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吸血鬼ミラ
ミラは、思ったよりも手強いオリヴィエを睨みつけていた。
「なんで……なんでよ!なんであんたに魅了が効かないのよ!」
タップリとエドワードの血を飲み込んでから、ミラはゆっくりオリヴィエを痛めつけて眷属に仕立て上げようと考えていた。だと言うのに、のっけから食事中のミラに向かって、この女は短剣で切り付けて来たのだ。
鉄でできた刃物は、吸血族のミラにとって取るに足らないものだ。治癒力が高く、多少の傷はすぐに塞がってしまう。だというのに、オリヴィエの持つ短剣が掠った腕がジクジクと痛む。
もしミラが万全の状態だったなら、こんな小娘どうにでもなると思っていた。いや、万全の状態じゃなかったとしても、貴族の令嬢など、すぐにでもひねりつぶせると高を括っていたのだが。蓋を開けてみれば、吸血族のミラに勝るとも劣らずのスピードと訓練された剣捌き。
しかも手にしている短剣。アレは一体なんだ。肌に程近いところで風を切るだけで焼けるような痛みが走る。剣聖の持つ剣は、錆び付いて公爵邸の壁に引っ掛けてあったのを確認した。間抜けなエドワードから聞いたから間違いない。ずっと飾り物のようにしてあるから、鞘から抜けないのだと言っていた。そもそも剣聖が吸血族を切り裂く短剣を持っていたなんて聞いてない。
「食事の邪魔はするし!魅了も効かないし!ほんっとむかつく!」
万全じゃない。簡単に捕まえられる子供や小動物の血を啜って、誤魔化しながらこの数百年生きて来たのだ。食事は毎日じゃないから、体は小さいままだし、まだ空も飛べない。ミラにはもっと栄養が、もっと血が必要なのだ。
「これからだったのに!エドワードを眷属に迎えたら、餌をたくさん運んでもらって、それこそこの国の、国民全員をミラの餌として飼ってしまおうとすら考えていたのよ!一族の仇を討って、剣聖の一族に復讐すると決めたのに!」
威嚇するように、隠していた鋭い爪を伸ばし牙をむくミラ。妖艶さも何もない、これが本当の吸血族の姿。
「お腹空いてるから気が立ってるのよ!こうしている間にもテディから……って、ああ!あんなに血がこぼれちゃってるじゃない!」
血さえ飲めば。活力が湧いてオリヴィエなんか比でもない、とばかりに血を流して倒れているエドワードに再び歯を立てた。
だが、ゆっくり食事を待つオリヴィエではない。ミラの視線がオリヴィエから離れた途端、短剣がミラの頬を切り裂いた。
「ぎゃあっ!!あ、あついっ!痛いわね!あんたは殺さずに囮にしようと思ってたけど!この際どうでもいいわ!死ね!」
吸血族は陽の光を嫌い、闇に潜む種族だったはずだが、この200年の間に順応していったのだろうか、ミラは外界に出てきた。少しずつ闇から地上に出てきて、人間のように振る舞い、牙を剥く日を待ち望んでいた。エドワードが剣聖の末裔だと知っていて近づいた。
だけど、剣聖の末裔というものが、どういうものなのか。ミラは知る術がなかった。闇に潜み、隠れ、剣聖の血が薄まるのを待っていたのだろう。
「残念だけど、その夢は叶わないわ」
「うるさい!大人しく死んでちょうだい!」
ミラはオリヴィエに向かって手を伸ばすが、戦闘を知らないミラに、帝国で訓練されたオリヴィエの動きが叶うはずもない。とは言え、吸血族の爪か牙が当たればそこから毒素が入り込む。油断はできないが、それはミラにも言えること。
だけど。
すでにミラに未来はない。
オリヴィエが、静かに、にこりと微笑んだ。
「一つだけ、教えてあげましょうか」
ミラにはその笑顔に強烈な殺意が込められているように見えて、ぞくりとしてと動きを止めた。
「な、何よ……」
「何事も、やり遂げるためには調査が必要だということ。裏を取り、対象を調べ背後関係をきっちりと理解すること。あなたには200年という長い年月があったにも関わらず、それを怠ったということ。そして、あなたの計画はすでに破綻しているということ。……ああ、一つじゃなかったわね、ごめんなさい?」
「は?ここにきてお説教?学園の続きだとでも思っているの!?」
「ふふ。私はあなたのことをとことん調べたわ。ずっとずっと昔に遡って、あなたたち闇の一族について。吸血族について。何が苦手で、どうしたら殺せるかまで。そしてあなたが本当に最後の生き残りだということも、あなたのお母様は吸血族だったけど、お父様は人間だったこと」
「……っ!?」
「だから、あなたは生き残った。日の下に出て来てもなんとか耐えられた。先ほど、大公家で見せてもらった資料にはね、剣聖の最後の憂いが書いてあったのよ。あなたを探し出して、人間として生かしたかったとね」
「アタシが、半分、人間……?下賎な人の血が混じっているというの……?!」
「あのね。剣聖の一族に流れる血は、薄くなっても穢れる事はないって知らなかったでしょう?」
オリヴィエの醸し出す空気が、まるで氷点下に落ちて凍りつかせてしまったかのように、ミラは身動きが取れなくなった。耳の奥に警報が鳴り続けている。きっと、オリヴィエに会った時から聞こえていたはずの警告。無視し続けた最後の警音。
ミラの呼吸が乱れた。心臓がバクバクと胸を打ち、肌が粟立つ。オリヴィエに切られた腕が、頬が。
ボコリと波打った。
「………え?」
まるで、全身が波打つかのように沸騰したかのように、沸き立った皮膚が破裂する。
「あなたは、選んでしまったのよ。吸血鬼でいることを」
「ヒィッ!?な、何を、何したの!アタシの、」
全ての言葉を言い終えるよりも先に、ミラの体が肥大し、そして破裂した。
「……腐っても剣聖の末裔。その血には聖なる魔力が宿っていたのよ。その血を飲めば、内から反発するのは、当然でしょう」
ミラの血を全身に被ってしまったオリヴィエは、ため息をつきながら、被った血を振り落とし、息も絶え絶えの男を見下ろした。
「エドワード・バッハルト……残念な、私たち一族と血のつながった遠い親戚さん。最終的に、あなたが我らが一族の望みを叶えたのだから、そこは感謝するけどね」
「なんで……なんでよ!なんであんたに魅了が効かないのよ!」
タップリとエドワードの血を飲み込んでから、ミラはゆっくりオリヴィエを痛めつけて眷属に仕立て上げようと考えていた。だと言うのに、のっけから食事中のミラに向かって、この女は短剣で切り付けて来たのだ。
鉄でできた刃物は、吸血族のミラにとって取るに足らないものだ。治癒力が高く、多少の傷はすぐに塞がってしまう。だというのに、オリヴィエの持つ短剣が掠った腕がジクジクと痛む。
もしミラが万全の状態だったなら、こんな小娘どうにでもなると思っていた。いや、万全の状態じゃなかったとしても、貴族の令嬢など、すぐにでもひねりつぶせると高を括っていたのだが。蓋を開けてみれば、吸血族のミラに勝るとも劣らずのスピードと訓練された剣捌き。
しかも手にしている短剣。アレは一体なんだ。肌に程近いところで風を切るだけで焼けるような痛みが走る。剣聖の持つ剣は、錆び付いて公爵邸の壁に引っ掛けてあったのを確認した。間抜けなエドワードから聞いたから間違いない。ずっと飾り物のようにしてあるから、鞘から抜けないのだと言っていた。そもそも剣聖が吸血族を切り裂く短剣を持っていたなんて聞いてない。
「食事の邪魔はするし!魅了も効かないし!ほんっとむかつく!」
万全じゃない。簡単に捕まえられる子供や小動物の血を啜って、誤魔化しながらこの数百年生きて来たのだ。食事は毎日じゃないから、体は小さいままだし、まだ空も飛べない。ミラにはもっと栄養が、もっと血が必要なのだ。
「これからだったのに!エドワードを眷属に迎えたら、餌をたくさん運んでもらって、それこそこの国の、国民全員をミラの餌として飼ってしまおうとすら考えていたのよ!一族の仇を討って、剣聖の一族に復讐すると決めたのに!」
威嚇するように、隠していた鋭い爪を伸ばし牙をむくミラ。妖艶さも何もない、これが本当の吸血族の姿。
「お腹空いてるから気が立ってるのよ!こうしている間にもテディから……って、ああ!あんなに血がこぼれちゃってるじゃない!」
血さえ飲めば。活力が湧いてオリヴィエなんか比でもない、とばかりに血を流して倒れているエドワードに再び歯を立てた。
だが、ゆっくり食事を待つオリヴィエではない。ミラの視線がオリヴィエから離れた途端、短剣がミラの頬を切り裂いた。
「ぎゃあっ!!あ、あついっ!痛いわね!あんたは殺さずに囮にしようと思ってたけど!この際どうでもいいわ!死ね!」
吸血族は陽の光を嫌い、闇に潜む種族だったはずだが、この200年の間に順応していったのだろうか、ミラは外界に出てきた。少しずつ闇から地上に出てきて、人間のように振る舞い、牙を剥く日を待ち望んでいた。エドワードが剣聖の末裔だと知っていて近づいた。
だけど、剣聖の末裔というものが、どういうものなのか。ミラは知る術がなかった。闇に潜み、隠れ、剣聖の血が薄まるのを待っていたのだろう。
「残念だけど、その夢は叶わないわ」
「うるさい!大人しく死んでちょうだい!」
ミラはオリヴィエに向かって手を伸ばすが、戦闘を知らないミラに、帝国で訓練されたオリヴィエの動きが叶うはずもない。とは言え、吸血族の爪か牙が当たればそこから毒素が入り込む。油断はできないが、それはミラにも言えること。
だけど。
すでにミラに未来はない。
オリヴィエが、静かに、にこりと微笑んだ。
「一つだけ、教えてあげましょうか」
ミラにはその笑顔に強烈な殺意が込められているように見えて、ぞくりとしてと動きを止めた。
「な、何よ……」
「何事も、やり遂げるためには調査が必要だということ。裏を取り、対象を調べ背後関係をきっちりと理解すること。あなたには200年という長い年月があったにも関わらず、それを怠ったということ。そして、あなたの計画はすでに破綻しているということ。……ああ、一つじゃなかったわね、ごめんなさい?」
「は?ここにきてお説教?学園の続きだとでも思っているの!?」
「ふふ。私はあなたのことをとことん調べたわ。ずっとずっと昔に遡って、あなたたち闇の一族について。吸血族について。何が苦手で、どうしたら殺せるかまで。そしてあなたが本当に最後の生き残りだということも、あなたのお母様は吸血族だったけど、お父様は人間だったこと」
「……っ!?」
「だから、あなたは生き残った。日の下に出て来てもなんとか耐えられた。先ほど、大公家で見せてもらった資料にはね、剣聖の最後の憂いが書いてあったのよ。あなたを探し出して、人間として生かしたかったとね」
「アタシが、半分、人間……?下賎な人の血が混じっているというの……?!」
「あのね。剣聖の一族に流れる血は、薄くなっても穢れる事はないって知らなかったでしょう?」
オリヴィエの醸し出す空気が、まるで氷点下に落ちて凍りつかせてしまったかのように、ミラは身動きが取れなくなった。耳の奥に警報が鳴り続けている。きっと、オリヴィエに会った時から聞こえていたはずの警告。無視し続けた最後の警音。
ミラの呼吸が乱れた。心臓がバクバクと胸を打ち、肌が粟立つ。オリヴィエに切られた腕が、頬が。
ボコリと波打った。
「………え?」
まるで、全身が波打つかのように沸騰したかのように、沸き立った皮膚が破裂する。
「あなたは、選んでしまったのよ。吸血鬼でいることを」
「ヒィッ!?な、何を、何したの!アタシの、」
全ての言葉を言い終えるよりも先に、ミラの体が肥大し、そして破裂した。
「……腐っても剣聖の末裔。その血には聖なる魔力が宿っていたのよ。その血を飲めば、内から反発するのは、当然でしょう」
ミラの血を全身に被ってしまったオリヴィエは、ため息をつきながら、被った血を振り落とし、息も絶え絶えの男を見下ろした。
「エドワード・バッハルト……残念な、私たち一族と血のつながった遠い親戚さん。最終的に、あなたが我らが一族の望みを叶えたのだから、そこは感謝するけどね」
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