【R18】鏡の聖女

里見知美

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カタコンベの浄化

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 教会の裏地はジメジメした場所で、すでに土地の飽和が始まっているようだった。歩くと足が地に沈む。

「これは、もうすでに危険ね」
「そうか……。まさか死体から瘴気が発生しているとは。まるで魔獣と同じだな」
「魔獣と?」
「ああ。魔獣は魔石を取り除くまで油断はならないんだ。魔石を取り忘れれば、その肉体から瘴気が発生し、魔石を介してより強力な魔獣が生まれてくる。だから俺たちは確実に魔獣を狩り取るんだ」
「ああ、なるほど。人間の体も有機物だからね。微生物が肉体を食べて分解させて土に返すんだけど、あまりにもその量が多ければ追いつかず、腐敗した肉塊からガスが溢れてそれが空気を汚染する。微生物が分解しきれないでいる腐敗した骨肉は液体化してそれが水流に乗れば、水も汚染されるのよ」
「そのガスと匂いが、瘴気とよく似ていて結果として勘違いしていたわけだな」

 ムスターファと私は井戸を覗き込み、組み上げてみれば、水は腐った匂いを放っていた。

「うん、これは病気にもなるだろうな。死臭の混じった水だと知ったら飲む気にもならないが。では、まず【聖域】セイクリッドで結界枠を作ろう。できるか?」
「やってみる。【聖域】セイクリッド

 井戸から約30メートルほどの円形を見渡して結界をイメージすると、私を中心にして円錐の結界が現れた。パンッと手を打ったような音がしてその結界がぐわんと広がる。

「おわっ……!?」

 一瞬殺気を飛ばしたムスターファだったが、すぐ周りを見渡して、肩を下ろした。

「想像はしていたが、すごいな。」
「えへへ」

 聖域結界はどうやら成功したようだ。目には見えないが、結界はきめ細やかに出来上がったようで、虫一匹入り込めない。そして不浄なものが触れば、瞬時に浄化されるはずだ。私のイメージでは地上だけでなく地下にも掘り下げて意識した。もしこの下に死体が埋まっていたとして、体半分が結界の外に出ていたとしたら、結界に触れている部分はすでに浄化されているだろう。使用前と使用後のようになっているのだろうか。ちょっと見てみたい気もするが、吐くかも知れないので止めておこう。

「あ、でも。ということは」
「なんだ?」
「あ、ううん。結界が地中でも働いているなら、わざわざ【吸収】バキュームで死体を掘り起こさなくても【清浄】クリアランスを使えるかなと思って」
「地中にも結界を張ったのか。」
「うん。だってそうじゃなきゃ、飽和も防げないし?」
「ふむ。それもそうか。だがこれはテストだからな。一体だけでもいい。掘り起こしてみよう。【清浄】クリアランスの前に【浄化】アルタンキアを使ってくれ。どこまでのレベルなのか見てみたい」
「わかった」

 頷くが早いか、ムスターファが、地面に手をかざし【発掘】エスマジオンとつぶやいた。聞いたことのない魔法だったが、足元の地面がボコリと開いて、ゾンビも顔負けの死体が現れた。肌は全体に土色に変色し、目は落ちて窪みだけになっているものの、鼻が半分溶けてぶら下がり、髪の毛もほぼ抜け落ちているが落ち武者のような風貌に加えて、腸がはみ出して液体化していたのかぼとぼととちぎれ落ちて腐臭を放っていた。腕や足の肉はすでに本体から落ちたのか、骨が辛うじて繋がっているような状態だった。

 飛び上がった。

「ギャーーーーーッ!?【浄化】アルタンキア!」

 一瞬にしてゾンビは焼け落ちた。骨どころか灰も残らなかった。私は片足を上げて両手は胸の前に縮こまり、いわゆる逃げ寸前の体勢のまま肩で息をした。

「………聞きしに勝る威力だな」
「視覚に訴えるのはナシ!掘り返し禁止!」
「…確かにあれは酷かったな。じゃあ今度はエリア浄化を地中に施してくれ」
「ん」

 まだドキドキはやる心臓を抑えて、私は地面を睨みつけた。地面に手を触れるのは、アレがこの下に埋まっていると思うと抵抗がある。だから目を瞑り、畑の土を思い出しながら【清浄】クリアランスと頭の中で唱えた。死体は腐葉土となり、土中の栄養になれと意識した。骨は砕けて灰となり、腐臭は霧散しろ。

 地面が揺れた。

 ハッと目を開けて警戒したが、ずずず、と振動を繰り返した後、辺りは静かになった。
 ぽかんとした顔をしたムスターファが私を見て、地面を見て、また私を見た。

「無詠唱……」

 そういえば、頭の中だけで唱えたんだった。しかしこれが成功したかどうかはわからない。また掘り返してもらうしかないのだろうか。嫌だなあ。見たくないんだけど、仕方ないのかなあ。

【探知】ブラス……」
「ど、どう?まだ死体ある?」
「………いや。先刻まであった不浄物が、どこにも見当たらない。腐臭も消えたな。結界を解いてくれ」

 ムスターファが結界の近くまで歩き、振り返ったので結界を解くと、もう一度ブラスとつぶやいた。あれは探し物をしているんだと気がついた。サーチみたいなものだろうか。

 この国の言葉は英語が混じっていたり、わからない言葉が混じっていたり色々だ。魔法を考えた人の中に、英語圏から来た人もいるのだろうか。長い歴史の中、召喚されたのが聖女だけとは限らないし聖女が日本人だけだったとも考えにくい。どの聖女も聖女としか載っていないということは、やはり真名が関わってくるからなんだろうか。

 ぼんやりそんなことを考えていると、ムスターファが戻ってきて、結界内だけが綺麗に浄化されていたらしく、墓地全体にも浄化をかけることになった。ただし、私の魔力の限界値がわからないので、いきなり全体をかけるのではなく、何回かに分けながら浄化作業をすることになった。井戸水は清浄されたようだったけど、やはり飲む気には慣れなかった。

 そうして墓地の清浄が終わり、まだ魔力は余裕だったこともあって、教会も【清浄】クリアランスの魔法をかけることになった。

「魔力はまだ大丈夫か?気分が悪くなったらすぐに言えよ?」
「ありがとう。まだ大丈夫だよ。あんたのトレーニングの方がよっぽど疲れるくらいだわ」
「あのトレーニングをしてるおかげで体力が持っているのかもしれないだろ」
「え~そうかなあ。関係ない気もするけど」
「とにかく無理はするなよ。一応、魔力回復薬は持っているが」

 そう言いながら、ムスターファは一枚の床石を動かした。どういうカラクリがあるのか、床板は横にスライドし、その下に石で出来た階段が現れた。螺旋状に地下に向かっているらしい。据えた臭いがモワッと上がり、長い間手が入っていないことがわかる。

 ムスターファが魔法でその指に光を灯した。

「そうやってると本物の魔法使いみたい」
「なんだよ、それ」
「私の国の小説とかで魔法使いのおじいさんが指先とか杖の先に光を灯すのよ。ローブを着てトンガリ帽子をかぶって白髭なの。あ、若いのもいろいろいるけど大抵がロッド持ちね」
「いるのか、魔法使い」
「いや、いないけど。お話の中だけの空想の人よ」
「ずっと前はいたのかもな。知らなければ、話にも上がらないだろうから」
「……そうだね。ずっと昔にもしかするといたのかもね」

 中世の話にはそういった類のものがたくさんある。中には本当の魔法使いが居たのかも知れない。

「もし私が、向こうに帰れたら、私も魔法使いかも知れないね?」

 私が笑って冗談交じりに言ったが、ムスターファは眉をしかめて何も言わなかった。やっぱり帰したくはないようだ。ちゃんとここでやろうとしたことはやり切るから、安心していいよと言おうとして口を開いたが同時にムスターファが口を開いた。

「ここに眠る初代大神官は、月の女神の末裔らしい」
「へえ?」
「月の神話の一つだ。赤の月、銀の月、青の月は兄妹神だ。赤と青が兄神で銀が妹神。もともとは仲の良い兄妹でいつも三人一緒だった。ところがある日、妹神が人間の男と恋に落ちた。妹神は地上へ降りて子を成し、その子孫が魔力を持った。だがそのせいで兄神たちの怒りを買い、その罰として男は死に、妹神は月へ連れ戻されて魔力を奪われた。そして兄神は妹神を監視し、人間と逢瀬を交わさないように見回りをすることなり、三つの月は時折離れていくそうだ。そして三つの月が揃った時だけ、妹神は自分の子供に会うことが許される。だから光季節みつきせつは短いんだと。」

 どこの国にもある悲恋の神話。綺麗に綴られて入るけれど、兄たちは何をもってして妹の恋を引き裂いたのか。嫉妬心からか、独占欲からか。しかも子供もできたというのにその子とも引き離すだなんて、何が神だ。すごく人間臭いじゃないか。

「意地悪な兄さんたちね。」
「え?」
「だって妹神は人間だとはいえ、好きな人と子供を作ったんでしょ?それを引き裂いてお相手の男を殺して、しかも子供とも合わせてくれないなんてひどい。傲慢だわ。兄だからって妹を言いなりにしたり、人権無視もいいところ。あ、人じゃないか」
「……へえ。そんな見解もあるんだな」
「って、ムスターファたちはどういう見解なの?」
「ああ。これは教訓みたいなもので、身の丈以上のものを望んだ所為で悲劇が生まれたと説いて、身の程を知れという教えだ。魔力を持つものは、罪を償うために国に力を注ぎ、月の神の怒りを解くために試練に耐えろと」
「ふわ~。偏見もいいところね。それはきっと後世の人が、魔力を持ってる人に嫉妬して歪めた情報なんだわ」
「はは、ミミらしい見解だ。だけどだからこそ、魔力を持った人間はもっとも月に近い地位に立ち、兄神の怒りを沈めなければならないと、習ったはずなんだがな。いつの間にか、魔力のない王がその地位について、魔力のある俺たちをこき使っている。確かに不条理ではあるけどな」
「どこの世界にも権力に溺れる人はいるものよね」

 階段をゆっくり降りて行く途中で、ムスターファは立ち止まり私の手を取った。

「どうしたの?」
「不思議だな」
「ん?何が?」
「お前が言うと、魔力を持って生まれたことが、嫌じゃなくなる」
「嫌だったの?」
「正直に言えば。責任ばかりで窒息しそうだった。俺は元々魔力が強かったから、業も強いんだとよく叩かれた。そのせいでおそらく親にも捨てられたんだと。気がついたら既に一人で、人を助ける事で罪を償っていくんだと言われて育った。訓練も人一倍きつかったし、命をかけた討伐は率先してやらされた。まあ、おかげで今じゃ誰一人隣に立てなくなって、何も言われなくなったから楽といえば、楽だがな。その分団長なんて責任がついて回った」

 光が揺らいで、ムスターファの顔が痛みで歪んだように見えた。魔力が多いせいで、苦労したんだと気がついた。魔力の多い人は重宝されてるのかと思ったら、そういうわけではなくて。逆に奴隷のように摂取され続けて孤独になっていった。生まれつき魔力を持っていたからって罪なわけがないのに。そんな不条理を押し付けられて。

「はは。情けなく弱音を吐いたな。すまん」
「……寂しかったね。」
「…っ」
「一人で、頑張ったんだね。えらい、えらい」
「………ふ、子供か」
「大丈夫。私も一緒に頑張るから、一人で頑張らなくてもいいよ」

 私は階段をひとつ降りて、ムスターファと視線を合わせた。私よりも大きな男の人で、死にそうな思いも沢山して来たであろう人だけど。探るような瞳に浮かぶ、繊細で困惑した色が助けを求めているような気がして。

「大丈夫だよ。私も、いるから」

 もう一度そう言ってムスターファを抱きしめた。何が大丈夫なのか、私にもよくわからないけれど、安心させたかったのだ。魔力があることは罪だと言いながら、それを誇りに思い、人助けに命を差し出すほど。この人の根本にある力が優しいから。ますます引き寄せられる。

 魔力がそんなに大事なのかなんて、無神経に聞くべきじゃなかった。
 私はいつもそうだ。口走って後悔する。
 自分の物差しで他人を測る。

 他力本願だなんて、言うべきじゃなかった。ジャハールもそうやって自分の命を削り取ってまでも聖女を呼んだ。私は何もわかっていない。

 帰りたいけど、帰れない。

 それなら。帰る方法を探す間、ここで生きなきゃいけないなら。

 せめてこの優しい人の力になろう。




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