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香塔の地下――記録保管室。
そこは香に関するすべての調香法、魔術理論、歴代の調香師の足跡が収められる場所。
そして今、一冊の新たな書がその棚に加えられようとしていた。
『アズナ=グランフォード香記録・最終巻』
記したのは、生徒会記録係ギルバート=エインズワース。
彼は机に向かい、最後の頁にゆっくりと筆を走らせていた。
《彼女の香は、始めは救いであった。
しかし次第に、それは人を包み、癒し、そして縛る“空気”となった》
《香による支配。香による赦し。
どちらも意図的ではなく、だからこそ深く、静かに侵食していた》
《人は、彼女の香に自ら歩み寄り、自ら委ね、自ら道を見失った――》
言葉は正確だった。だが、それは“客観”ではなかった。
最後の一行を書き終えたとき、ギルバートはそっと目を伏せた。
「……これは、あくまで僕の視点で書いた記録です。
真実かどうかも分からない。
誰かが読めば、きっと異なる香りを感じることでしょう」
その言葉に、扉の奥から足音が響いた。
振り返ると、そこにアズナ=グランフォードが立っていた。
彼女は記録簿の背表紙を一瞥し、静かに微笑む。
「それで、よろしいのですわ」
ギルバートは目を見開いた。
「……本当に、いいのですか? あなたの名が記録されるのに、
“支配”や“依存”という言葉が並ぶことを、あなた自身の手では訂正しなくて?」
アズナは首を横に振った。
「それが、あなたの感じた香りなのでしょう?
香とは、人によって異なって感じられるもの。
誰もが同じ香りを受け取る必要はありません」
その言葉は、香に込められた“赦し”のすべてを超えて、
“自己の存在そのものを許容する”という、穏やかな肯定だった。
「それが、“記録”というものの尊さですわ」
ギルバートは、深く一礼し、最終巻を棚に納めた。
重厚な革装に金箔の文字。
《AZNA-G / 香と微笑の軌跡》と記されたその背表紙が、他の香記録の間に静かに並ぶ。
その瞬間、アズナ=グランフォードという存在は、
“ただの伝説”から、“記録される現実”へと変わった。
棚に収まったその一冊は、誰かがまた手に取るまで、
静かに香塔の空気の一部として存在し続ける。
そこに香りはない。
だが、記された文字は――
確かに、彼女が“いた”という香りを、残していた。
そこは香に関するすべての調香法、魔術理論、歴代の調香師の足跡が収められる場所。
そして今、一冊の新たな書がその棚に加えられようとしていた。
『アズナ=グランフォード香記録・最終巻』
記したのは、生徒会記録係ギルバート=エインズワース。
彼は机に向かい、最後の頁にゆっくりと筆を走らせていた。
《彼女の香は、始めは救いであった。
しかし次第に、それは人を包み、癒し、そして縛る“空気”となった》
《香による支配。香による赦し。
どちらも意図的ではなく、だからこそ深く、静かに侵食していた》
《人は、彼女の香に自ら歩み寄り、自ら委ね、自ら道を見失った――》
言葉は正確だった。だが、それは“客観”ではなかった。
最後の一行を書き終えたとき、ギルバートはそっと目を伏せた。
「……これは、あくまで僕の視点で書いた記録です。
真実かどうかも分からない。
誰かが読めば、きっと異なる香りを感じることでしょう」
その言葉に、扉の奥から足音が響いた。
振り返ると、そこにアズナ=グランフォードが立っていた。
彼女は記録簿の背表紙を一瞥し、静かに微笑む。
「それで、よろしいのですわ」
ギルバートは目を見開いた。
「……本当に、いいのですか? あなたの名が記録されるのに、
“支配”や“依存”という言葉が並ぶことを、あなた自身の手では訂正しなくて?」
アズナは首を横に振った。
「それが、あなたの感じた香りなのでしょう?
香とは、人によって異なって感じられるもの。
誰もが同じ香りを受け取る必要はありません」
その言葉は、香に込められた“赦し”のすべてを超えて、
“自己の存在そのものを許容する”という、穏やかな肯定だった。
「それが、“記録”というものの尊さですわ」
ギルバートは、深く一礼し、最終巻を棚に納めた。
重厚な革装に金箔の文字。
《AZNA-G / 香と微笑の軌跡》と記されたその背表紙が、他の香記録の間に静かに並ぶ。
その瞬間、アズナ=グランフォードという存在は、
“ただの伝説”から、“記録される現実”へと変わった。
棚に収まったその一冊は、誰かがまた手に取るまで、
静かに香塔の空気の一部として存在し続ける。
そこに香りはない。
だが、記された文字は――
確かに、彼女が“いた”という香りを、残していた。
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