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 7つ上の兄フィリップは、廃爵を危惧した祖父から厳しい教育を受け、祖父母に金を借り借金を返し、死に物狂いで勉強して働き、なんとか子爵領を盛り返したある日、妹であるシャルルにこう言った。

「シャルル。人間の容姿はただの面の皮だ。表面でなく中身を見極めなければならない」
「はい、お兄様」
「顔のいい男は、それが悪いとは言わないが、それだけでは絶対だめだ。まず、経済能力がなければならない」
「はい、お兄様」
「次に、対人能力も必要になる。貴族としての地位だけに縋るような男ではこれから先、問題が起きた時に対処できず、これまた生きてはいけない。貴族とはいかに横の繋がりを持てるか、そしてそれを縦の繋がりに活かせるか、その手腕にかかっているからだ」
「はい、お兄様」
「第三に、愛だの恋だの、浪漫を語る男は切り離せ。愛や恋では領民を養う事はできないからだ。私たちの両親のようになりたくなければ、少なくとも人を見る目を養え。お前は私の妹だから、子爵家を継ぐ事はできない。だが、中には馬鹿な男がお前の容姿に惹かれ、夜灯に惹かれる蛾のようにお前に群がり、果てはいいように操り我が子爵家を乗っ取ろうとする高位貴族もいるかも知れない。何せこの地は国王陛下も認めるワインの産地だ。旨みは十分にある。子爵程度の貴族の力量で抗えないほどの力をふるい、お前を好きなように利用しようとする輩もいるだろう」
「はい、お兄様」
「お前は容姿はいいが、頭があまりよろしくないようだ」
「……はい、お兄様」
「だから、侯爵家のオリバーなどと言うけしからん輩にいいようにされた」
「ですが、お兄様。あの方は私が何を言おうと……」
「お前にかけた魔法が役に立っただろう?」
「……はい、お兄様」
「あれは、お前に悪しき思いを持って近づいた輩にかかる呪いだ。嘘がつけなくなり、後ろめたいことを全て自白する魔法で強力だ。お前の顔を見ただけで全て自白したくなるものなのだ。だからお前の審美眼がなくても問題はない。すごいだろう?」
「…」

 シャルルはため息を飲み込んだ。どんな人間だって後ろめたいことの一つや二つ、隠しておきたいことの三つや四つはあるだろう。なのにシャルルに関わると、本人の意思とは別に自白してしまうなんて、どんな拷問なのか。

 とはいえ、オリバーは酷かった。あんな男に将来を握られたとあっては、流石のシャルルもおぞましさで体を震わせた。

 それから数日後、貴族牢に入れられたオリバーは頑なに口を閉ざしていたが、教室での事柄から王宮からシャルルに出頭要請がきた。齢16歳、初めて行く王城が尋問室だなんて、とシャルルは頭を抱えた。

「お前はバカか」
「……申し訳ございません、お兄様」

 王城へ向かう馬車の中で兄のフィリップが冷ややかな目でシャルルを見た。

 入学式は散々で、説明会も受けられず3年の教室へドナドナされ、大騒ぎを起こしたシャルルは翌日学園でも何が起こったのか、詳しく説明をした。オリバーのクラスメイトが皆、シャルルを庇ったことからお咎めはなかったが、シャルルはすっかり遠巻きにされてしまったのだ。

 兄からは「口外すべきではなかったのだ」と怒られたが後の祭り。

 王宮につき、貴族牢の中には椅子に縛られたオリバーが、騎士に向かって喚き散らしていた。侯爵家をなんだと思っているだの、報復するだの、断罪するだのと叫んでいたが、ドアの外にシャルルの姿を見ると、両手で口を押さえ青ざめた。

「お前、なんでここに…!ち、近寄るな、悪魔め!」

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