『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

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春の風が吹き抜ける中庭に、異様な熱が満ちていた。

「断罪が進まない? なぜだよ! あの人は特別扱いなのか?」  
「香に操られてるって言うけど、だったらもう自分たちで裁くしかないじゃないか!」

集まったのは、十数人の生徒たち。  
香の影響を拒みたい者、アズナの微笑に恐れを抱いた者、  
そして――彼女の特別視に“嫉妬”と“無力感”を募らせた者たち。

彼らは、香塔の前にバリケードを組もうとし始めていた。

「もう香なんて要らない!」  
「アズナ様を“普通の人間”に戻さなきゃ、学園はおかしくなる!」  
「このままじゃ、俺たちまで自分を失う!」

彼らの声は混ざり合い、怒りと混乱と、そして何より“怯え”が透けていた。

一方その頃、香塔前広場では、香の使用中止により不安定になった生徒たちが集まっていた。

「どうして香を焚いてくれないの……」  
「眠れない、息苦しい……アズナ様が香らないだけで、世界が灰色みたい……」

――対立は、目前だった。

「やめてください!」

その場に、ひとりの侍女が駆け込んだ。

ベアトリス=シュナイダー。  
アズナの最側近にして、唯一“本当の彼女”を知る者。

怒号とざわめきの中、彼女は香塔の前に立ち、腕を広げて叫んだ。

「お嬢様は……アズナ様は、皆様のために自分を消してきたのです!」

その声に、空気が震えた。

「誰かに嫌われぬように、誰かを否定せぬように、  
ただ赦して、ただ微笑んで、その代わりに“ご自身の心”を……どれだけ閉じてこられたか!」

誰もが、言葉を失った。

「断罪ですって? 香を拒むですって?  
では聞きますが――あなた方は、“彼女をどう扱いたいのです?”」

突き刺すような問い。

「神として崇めたいのか、罪人として裁きたいのか。  
それとも――ただ“自分の手に負える存在”にしたいだけではないのですか?」

騒いでいた生徒たちの中から、ひとりがぽつりと呟く。

「……俺たち、きっと……“普通にしたい”んだ。  
アズナ様が特別すぎて、手が届かなくて……だから、怖くなる……」

もう一人が、うつむいて言った。

「でも……何が“普通”なのか、分からないんだ。どう接すればいいのか……」

その場の熱が、急激に冷めていく。

怒りが消えたわけではない。  
ただ、“怒りの向け先が失われた”だけ。

彼女は支配者ではない。  
だが、被害者でもない。

アズナ=グランフォードという存在は、  
あまりにも曖昧で、あまりにも完璧で――  
“誰の定義にも収まらない”からこそ、誰もが混乱していた。

その混乱が、ついに暴走を生みかけた夜。

ベアトリスの叫びは、制度では裁けぬ“愛されすぎた悪役令嬢”の輪郭を、  
静かに、しかし確かに暴き出した。

――彼女は赦しすぎた。  
――そして、皆もまた、赦されすぎた。

その代償が、今、学園を包み込もうとしていた。
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