13 / 18
秘めた愛と
「……それで、我が弟は、婚約者殿をほっぽってオリヴィエを追いかけていったと」
一方、ようやくシルヴァン率いる軍隊がバッハルト公国にたどり着き、弟アーサーが見当たらないことを聞きただしてみれば、元婚約者の尻を追っかけて、現婚約者を置き去りにしていったのだと言うではないか。
シルヴァンは眉間に指を当て、ため息をついた。
「あ、あの。慌ただしくなりまして、誠に申し訳ございません。しかしながら、本日お越しいただいた皆様のご到着を歓迎いたします。つきましては、ささやかながらお食事の準備と、お部屋へご案内したいのですが」
シルヴァンは軍隊を率いるだけあってかなりの長身で、体つきもアーサーとは全く違う。ナターリエは見上げながらも気丈に振る舞っていた。その内心、実はかなりときめいてしまっている。ナターリエの初恋の人が目の前にいるのだから無理もない。
そう。何を隠そう、シルヴァンはナターリエの初恋の君なのである。
初めて出会ったのは数年前。 ナターリエはまだ6歳かそこらだったと思う。ナターリエは父と連れ立って、軍事訓練を兼ねて帝国からの友好国協定に来ていたシルヴァンに出会った。とはいえ、挨拶をするだけだったのだが。
シルヴァンはちょうど今のナターリエと同じくらいの年だった。すでに凛々しく赤い軍服がとても似合っていた。アーサーと同じ銀髪でも、こちらは短く刈り込んでいて、剣傷だろうか白く跡が残り髪が生えていない場所もある。そんなところもなぜかカッコよく見えてときめいてしまった。
キリリとした形の良い眉といい、長いまつ毛といい、筋の通った鼻といい。ますますハンサムに磨きがかかっているようにも思う。愛情豊かそうな唇からまろび出る低音の落ち着いた声が大人の男性を意識させ、ナターリエは今にも叫び出したくなってしまった。
ぶっちゃけ、何から何までがナターリエの好みだったのだ。
「いや。その前に決め事だけをさっさと片付けてしまおう。こちらこそ、分別を弁えない弟のためにご迷惑をおかけして申し訳なかった。それにお国が大変な時だと言うのに、わざわざ出迎えてくださったことに感謝する」
そんな事を言われるのをうっとりと聞いていたナターリエだったが、一拍置いて我に帰る。
「と、とんでもございませんわ。アーサー様は……アーサー様にはとてもよくして頂いていますし、オリヴィエ様にも大変ご迷惑おかけしてしまって。それに今もオリヴィエ様は危険な場所におられて、アーサー様が慌ててしまわれたのも無理がない事と存じます」
「そうですか。それで、あなたはアーサーで満足できると?」
「は、はい…?」
シルヴァンは、片手を差し出しナターリエをエスコートに誘った。なんて自然な紳士なのかしらときゃあきゃあ騒ぐ心の中を沈めながら、そっと手を預ける。
「私では、役不足でしょうか?」
「え……?」
突然、熱のこもった視線を向けられてナターリエは思考停止した。
公国に辿り着いて一番、シルヴァンはナターリエを視界に入れた。青みがかったプラチナブロンドに愛らしい新緑の瞳。ツンと顎をあげ貴族令嬢然としているが、肝はかなり据わっているらしい。自分よりも大きな男どもに並ばれても、視線を泳がせることもなく綺麗なカーテシーで迎えてくれた。かなり好感が持てる。
もとより、皇帝から資料を見せられたときも、国のためにと婚約者の変更を即決したような女だと聞いた。決断力のある女性だ。実に好ましい。これでまだ15歳だと言うのだから、先が楽しみで、正直アーサーに嫉妬をした。
オリヴィエといい、彼女といい。アーサーは誰よりも女運がいいと見える。
だと言うのに、アーサーのやつ。まあ、オリヴィエの危機だと言うのであれば当然の行動だと思うが、帝国の皇子としては落第点をつけてやる。
しかし、ならば俺がもらってもあいつは文句も言えんだろうな。それどころか、元さやで感謝しそうな気もする。本人は気づいていないのだろうが、あんなにべったり深く愛しあっていながら、幼い頃からの腐れ縁だの、相棒だの、よくほざいたものだ。そのくせ俺たちがオリヴィエにちょっかいを出せば、大慌てで飛んできて子猿のように威嚇していたくせに、そう言うところはすっぽり忘れているんだろうな。
さて、ナターリエ・ファーガソン侯爵令嬢か。昔、一度あったことがある。本人は覚えているかどうかわからんが、俺の嫁候補に選ばれていたはずだ。その頃は兄上が結婚したばかりの頃だから、俺はまだ必要ないと断ったのだが。
まあ昔は昔、今は今。親父にも俺に任せると言質をもらったから、少し頑張ってみるか。幸い心象は悪くなさそうだし。帝国の男はこれと決めたらしつこく、強引だと知ってもらわねば。
俺はなるべく当たりの良い笑顔をナターリエ嬢に向けてみた。真っ赤になって潤んだ瞳でこちらを見上げている。かわいいな。年の差八つはまだ、いけるよな?
「アーサーではなく、俺、いや私を選んではくれまいか」
悪く思うなよ、アーサー。
「ハックション!」
私は何か悪寒がして、体を震わせた。オリヴィエを追って来たは良いものの、公爵邸では大公の撲殺死体で大騒ぎだ。衛兵を呼んで騎士団を呼び寄せるように伝えたが、オリヴィエが容疑者になっていて、私はそれを訂正しなければならなくなった。1から説明をして、そもそも大公のような巨体を女手一つで撲殺できるわけがないだろうと言えば、それもそうかと納得できたようだ。それと同時に、メイドと側近の一人が血まみれになった公子が出ていくのを目撃しており、オリヴィエがその後を追いかけるのを見たと言う庭師のおかげで、私も急いで公爵邸を後にした。
オリヴィエからの連絡はまだない。まさか、通信もできないような状況に陥っているんじゃないだろうな。
「くそっ、やはり1人で行かせるのではなかった。私の計算ミスだ」
もとより、兄上が到着したら、オリヴィエについていく予定だった。ナターリエを兄上に任せる気満々でいたのだから。
シルヴァン兄上には婚約者がいない。戦場に立つ男だから、女は邪魔になると言っていたけど、そうじゃない。帝国で、1人にさせるのが嫌なのだ。実力主義の帝国人は、隙あらば刺客を放ってくる。男に守られるのが基本の女性ではとてもじゃないが、王族の相手にはなれない。長兄が成婚し、子供は姫が2人。今現在身籠っている子が男であれば良いけれど。ここで、次兄が結婚して皇子を産もうものなら、大変なことになる。それを危惧しているのだ。
けれど、もし公国が属国になれば?私よりもシルヴァン兄上の方が守りに堅い。ナターリエは自立していて度胸もある。そう言う点ではオリヴィエと似通っているから、シルヴァン兄上の好みのツボに嵌まる。あとは、ナターリエが兄上を気に入るかどうかの問題だけど。私のことは男として見ていないようなきらいもあるし、なんとなく、たくましい男性が好きそうな気がする。父親の財務大臣も割とガッチリしている方だし。
私には、オリヴィエがいる。いや、オリヴィエでなきゃだめなんだ。
オリヴィエは強い。強いが、それでも私と同い年の女の子だ。怖くないわけがないし、1人で平気なはずがない。もし彼女に何かあったら、私は――。
考えるより先に、追いつかなくては。
一方、ようやくシルヴァン率いる軍隊がバッハルト公国にたどり着き、弟アーサーが見当たらないことを聞きただしてみれば、元婚約者の尻を追っかけて、現婚約者を置き去りにしていったのだと言うではないか。
シルヴァンは眉間に指を当て、ため息をついた。
「あ、あの。慌ただしくなりまして、誠に申し訳ございません。しかしながら、本日お越しいただいた皆様のご到着を歓迎いたします。つきましては、ささやかながらお食事の準備と、お部屋へご案内したいのですが」
シルヴァンは軍隊を率いるだけあってかなりの長身で、体つきもアーサーとは全く違う。ナターリエは見上げながらも気丈に振る舞っていた。その内心、実はかなりときめいてしまっている。ナターリエの初恋の人が目の前にいるのだから無理もない。
そう。何を隠そう、シルヴァンはナターリエの初恋の君なのである。
初めて出会ったのは数年前。 ナターリエはまだ6歳かそこらだったと思う。ナターリエは父と連れ立って、軍事訓練を兼ねて帝国からの友好国協定に来ていたシルヴァンに出会った。とはいえ、挨拶をするだけだったのだが。
シルヴァンはちょうど今のナターリエと同じくらいの年だった。すでに凛々しく赤い軍服がとても似合っていた。アーサーと同じ銀髪でも、こちらは短く刈り込んでいて、剣傷だろうか白く跡が残り髪が生えていない場所もある。そんなところもなぜかカッコよく見えてときめいてしまった。
キリリとした形の良い眉といい、長いまつ毛といい、筋の通った鼻といい。ますますハンサムに磨きがかかっているようにも思う。愛情豊かそうな唇からまろび出る低音の落ち着いた声が大人の男性を意識させ、ナターリエは今にも叫び出したくなってしまった。
ぶっちゃけ、何から何までがナターリエの好みだったのだ。
「いや。その前に決め事だけをさっさと片付けてしまおう。こちらこそ、分別を弁えない弟のためにご迷惑をおかけして申し訳なかった。それにお国が大変な時だと言うのに、わざわざ出迎えてくださったことに感謝する」
そんな事を言われるのをうっとりと聞いていたナターリエだったが、一拍置いて我に帰る。
「と、とんでもございませんわ。アーサー様は……アーサー様にはとてもよくして頂いていますし、オリヴィエ様にも大変ご迷惑おかけしてしまって。それに今もオリヴィエ様は危険な場所におられて、アーサー様が慌ててしまわれたのも無理がない事と存じます」
「そうですか。それで、あなたはアーサーで満足できると?」
「は、はい…?」
シルヴァンは、片手を差し出しナターリエをエスコートに誘った。なんて自然な紳士なのかしらときゃあきゃあ騒ぐ心の中を沈めながら、そっと手を預ける。
「私では、役不足でしょうか?」
「え……?」
突然、熱のこもった視線を向けられてナターリエは思考停止した。
公国に辿り着いて一番、シルヴァンはナターリエを視界に入れた。青みがかったプラチナブロンドに愛らしい新緑の瞳。ツンと顎をあげ貴族令嬢然としているが、肝はかなり据わっているらしい。自分よりも大きな男どもに並ばれても、視線を泳がせることもなく綺麗なカーテシーで迎えてくれた。かなり好感が持てる。
もとより、皇帝から資料を見せられたときも、国のためにと婚約者の変更を即決したような女だと聞いた。決断力のある女性だ。実に好ましい。これでまだ15歳だと言うのだから、先が楽しみで、正直アーサーに嫉妬をした。
オリヴィエといい、彼女といい。アーサーは誰よりも女運がいいと見える。
だと言うのに、アーサーのやつ。まあ、オリヴィエの危機だと言うのであれば当然の行動だと思うが、帝国の皇子としては落第点をつけてやる。
しかし、ならば俺がもらってもあいつは文句も言えんだろうな。それどころか、元さやで感謝しそうな気もする。本人は気づいていないのだろうが、あんなにべったり深く愛しあっていながら、幼い頃からの腐れ縁だの、相棒だの、よくほざいたものだ。そのくせ俺たちがオリヴィエにちょっかいを出せば、大慌てで飛んできて子猿のように威嚇していたくせに、そう言うところはすっぽり忘れているんだろうな。
さて、ナターリエ・ファーガソン侯爵令嬢か。昔、一度あったことがある。本人は覚えているかどうかわからんが、俺の嫁候補に選ばれていたはずだ。その頃は兄上が結婚したばかりの頃だから、俺はまだ必要ないと断ったのだが。
まあ昔は昔、今は今。親父にも俺に任せると言質をもらったから、少し頑張ってみるか。幸い心象は悪くなさそうだし。帝国の男はこれと決めたらしつこく、強引だと知ってもらわねば。
俺はなるべく当たりの良い笑顔をナターリエ嬢に向けてみた。真っ赤になって潤んだ瞳でこちらを見上げている。かわいいな。年の差八つはまだ、いけるよな?
「アーサーではなく、俺、いや私を選んではくれまいか」
悪く思うなよ、アーサー。
「ハックション!」
私は何か悪寒がして、体を震わせた。オリヴィエを追って来たは良いものの、公爵邸では大公の撲殺死体で大騒ぎだ。衛兵を呼んで騎士団を呼び寄せるように伝えたが、オリヴィエが容疑者になっていて、私はそれを訂正しなければならなくなった。1から説明をして、そもそも大公のような巨体を女手一つで撲殺できるわけがないだろうと言えば、それもそうかと納得できたようだ。それと同時に、メイドと側近の一人が血まみれになった公子が出ていくのを目撃しており、オリヴィエがその後を追いかけるのを見たと言う庭師のおかげで、私も急いで公爵邸を後にした。
オリヴィエからの連絡はまだない。まさか、通信もできないような状況に陥っているんじゃないだろうな。
「くそっ、やはり1人で行かせるのではなかった。私の計算ミスだ」
もとより、兄上が到着したら、オリヴィエについていく予定だった。ナターリエを兄上に任せる気満々でいたのだから。
シルヴァン兄上には婚約者がいない。戦場に立つ男だから、女は邪魔になると言っていたけど、そうじゃない。帝国で、1人にさせるのが嫌なのだ。実力主義の帝国人は、隙あらば刺客を放ってくる。男に守られるのが基本の女性ではとてもじゃないが、王族の相手にはなれない。長兄が成婚し、子供は姫が2人。今現在身籠っている子が男であれば良いけれど。ここで、次兄が結婚して皇子を産もうものなら、大変なことになる。それを危惧しているのだ。
けれど、もし公国が属国になれば?私よりもシルヴァン兄上の方が守りに堅い。ナターリエは自立していて度胸もある。そう言う点ではオリヴィエと似通っているから、シルヴァン兄上の好みのツボに嵌まる。あとは、ナターリエが兄上を気に入るかどうかの問題だけど。私のことは男として見ていないようなきらいもあるし、なんとなく、たくましい男性が好きそうな気がする。父親の財務大臣も割とガッチリしている方だし。
私には、オリヴィエがいる。いや、オリヴィエでなきゃだめなんだ。
オリヴィエは強い。強いが、それでも私と同い年の女の子だ。怖くないわけがないし、1人で平気なはずがない。もし彼女に何かあったら、私は――。
考えるより先に、追いつかなくては。
あなたにおすすめの小説
《完結》 どうぞ、私のことはお気になさらず
ヴァンドール
恋愛
実家の伯爵家では、満足に食事も取らせてもらえず毎日、使用人以上に働かされた。
そして縁談が来たと思ったら火遊び好きな侯爵の隠れ蓑としての婚姻だった。
婚約破棄?まあ!御冗談がお上手なんですね!
桜井ことり
恋愛
「何度言ったら分かるのだ!アテルイ・アークライト!貴様との婚約は、正式に、完全に、破棄されたのだ!」
「……今、婚約破棄と、確かにおっしゃいましたな?王太子殿下」
その声には、念を押すような強い響きがあった。
「そうだ!婚約破棄だ!何か文句でもあるのか、バルフォア侯爵!」
アルフォンスは、自分に反抗的な貴族の筆頭からの問いかけに、苛立ちを隠さずに答える。
しかし、侯爵が返した言葉は、アルフォンスの予想を遥かに超えるものだった。
「いいえ、文句などございません。むしろ、感謝したいくらいでございます。――では、アテルイ嬢と、この私が婚約しても良い、とのことですかな?」
「なっ……!?」
アルフォンスが言葉を失う。
それだけではなかった。バルフォア侯爵の言葉を皮切りに、堰を切ったように他の貴族たちが次々と声を上げたのだ。
「お待ちください、侯爵!アテルイ様ほどの淑女を、貴方のような年寄りに任せてはおけませんな!」
「その通り!アテルイ様の隣に立つべきは、我が騎士団の誉れ、このグレイフォード伯爵である!」
「財力で言えば、我がオズワルド子爵家が一番です!アテルイ様、どうか私に清き一票を!」
あっという間に、会場はアテルイへの公開プロポーズの場へと変貌していた。
公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない
有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。
魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。
「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。
お前との婚約は、ここで破棄する!
もちもちほっぺ
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
婚約破棄ですか?勿論お受けします。
アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。
そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。
婚約破棄するとようやく言ってくれたわ!
慰謝料?そんなのいらないわよ。
それより早く婚約破棄しましょう。
❈ 作者独自の世界観です。
《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法
本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。
ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。
……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?
やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。
しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。
そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。
自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。