんでこんなにキスが上手なんだろう。熱くて、優しい唇は柔らかく私を包み込む。雑念が飛び去って彼の与える熱だけに集中する。もっと。もっとキスして欲しい、めちゃめちゃに愛して欲しいと思ってしまう。
ここが異世界であろうと、夢の中であろうと、死後の世界であろうと、もうどうでもいい。ムスターファがいれば、それでいいような気がしてくるから不思議だ。ざらりとした頬の感触も、ゴツゴツした手のひらも筋肉質な腕も、厚い胸板も全てで私を包み込んでくる。
「あ……ん、ムスターファ…もっと」
首筋に落とされたキスに体が震えて、言葉が漏れる。
「はあ……ミミ……お前ってやつは」
だけどそれは唐突に終わってしまって。ムスターファは私をギュッと抱きしめた。早鐘を打つ心臓の音が聴こえて思わず夢から覚めたように目をパチクリと瞬いた。
「もう、大丈夫か?」
「あ、うん…。ごめん。私、ちょっと…壊れてた?」
「ああ、いや。大丈夫だ。その、神殿に戻るか?」
「……ううん。せっかくここまで来たんだし。大丈夫よ」
私がそう言ってムスターファから離れると、そうか、と頭を垂れた。
「煽るだけ煽ってお預けかよ……」
「煽ってないわよ。煽ってきたのはそっちじゃない」
ムスターファはジト目で私を睨むと、頭を振った。こんな場所じゃさすがに、とかブツブツ文句を垂れている。確かに衛生上よろしくない場所だし、教会でってすごい背徳感がある。
聞こえないふりをして、私は周囲を見渡した。
「ここなら、百人くらいは寝泊まりできるかしらね」
「ああ、百五十人は入るはずだが、教会の裏にも集会所がある。そこの方が広いから、スラムの子供くらいは大丈夫だろう。」
「ねえ、空家ならどうしてスラムの人たちはここを使わなかったのかしら」
「ああ…。ここは曰く付きだから」
「曰く付き?」
「亡霊の溜まり場なんだよ」
「……え?」
「裏手に墓地が、この地下には霊廟がある。昔、流行病があった時に死んだ人が大量に埋められた。そのあと浄化したんだが、瘴気が溢れてな。大神官が丁寧に浄化し聖地に変えて教会をその上に立てたんだ。地下の霊廟にはその時の大神官の墓がある。それ以来、怪我や病気で死んだ者はこの教会の墓地に埋められるんだよ。その大神官の浄化の力が働いて、病が広がらないようにと願ってな」
「なるほど。でも浄化されてるんなら亡霊とか出ないんじゃ」
「浄化の作用なんて死んでからも続くわけないじゃないか。迷信から何でもかんでも死体はここへ運ばれるようになってな。時折無念とか恨みとかを持った霊から瘴気が生まれるんだ。」
「ええ……それ放っといちゃダメなんじゃ……」
「ああ。だから時折神官たちが浄化に来る」
現代科学を知っている私から見て、それは無念とか恨みとかの念じゃなくて、単に腐臭とかリンとかじゃないかと思う。ここはまだ土葬しているらしいし。焼却しないと病原菌とかの発生に関連してよくないんじゃないのかな。
あれ?ちょっとまって、井戸水の汚染って、まさかここから発生してるわけじゃないよね?18世紀頃のカタコンベの歴史でえらいこっちゃだったよね。有機物だけじゃ死体を分解できなくて、その過程で腐敗残留物が水源に流れ込んで井戸を汚染して、それから疫病が蔓延して…。
「ムスターファ。この近くに井戸がある?」
「井戸?ああ。裏手に一つあるが」
「まずいよそれ。ここに埋まってる遺体、全部なんとかしないと大変なことになるかも」
もうすでに大変なことになってるのかもしれないけど。私はムスターファに簡単に説明した。余りに沢山の死体は自然分解に時間がかかりすぎて土を殺してしまい、穀物は実らない。浄化しきれない不浄物は土中から水に染み込んで井戸水を汚染する。それを飲んだ人は病気になり、疫病が蔓延する。悪循環の始まりだ。源泉であるガバル領にある月の泉も調べてみる価値はある。まさか聖水と呼ばれるあたりを墓地にしているとは思えないし、泉の枯渇も考えられるけど。
ムスターファは真剣にその話を聞き、頷いた。
「考えたこともなかったが、そういうこともあるのか。それではミミは死体は焼くべきだと?」
「うん。それが一番いい浄化方だと思うんだけど」
「わかった。しかし、掘り返して焼くとなると時間がかかりすぎるな」
「それなんだけどね、私できるかもしれない」
特務3課の人たちと訓練した時に覚えた魔法。私の【浄化】は、一つのものに使うのには強力すぎて魔石ごと焼き払ってしまっていた。【清浄】はエリア魔法だし、【吸収】も使えるかもしれない。
「ほら、いろいろ覚えたじゃない?特務3課との訓練で」
「そうか!その手があったな。これはすごいぞ、ミミ」
ムスターファも、以前は青ざめた訓練で覚えた魔法を思い出したようだった。
無駄に覚えただけの魔法じゃなくて、ようやく私も役に立てると思うと自然と笑顔になった。悪いことばかりじゃない。少しでも命を救う手助けができるなら、この罪悪感も少しは和らぐだろう。
「よし、まずは井戸周りの小さなエリアで試してみよう」
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