婚約破棄のススメ

里見知美

文字の大きさ
2 / 18

真実の愛と婚約の解消

 私とオリヴィエの婚約が決まったのは、確か五歳の頃だった。

 理由は簡単で、彼女が有能だったからだ。

 帝国北隣、エリン王国第八王女。上に姉が七人もいるおかげで政略の余地があり、それでいて本人の能力は群を抜いている。父である皇帝がオリヴィエを強く推していたというのもある。父は有能な人材を好む。見つけ、買い、場を与える。それが帝国をここまで押し上げてきたやり方だ。正しいのだろう。少なくとも、国として結果は出している。

 オリヴィエは、幼少期からすでに十三ヵ国語を操り、魔導具製作では若くして第一人者である。その功績をもって伯爵位をもらったくらいだ。

 一方の私は、帝国第三皇子。母に似て顔はいい。男としてはどうかと思うが、目立って言えるのはそれだけだ。

 可もなく、不可もなく。そう評価される立場が、実のところ一番楽だった。

 父の期待は、私には向いていない。期待されなければ、失望もされない。前に出なければ、兄たちの足を引っ張ることもない。

「アーサー、どうしました?」

「ん、別に。考え事をしていただけだよ」

 回廊を並んで歩きながら、私は肩の力を抜く。ここでは“皇子らしく”振る舞う必要はない。少なくとも、オリヴィエの前では。

「エドワード殿下の行動は、やはり少し常軌を逸しています」

 オリヴィエが徐に口を開いた。考え事をしていたのは私ではなく、オリヴィエの方だ。色々考え始めると歩みが早くなるのは昔からの癖で、部屋の中にいる時はグルグルと檻の中の虎のように歩き回る。

「少し?だいぶおかしいと私は思うけど?真実の愛というのは、醜態を曝け出すものなのかな?あれでは頭が沸いていると言われても仕方がないだろう。愛に溺れるとはよくいうけれど、あれはすでに溺死してるよ」

 オリヴィエが目を見開いて、慌てて私の発言を嗜めた。

「……アーサー、ダメですよ。誰かに聞かれたら国際問題です」

「では、あれが真実の愛の真実だと、皆が信じているとでも?」

「見せ物として楽しんでいる感じですかね」

「なるほど。娯楽の少ない国だからな」

 ブハッと私が噴き出すと、オリヴィエも少しだけ口角を上げる。お芝居ならよっぽど良かったんですがね、といいながらカバンから出した資料を手渡された。

「残念ながら、事態は思っていた以上に悪く進行しているみたいです」

 パラパラと資料を流し読みすると、どうやらあの“真実の愛”に溺れた公子は、トチ狂って財務大臣の娘である侯爵令嬢ナターリエと婚約破棄まで考えているらしい。この国で大公の次に権力を持った家で、これと婚約破棄をして、あの平民を公妃にしようものなら、クーデターが起きる。下手をすれば帝国にまで飛び火する。

「バカが……」

「私たちが今すべきは、ナターリエ嬢をこちら側につけることだと思います」

「ナターリエ嬢か……。婚約破棄を阻止したとしても、あのバカボンじゃなぁ」

「ええ。今は良くても、またすぐに別の問題を起こしそうです」

「……私が間に入るのが最適か」

 私は肩をすくめた。オリヴィエは目を伏せてそれに同意する。

「私たちの婚約を、白紙に戻しましょう」

 理由はわかって入るけれど、僅かながら驚いた。

「……なんだよ、オリヴィエは私に不満でもあるのか」

 12年も婚約者でいたのに、と口を尖らせて冗談めかして言った。

「……ナターリエ様に、私の代わりにあなたの尻拭いをさせるのには、いささか抵抗がありますが」

「酷いな!」

 そこでオリヴィエも吹き出した。

「冗談は抜きにしても、この国の在り方に問題があるとしたら、私たちが動かなければならないでしょう?」

「ああ、まあ。陛下にはそう言われたな」

「ええ、そのために私たちがここにいる訳ですしね」

「そうだった……。まあそれが一番手っ取り早いか」

「ですね。アーサーも同意見でよかったです。私たちは、良い相棒ですからね。仲違いはしたくありませんし」

 相棒。

 恋人よりずっと実用的で、婚約者より近すぎない、安全な距離。

「ふっ、相棒か。確かにな」

 それに甘えている自覚は、あった。オリヴィエの隣は居心地がいい。私に頼らないところが寂しくもあるが、それのおかげで私は楽に息ができる。

「私は……恋というものがよくわかりません」

 オリヴィエは歩き出しながら続ける。

「ですが、時に国を滅ぼすほどの力があることは、歴史が証明しています」

 中庭の光景が脳裏をよぎる。

「真実の愛、か」

「ええ。便利な言葉ですよね」

「責任を押し付けるのに?」

「いえ、責任から逃げるための、ですよ。全てを投げ打っても、それが正義に満ちた尤もらしい行動であると言われるための」

 思わず口元が緩む。だが、それ以上は言わなかった。感情を言葉にした途端、自分が制御できなくなる気がしたからだ。

「私も真実の愛とやらを体験してみたいなぁ」

「まあ。ではナターリエ様を愛していただかないと」

「こら、まだ本人から了承されてないだろ?それにそう言ってみたけど、私は皆の前で醜態を晒すような勇気はないからな。諦めるよ」

 話題を変える。

「あーあ。何も起こらずに帰国するはずだったのになぁ」

 そうして、オリヴィエと結婚して、伯爵から侯爵へ陞爵する。それが敷かれていたレールだった。あと、ほんの1年足らずだったのに。私とオリヴィエの未来は霧に包まれてしまった。

 皇帝は、旨味のない国を蹂躙するつもりはないからな。政略結婚が一番、無傷でいられる。特に必要とされない私だから、尚更。

「残った面倒事は全て、オリヴィエに任せたよ」

「あら、ひどいわ」

「適任適所って言うだろ。真実の愛のお2人には綺麗に退場してもらわないとね」

 彼女は、ほんの少しだけ笑った。

「そうですね、いつものように静かに後ろに控えててくださいよ」

「ははっ、そうするよ」

 うわついた愛でもなければ、燃えるような恋でもない。だからこそ、疑う余地もない。

 私たちのこの関係は、安定している。

 ――そう信じていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

 《完結》 どうぞ、私のことはお気になさらず

ヴァンドール
恋愛
実家の伯爵家では、満足に食事も取らせてもらえず毎日、使用人以上に働かされた。  そして縁談が来たと思ったら火遊び好きな侯爵の隠れ蓑としての婚姻だった。

婚約破棄?まあ!御冗談がお上手なんですね!

桜井ことり
恋愛
「何度言ったら分かるのだ!アテルイ・アークライト!貴様との婚約は、正式に、完全に、破棄されたのだ!」 「……今、婚約破棄と、確かにおっしゃいましたな?王太子殿下」 その声には、念を押すような強い響きがあった。 「そうだ!婚約破棄だ!何か文句でもあるのか、バルフォア侯爵!」 アルフォンスは、自分に反抗的な貴族の筆頭からの問いかけに、苛立ちを隠さずに答える。 しかし、侯爵が返した言葉は、アルフォンスの予想を遥かに超えるものだった。 「いいえ、文句などございません。むしろ、感謝したいくらいでございます。――では、アテルイ嬢と、この私が婚約しても良い、とのことですかな?」 「なっ……!?」 アルフォンスが言葉を失う。 それだけではなかった。バルフォア侯爵の言葉を皮切りに、堰を切ったように他の貴族たちが次々と声を上げたのだ。 「お待ちください、侯爵!アテルイ様ほどの淑女を、貴方のような年寄りに任せてはおけませんな!」 「その通り!アテルイ様の隣に立つべきは、我が騎士団の誉れ、このグレイフォード伯爵である!」 「財力で言えば、我がオズワルド子爵家が一番です!アテルイ様、どうか私に清き一票を!」 あっという間に、会場はアテルイへの公開プロポーズの場へと変貌していた。

公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない

有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。 魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。 「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。

お前との婚約は、ここで破棄する!

もちもちほっぺ
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち
恋愛
公爵令嬢パルメは、王立学院のパーティーで第一王子リュントから公開婚約破棄を突きつけられる。しかし、周囲の同情をよそにパルメは歓喜した。

婚約破棄ですか?勿論お受けします。

アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。 そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。 婚約破棄するとようやく言ってくれたわ! 慰謝料?そんなのいらないわよ。 それより早く婚約破棄しましょう。    ❈ 作者独自の世界観です。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。