【本編完結】結婚の条件

里見知美

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学園編

間話:マリエッタの乙女心

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 学園から戻り、久々に王都の公爵家へ顔を出したマリエッタは、主人のいない我が家を見渡した。

 現当主であるリチャードは今日もどこかの女と遊び呆けているようで、執務室には天高く積まれた書類の山がある。執事に聞き糺せば、昨晩出掛けたきり、帰ってきていないらしい。

 マリエッタは大きくため息をついた。

「本当に、そろそろ潮時ですわね……」

 政略結婚と称して16歳で嫁いできたマリエッタは、最初の一年を夫であるリチャードと閨を共にして長男のサイモンを拵えて以来、必要以上に顔すら合わせない。たまに夜会などに出席する時も、執事であるセバスチャンに伝言を残しエスコートもせず一人で出かけるか、ドタキャンをする始末。

 マリエッタは伯爵の出身ではあるものの、外交官をしていた父について幼い頃から諸外国を回っていた。外国暮らしが長かったため、友達もおらず閉鎖的な考え方をするこの国の現状にあんぐりと口を開けた。

「お父様、この国で生活するなんて私には無理です」

 マリエッタは外交的で、ともすれば攻撃的に見えるほど口が達者だった。それが諸外国全てに受け入れられたわけではなかったが、頭の回転が速く、近隣6ヶ国語は流暢に使いこなせることから国としても他国に嫁がせるわけにはいかないと焦り、公爵家の長男であるリチャードへと嫁がせたのだ。最初は王家から望まれた結婚ということもあり、リチャードも寄り添う態度を見せたが、いかんせんリチャードは男尊女卑を色濃く受け継いだ公爵家に生まれ、自分以上に頭の良いマリエッタを次第に嫌うようになった。

「お前は俺より頭がいいのだから、執務くらいこなせるのだろうな。それともやはり男ほどの能力がないというのなら、口を挟まず項垂れていればいいのだ」

 そう言われ、ムッとしたマリエッタは、リチャードがやっていた書類を見てどんどん間違いを指摘していった。その上、国王にも自分の考えていた事業の提案を出し、あっという間に事業として成り立たせてしまった。それまでは現状維持を努めていた公爵家の華々しい時代が開花した。

 国王も古いしきたりに雁字搦めになったこの国の未来を案じていたが、貴族の男尊女卑思考は根が強く、一夫一妻制に切り替えたのがやっとで、五十歩百歩の歩みなのを憂いていたところだったため、マリエッタの力量に期待したのだ。

 マリエッタの起こした事業は公爵であるリチャードの名を使っていたため、他貴族からもすんなり受け入れられ、社交に出るたびにリチャードが讃えられ、その度に影に控えるマリエッタを思い出させ、苦虫を噛み潰したような顔になった。

「誰のおかげで公爵家に入れたと思っているのだ!」

 リチャードは激怒し、マリエッタに領地の仕事を押し付けた。息子と自分は王都に住み、お前は田舎に引っ込んでろ、と言われたのだ。少々でしゃばりすぎたかと反省したのも束の間、邪魔者扱いをされ、いずれ離縁されるかもしれないと危機感を覚えたマリエッタは領地でますます事業に励んだ。

 公爵に教育されるであろう息子を案じ、自ら選んだ家庭教師を派遣し、領地からの課題も息子であるサイモンには毎月与えた。サイモンが良い結果を導き出せば、褒美として珍しい甘味や美しい色合いのペン軸などを送り、大きな課題をやり遂げれば金のメダルや表彰状、資格証明書なども発行し大いに誉めた。その成果があってかサイモンは勉強熱心で、領地についての知識も豊富になっていった。

 三月に一度王都へ帰ると必ず食事を共にし(リチャードはいなかったが)、何度か夜会にも一緒に出かけ、周囲にも公爵家の後継は素晴らしいと評価をもらったが、サイモンは女性を前にするとひどく無口になってしまう。何かがトラウマになっているのでは、と心配したが、この家庭では仕方がない。年頃になったら、どなたか探した方がいいかしらとも考えていた。

 まさかその間に公爵であるリチャードが、いたいけな若いメイドをたらし込み、私生児まで作っているとは思いもしなかった。いくら腹立ち紛れにとはいえ、法律を犯すバカはしないだろうと思っていたのに。マリエッタの後悔は、ルークの生みの母カーラが泣きついてきた時に始まった。

 私生児がいた。無理矢理関係を持ったメイドとの間に。しかも発覚してから公爵家をクビになり、勝手に伯爵家の養子にし、母と子を引き離したのだと。

 マリエッタは公爵家の下働きを男も女も合わせて面接し、他にも被害がないか、公爵家の財産はどうなっているのか徹底して調べ上げた。すると、出てくる、出てくる、まるで芋のようにずるずる、ずるずると被害者の姿が露わになった。体の関係を持たされた子爵以下の次女三女、下請けのキッチンハンドに仕入れの商人まで。その地点で私生児が五人いることが発覚し、気が遠くなった。

 このままにしては置けない、と奮起したのが数年前。

 王都の使用人を既婚者や男性を増やし、年もリチャードより年上の使用人に入れ替えた。泣き寝入りしていた犠牲者は親子ともども領地へ引き抜いた。すでに結婚をして家庭を持っている者も、家族が望むのであればと領地へ入れて、住まいと仕事を与えた。商家へ嫁いだものは、仕事が回りやすくなるよう配慮し、貧困に喘いでいたものは日給の貰える仕事を斡旋した。

 平民の通える学問所と職業訓練所もつくり、徐々に人が増えてきている。特に計算や読み書きは平民にも必要で、月に一度、ノルマを達成した人たちには表彰状や食券などを作り与えている。それが功をなして領民の識字率は向上し、治安が良くなった。輸出入関連や外交にも役に立つようになってきて、領地は第二の王都と呼ばれるほど活気がある。

 公爵との間にできた子供たちも、女性たちも現状に不満はなく、マリエッタを支持してくれている。中には商才豊かな女性も多く、計算が得意、手先が器用といった人々には職業訓練所に通ってもらい資格を取らせていて、そろそろ事業を起こせるだけの人材も集まってきた。実力主義世代の基盤ができたと言っていい。しかしながら、リチャードの横暴は止まることなく今年になってまた一人、私生児が見つかった。

「これで何人目かしら…犬猫じゃあるまいし、お盛んですこと」

 これからマリエッタは視野を広げ、領地以外からも人材を掘り起こす必要がある。もっとたくさんの人を集めなければ、法律改案などすぐに潰されてしまうだろう。焦っても人材は育たない。地道に努力しなければ。

「ヴィトン伯爵令嬢ね……」

 少々下調べが必要ではあるが、あのルークが気に入り、アレクサンダー王子殿下も認める頭脳派の娘。

「コナン様のお子にしては、直情的じゃないのね。ルイーダ様に似たのかしら」

 マリエッタから見れば、コナンもルイーダも舞台俳優のように拝んでしまいたくなるような人達だ。ルイーダに至っては同年代だというのに、女神ほどにも遠い存在、とマリエッタは思っていた。あんな恋愛をしたいと夢見て嫁ぎ、粉々に砕かれた想い。

「とはいえ、私は今や公爵夫人。ちょっとくらいお手紙を出しても、問題ないわよね……?」

 マリエッタは山積みにされた書類を仕分けしながら、手紙を書こうか、それとも直接挨拶に向かおうか、と考えウキウキしている自分に気がついた。
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