【R18】鏡の聖女

里見知美

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目覚め

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 私は、誰?

 ゆっくりと闇の中から浮上すると、光が見えた。柔らかな風が頬を撫でて、懐かしい香りが鼻をついた。汗の匂いと、お酒の匂いが混ざり合い大好きな人を想わせる。

 目をうっすらと開けると、窓から赤の弓なりの細い月が目に入った。いつの間にか銀月が終わって、そろそろ赤月に入る頃なのかと漠然とした感動を持って、部屋に目を戻すと、窓辺に置いたチェイスラウンジに足を投げ出して寝転がったムスターファの姿。疲れ切って無精髭を生やした顔と胸元のボタンをいくつか外して見せた胸筋にどきりとした。

 くすんだ銀色の髪が額にかかり、風に揺らぐ。長い足はソファーに収まりきらず、左足の上に右足を乗せる形でブーツも脱いでいない。私は静かに上体を起こしてクッションのいいベッドヘッダーにもたれかかり、改めてムスターファを見る。

 かっこいいんだよなあ。ものすごく。

 なんでこの人が私なんかに夢中になるんだろうと頬が緩んだ。気肉質な腕も、浮き立った腹筋も、形のいいキュッとしまったお尻も、ごつくて大きな手も、長い指も、銀色のまつげも、形のいい眉も、傷のある額も彫刻のような高い鼻も、爽やかな笑顔も、意地の悪い含笑いも、いやらしく私を舐め回す舌も、少しかすれた低い声も。これが総出で私を翻弄するから、クリティカルヒットで私は既に瀕死だ。

 眠っているのをいいことに、私はムスターファを舐めるようにジロジロと眺めた。いつもだったらとてもじゃないけど、こんなに見ていたら誤解されてすぐに襲われてしまうから、チャンスは今しかない。目で犯すというのはこういうことか、とほくそ笑んだ。

「……あんま、ジロジロ見るなよ。照れる」

 って、起きてたよ、こいつ!

「ご、ごめん。寝てると思った」

 ムスターファはむくりと椅子から起き上がり、広げた太ももに両腕を乗せて、股の間で指を組んで私の顔を見つめた。おおう。なんかワイルドでいいぞ。狩りに出る猛獣の目つきだ。いつものニヤリとした顔ではなく、真剣な目つきに私は瞬いた。少し小首を傾げて黙って見つめ返すと、スクッと立ち上がりベッドまで歩み寄る。私は、身動きができず、ムスターファを見上げた。

 私の横に腰をかけると、両手で頬を掴みじっとのぞき込んでくるから、思わず顔を赤らめた。なんだろうこの沈黙は。

「おかしなところはないか?」
「お、おかしなところって?」
「お前、自分の魔法が自分にかかって眠っちまったって覚えてるか?」
「え」

 そういえば、教会の地下で初代の大神官に襲われたんだった。

「教会の地下…」
「そうだ。覚えてるな?」
「う、うん。えっと、ごめん。あれからどうなった?」
「あれから、霊廟が崩れて教会は使い物にならなくなってな」
「え。そ、それじゃスラムの人たちは」
「ああ、それは大丈夫だ。教会の跡地に家を建てて収容できた。あとな、お前が浄化した墓地が肥沃な土地になって、畑ができた。井戸水も飲み水になって、みんな喜んでる」
「ええ?そんな、めちゃくちゃ早くない?」
「あのな、お前どのくらい寝てたかわかるか?」
「……え?」
「銀月の間ずっと寝てたんだよ」
「え」

 えっと、銀月の間って、え?
 銀月って始まったばっかりじゃなかったっけ?それぞれの月って3ヶ月くらいあるんじゃなかった?

「ミミ」
「あ、うん?」

 ムニ、と頬を押さえられて唇がタコになるとムスターファがチュ、とキスを落とした。

「もう、目が覚めないかと、おも……っ」

 頬を掴んだ手が震えて、ムスターファの目が潤んだ。それを見せない様にする為か、私の頭をムスターファの胸に押し付けてギュッと締め付けた。早い心音が伝わってくる。

 そうか。心配させるほど寝てたのか。

 ムスターファの嗚咽は、聞かないふりをしてそっと背中に手を回した。

「ごめんね。寝すぎた」
「……まったくだ」

 ひとしきり抱き合って、ゆるゆると髪を撫でていると、ムスターファの抱きしめる力が緩んだ。

「まだ夜は長いから、もう少し寝るか?それとも腹が減ったか?」

 そういえば、3ヶ月近くも眠っていたのなら食事やトイレはどうしていたんだろう。まさかこの人にシモの世話までさせていないだろうね。

「喉が渇いた、かな」
「わかった。酒か、水か、果汁か」
「酒はダメでしょう、幾ら何でも。お水下さい」

 ムスターファはハッと笑って立ち上がり、待ってろと言って部屋を出て行った。

 パタンとドアが閉まり、私はふうと息を吐いた。次第に意識がはっきりしてきて、夢を見ていたことを思い出した。いや、あれは夢ではなくて過去にあったことだ。私はマサの中に入って、何があったのか体験した。それから、シルヴァーナの胎内で時を過ごして、生まれた子供は異世界にほんに送られたのだろう。それからどれほどの時間が過ぎたのかはわからないけれど。巡り巡って、私が生まれた。

 宮崎真実みやざきまさみは私のルーツだ。
 私はマサの魂を受け継いでいて、シルヴァーナの神力を預かっている。

「待たせたな。飲み物と食べやすい果物を持ってきた」

 こんこん、とノックと同時にムスターファが戻ってきた。その顔を見て、あ、と声を上げた。

「シルヴァーナ」
「は?」

 ムスターファがシルヴァーナの魂の生まれ変わりなんだ。銀の髪、銀の瞳。女性ではなく男性だけどシルヴァーナの色を濃く受け継いで、意志を継いでいるのは彼だ。

 だから私はここにきた。

 ストンと落ち着いた。

「私、あなたに力を返さないと」
「力?何の話だ?」

 訝しげに首をかしげながらも水の入ったコップを手渡すムスターファに、私はどう説明したらいいかを考えた。レドモンドにどうやって力を返すのか聞いておけばよかった。

 私の持ってる力はシルヴァーナの神力で、一般人である私に使いこなせるようなものじゃない。でもムスターファはこの神力の正当な継承者だ。

 私がマサの魂の生まれ変わりで、彼がシルの生まれ変わりなら、この出会いは引き合わされた必然で、未来永劫愛すると約束した二人のもの。惹かれ合う魂はレドモンドによって守られて、ブルーノには罰を下された。初代の大神官がブルーノが落ちた姿だとすると、あれが反応したのは私が預かっているシルヴァーナの力。

 なら、私が本能で嫌悪するジャハールは、ブルーノの血を引くものなのだろうか。

 赤月が始まって、長兄であるレドモンドの力が強く働く。赤月に祈れば、答えは導かれるかもしれない?

 ひとしきり考えていると、ムスターファがしびれを切らして私の顔を覗き込んだ。

「おい。まだ具合が良くないのか?」
「あ、ごめん。ううん。大丈夫。えっと、どういったらいいのか」

 とりあえず、私は夢の内容をムスターファに話すことにした。ただの夢だと言われるかもしれないけれど、神話とは違うこの経験は彼の意識も変えるかもしれないし、これから先この力をどう使うかは彼にかかってくる。彼の中にシルヴァーナの意識がよみがえるかもしれないし。

 とにかく、使い方を間違えて自滅するような強大な神力は早々に返してしまいたい。





 最後まで話を聞いて、ムスターファは眉間にしわを寄せた。

「へえ。俺が銀月の女神の生まれ変わりね…。神官の夢をぶち壊しそうだな」
「確かに」

 はは、と乾いた笑いが漏れる。

「ミミが女神ならみんな納得するんだがな」
「私も自滅は嫌なので」
「俺だって神力なんか欲しくねえけど、まあ使い道はあるな」
「でしょう。この国に必要なのは私よりムスターファの方だし」
「ミミにその神力の存在はわかるのか?」
「いやあ…。自分の魔力とか言われてもわからないしねえ。正直、全然わかんない」
「体を繋げば、少しづつ引き渡されるけどなあ」
「……そこだよねえ」
「俺としてはいつでもかかってこい、だけどな」
「あ、はは」

 そう言うとは思ったけどねえ。いつでもかかってこいって相撲とるわけじゃないんだし。

「徐々にでもいいじゃねえの?毎日すればすぐかもしれないぞ」
「……そんな身も蓋もない言い方……」
「一つだけ言っとくけどな、俺がお前を好きなのは、女神の感情とは別だからな。勘違いするなよ」
「えっ」
「女神の生まれ変わりだろうが、異世界人のその男の魂だろうが関係ないからな。俺は今の俺がいいと思った相手を選んだだけだ。それがたまたま、マサの生まれ変わりだったとしても、俺がお前という個人を愛しているということはわかってくれ」
「う」
「いいな?」
「う、うん。わかった。」

 は、恥ずかしい。ものすごい愛の告白を聞いた気がする。顔に熱が集まる。

「お前が男で俺が女だなんて、考えただけで寒気がする。俺は入れられるよりも入れる方がいい」

 ええ、そこ!?

「けど」

 そう言うと、ムスターファは私の顎を掴んで上を向かせ、噛み付くようなキスをした。

「それはそれで、俺とミミは運命だってことで、結果オーライだけど」

 ニヤリといつもの不敵な笑みを浮かべて、もう一度深く口付けをする。それだけで血が上り、はと甘いと息を吐いて、いつものごとく、私は拒否もできずにベッドになだれ込んだ。

 私の中ではほんの昨日、激しいセックスをしたばかりな気もするんだけど、眠り続けた私を3ヶ月近く待っていたムスターファにとってこれ以上の「待て」は難しいのかもしれない。

 もう少し、寝たふりしておけばよかったかな。

「今夜はちゃんとベッドの上だし、赤月の夜は長いからたっぷり可愛がってやるよ」
「んんっ」

 優しい口付けの後でぬるりと熱い舌が入り込んできた。


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