【本編完結】結婚の条件

里見知美

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間話:ルークの転機

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「そう言えば、ルーク。自分が公爵家の血を引く子供だっていつ知ったの?夫人の話から初めて聞いたって感じじゃなかったよね?」

「ああ、学園に通い出してすぐの頃、生みの母親が伯爵家に来たんだ。お前の本当の親は私だって。青天の霹靂だったな」

「まあ」

「子供の頃、自分だけが両親のどちらにも似ていないと言うことが気がかりだった。なぜ僕だけ、髪の色が赤錆色で、瞳の色は琥珀色アンバーなのか。五つ年下の弟もまだ小さい妹も髪も瞳も榛色ヘーゼルなのに。それでも色素が僕だけ濃いめなんだとか、先祖返りなんだとか言い訳をして、考えない様にした。家族は仲が良かったし、何も問題はないはずだった。

 ただ歳を追うにつれ、違いは顕著になっていき、小柄な伯爵家の家族の中で僕だけが頭一つ分大きくなった。そして学園に通うようになったある日、僕の実母が伯爵家に現れた。

 本当はもっと早くに会いたかった、と実母のカーラは言った。すらりと背が高く、僕と同じ赤錆色の髪をした女性で。公爵家の領地で針子として働いていて、今では小さな帽子屋を開いてファシネーターやコサージュを作っているらしい。それで、仕事が軌道に乗り、生活にも余裕ができたので、迎えに来たと言った」

 そうして衝撃的な事実を語った。僕の本当の父親はドイル公爵なのだと。

 当時子爵家の三女で、行儀見習いとして働いていたカーラをドイル公爵は手籠にした。夫人のいない時を見計らって、メイドが主人に逆らえないのをいいことに何度も関係を迫った。その時公爵家で働いていた、ほとんどの若いメイドが公爵のお手付きになっていたのだ。そしてカーラの妊娠が発覚した。

 幸か不幸か、公爵にとって不貞でできた子は僕が初めてだったらしく、慌てて子飼いのエドモントン伯爵家へと連れて行かれ、そこで子を産み、子供は伯爵家の養子に、お前はどこへでも行けと、もし公爵家に戻ってくる様なことがあればどうなるかわかるな、と脅されたらしい。伯爵家は妊婦のカーラによくしてくれたが、僕が産まれると、子供の教育上二人の母親がいるのは良くない、と伯爵家からも追い出された。孕まされて追い出されたなど、実家の子爵家に戻るわけにもいかず途方に暮れた彼女は、泣く泣く公爵夫人に縋り、懺悔をした。

 公爵夫人はカーラを責めることはなく全てのメイドに聞き込みをし、お手付きになった女性のうち、子を身篭っていた女性陣を公爵家の領地へと移動させ、その他のメイドには他家の職の斡旋をし、公爵家からは暇を出した。

 そうして徐々に若いメイドから実年層のメイドに切り替え、領地で切り盛りしていた有能な執事を王都の本邸へ連れ戻し、監視の目を光らせた。王都の公爵家の若いメイドがいなくなり、代わりに男性従者が増え既婚のメイドが増えた。そこで気付くか諦めればよかったものの、公爵は愚かにもその魔の手を外へと広げた。

「ともかく、その当時の僕には、わかっているだけでも8人の異母弟妹がいたらしい。その弟妹たちのほとんどは公爵家の領地に住み、仕事を与えられ幸せに暮らしているのだとカーラはいった。だから、贅沢はできないけれど、一緒に住まないかと」

「そのこと、公爵夫人は気が付いていたの?」

「もちろん僕は断ったよ。僕の両親は伯爵家の両親だけだ、僕の兄弟は伯爵家の弟と妹だけ。他にはいないと叫んだ。伯爵家の領主としての勉強もしてきたし、学園に入りそれなりの有益な繋がりも築いてきたはずだった」

 だが真実は違ったのだ。もし、伯爵家に男児が生まれなければ、養子の僕が後を継ぐことになっていたため、カーラの事は秘匿とされていたが、五年後に弟が生まれた。真っ当に血を引き継ぐ嫡男ができて僕は結果として邪魔になった。養父母は公爵に頼まれて僕を養子にし、彼らの子として育てたと真実を語った。本当のことを言えば、公爵から制裁が下されると恐れ、何も言えなかったのだと。仲の良かった関係は脆くも崩れ、弟は自分が跡取りなのだと僕を邪険にし、妹は「穢らわしい不義の子」と近寄らなくなった。

「家族を失った僕は、怒りに任せたまま公爵家に乗り込んだんだ。幸か不幸か公爵は不在で、代わりに公爵夫人が出てきて、僕に頭を下げた。夫が申し訳ないことをした、あなたの実母は私が責任を持って預かったが、あなたはすでに伯爵家へ養子になっていて、わざわざ連れ戻すよりも伯爵家で幸せになれるのならばと静観していた。あなたの実母が先走って現家族の仲を壊してしまったことに対してひどく後悔している、と」

 公爵夫人ともあろう方が、自分の夫の不貞でできた子に対し心頭謝罪をしたことで、僕は呆気に取られた。そして公爵夫人はお詫びというわけではないが、と第二王子の側近と護衛騎士として僕を推薦してくれた。もともと生徒会絡みで第二王子とは面識があったこともあり、王子からも即答で了承してもらえた。以来、公爵夫人は何かにつけ僕を気にかけてくれて、特別学科で騎士道と帝王学を学び、王家に忠誠を誓えと提言した。学園にいる間はエドモントン家の長男として過ごしてきたのは、変に詮索されないためだったが、学園での寮費も学費も公爵が融資し学園卒業後、公爵家で次男として認知するよう働きかけると公爵夫人は約束してくれた。

「本来なら伯爵位を後継する予定でいた僕は、考えを改めて行く末の軌道修正をし、正式に第二王子の側近となり国王の護衛騎士を目標とした。そして、アニー。君が学園に入学してきた」

 貴族令嬢として初めて奨学金制度を利用した、アンナルチア・ヴィトン伯爵令嬢。満点合格の貴族令嬢は生徒会でも話題に登り、学園入学前に顔合わせとなった。

 堂々とした風情、ピンと背筋を伸ばし凛とした態度とキリリとした瞳が印象的だった。僕の瞳とよく似た琥珀色の瞳と灰茶色アッシュブラウンの髪、勝気そうな澄ました表情。とても13歳とは思えなかった。

 きっと家族から愛されて自信があり、令嬢としての教育を受けてきたに違いない、僕はほんの少し荒んだ気持ちで彼女を見下ろした。

 ところが、そんな僕の嫉妬を打ち壊すように、アニーはしれっとして自分の置かれている環境を言葉にした。ヴィトン伯爵領は近年の旱魃で打撃を受け、王都のタウンハウスを手ばなし、一家揃って領地に引きこもってしまったらしい。そんな家の長女である彼女は、弟たちのために勉学に励み奨学金制度をとり、将来いい仕事について弟たちと伯爵領を助けたいのだと言った。

「眩しいほど真っ直ぐで、細い手を精一杯広げて顎を上げ、男尊女卑の世間の荒波を真正面から受けて立つ君に、僕はあっという間に魅せられた」

「恥ずかしい…。生意気だったわね、あの頃の私。自分のことで精一杯で、舐められない様に、気取られないように澄ましてたもの。あの頃ルークはすでにエドモントン伯爵令息ではなかったのね」

「まあね。伝えられなかったのは確かだよ。君は長女だけど家を出る身だっただろう。爵位のない僕がどうやって君を幸せにできるか、すごく考えた」
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