【本編完結】結婚の条件

里見知美

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学園編

アンナルチア

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「姉さまが奨学金を得て学園に通います。だからルカもカインも心配しなくても大丈夫よ」

 アンナルチア・ヴィトン伯爵令嬢は、貧乏伯爵家の長女だ。ヴィトン伯爵領は王都から馬車で三日ほど東にいった先にある。街が一つ、村が三つほどの小さな領だが、領土面積はだだっ広い。その半分以上が森と田畑だった。五年ほど前の旱魃で農産物に大打撃を受けて以来、窮困している。両親も領民も頑張って復興作業をしているが、農産物というのは時間がかかるものらしく、半年、一年先の収穫まで気を抜くことができない。元々王都にもタウンハウスを持っていたが、それも売り払い、領地に引っ込んでいるため社交もご無沙汰しているようだった。

 アンナルチアはもうすぐ12歳になる。ある日、王都からカーライル王立学園入学の勧めの資料がアンナルチア宛に届いた。カーライル学園は貴族の子息子女が通う王立学園だ。義務付けられているわけではないが、行かなければ貴族としての交流は望めず、世間の波から外れてしまう。女子は嫁に出されるだけだが、伯爵家を継ぐ男子はそうもいかない。

 アンナルチアには、3歳下の弟ルカと5歳下のカインが控えているため、最初、自分は学校に行かない方が良いのではないかと思案した。だが、将来的に女性でも学がある方が役に立つと両親は考え、お金はなんとかするから好きなことを学びなさいと笑って言った。

「幸い、アニーは剣筋もいいし、頭も良い。女性騎士を目指してもいいし、学者を目指すこともできるんじゃないか」

 子供に甘い両親は、目尻を下げてそんなことを言う。父はその昔騎士団長だったと言うし、母は高位貴族の家庭教師をしていたというが、父は脳筋ではないし、母も頭でっかちな貴夫人ではない。両方とも文武両道を誇っているため、アンナルチアたちも例に漏れずだった。

 だが実際問題、学歴も経歴もないアンナルチアがどう頑張ったところで、女性騎士にはなれないし、せいぜいレース編みや刺繍を売って糧にするか、早いところ金持ちの商家の息子を見つけて結婚するしか道はない。それならば、ほんの3年学園に通いもっと割のいい仕事につくか、質の良い貴族のボンボンを捕まえるかした方がいいのではないかというわけだ。

 資料の中には成績の優秀な学生には奨学金制度があると書いてあった。毎年、学期末試験で監査は行われるが、入学金及び寮での滞在費、必要経費が免除されるという。ただし卒業後3年間は王宮での仕事が義務付けられる。基本三年間は必須修学で、専門学科専攻者にはその後二年間、学園で学ぶことができるらしい。

 だが、女生徒には専門学科部門は開かれていない。王宮での仕事で実務を学べるからだ。つまりアンナルチアが学園に通えるのは必須の三年間のみということだった。女は要職につけないと言う男女差別に眉を顰めたものの、自分が奨学金制度を受け取れれば、両親の負担は減るし、その分三年後のルカは安心して学園に通える。その後、卒業して王宮割の良い仕事に就けば、その給金でカインも問題なく学園に通うことができる。

 アンナルチアの目標は定まった。

 その日からアンナルチアは街の図書館に通い、ありとあらゆる方面の参考資料を片っ端から読みあさり、過去の試験問題を取り寄せては解きまくった。毎日通ううちに、司書の人たちとも仲良くなり学園のことを教えてもらったり、時には勉強を教わったりもした。また上位貴族の顔と名前を覚えておくと失礼がなくて良いと聞き、現学園名簿を見て、貴族年鑑と照らし合わせて全て頭に詰め込んだ。母からは本来ならば社交デビューしてから覚えるという、淑女としてのマナーと言葉遣いを学び、父からは護身術や体術、真剣の持ち方まで教わった。学園とはいえ、中には質の悪い男子生徒もいるかもしれないし、騎士を目指すならば学んでおいて損はないはずだ。

 色々聞いたり調べたりした結果、女性が得られる一番の高給職は王宮家庭教師だった。これは王子や王女にマナーや勉学を教えるものだ。ただ現在のところ、王太子はご婚約が決まったばかり、第二王子は学園生だと聞いた。アンナルチアが王宮に入ってすぐに得られる仕事ではない。

 次が司法官。これは30歳以上の文官と司書経験者が得られる地位で、16歳で卒業してすぐにもらえる仕事ではない。

 かなり格は下がるが、史官が三番目。これは王都だけに限らず、違う領地へ送られることもあれば、与えられる仕事も様々だ。女性の史官はかなり少ないと言われた。

 一般的に多いのが文官と侍女の仕事だった。文官は頭脳が必要になるが、王宮に寮があり待遇もかなり良い。異動が少なく、王都の外に出ることもない。侍女は三年周期で異動があり、どこへ異動になるかは王妃と侍女長の采配によるものらしい。

 女性騎士の仕事は王妃や王女の護衛が多い。この国には現在王女はおらず、王妃の護衛はベテラン勢が揃っている。王太子がご成婚されれば王太子妃の護衛のチャンスはあるが、王太子妃が嫁いでくる頃アンナルチアはまだ学生だ。護衛騎士になれるチャンスは低い。

 そんなわけで、アンナルチアは極めて自然に文官を目指すことになった。

 死に物狂いで勉強に励んだ一年後、13歳になる年にアンナルチアはカーライル王立学園に満点入学を果たすことができた。さすがはアンナルチアだと家族に褒められ、期待に胸が膨らむ。

「でも姉様、王都に行っちゃうの?」
「そうね、ルカ。姉様は学園に入ったら寮に住むのよ。だって、王都まで三日もかかるんだもの。通えないでしょ」
「僕も行く!」
「だめよ、ルカはお父様とお母様のお手伝いをしなくちゃね。それにルカまで一緒に行ったらカインも寂しくなっちゃうでしょ」
「姉様と離れるなんて嫌だよ」
「姉様もみんなと離れるのは寂しいわ。でもね、ルカは長男でしょ。いっぱい勉強してお父様とお母様の後を継ぐのよ。三年後、あなたも学園に通うことになるわ。それまで頑張って勉強すれば、姉様と同じように奨学金で通えるかもしれないわよ。そうしたら姉様、とっても嬉しいし、きっとお友達にも自慢しちゃうと思うの」
「姉様の自慢になるの?」
「そうよ、ルカ・ヴィトンは私の弟なのよ、すごいでしょって」
「……僕、頑張る」
「それでこそ、私のルカよ。姉様も頑張るから、あとはお願いね」

 手紙を書きますね、と言って笑って家族や仲の良かった図書館の人たちや領民と別れ、アンナルチアは一人王都へと旅立っていった。

 入学式の一週間前にアンナルチアは寮に入り、学園の準備に入った。寮は個人部屋でベッドが一つ、机と本棚が一つづつあるだけだ。窓には鉄柵が嵌め込まれていて、まるで監獄のようにも見えたが、女子寮は安全のためにそうなっているのだと寮母さんが言っていた。過去に窓から男子生徒が忍びこみ何やら問題を起こしたらしい。碌でもないことをする人間は、貴族も平民も関係ないようだった。鉄柵があるとはいえ、窓は内側に開くし陽光も風も十分差し込んでくる。目の前は庭園で庭師がいるのだろう、色々な花が咲き誇り、木々も綺麗に剪定されていた。

「これからここで3年間過ごすのね。頑張らなくちゃ」

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