『この悪役令嬢、すべてを許しすぎて逆に怖い』

白石あかね

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最終話

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春の朝。  
学院講堂には白い花々が飾られ、華やかな祝辞と別れの言葉が交差していた。

卒業式。  
それは、過去に別れを告げる儀式であり、未来に歩み出す者たちの節目。

生徒たちはそれぞれに晴れ着を纏い、家族や友人と写真を撮り、記念を刻んでいく。

だが――壇上にひとり、音もなく現れたその姿だけは、異質だった。

アズナ=グランフォード。

誰よりも静かに、誰よりも自然に、  
彼女は壇の中央に歩み出る。

周囲にいた教師たちも、生徒たちも、誰一人として声をかけなかった。  
ただ、息を飲むように見守っていた。

アズナは、手に小さな香炉を携えていた。

それは、彼女にとっての“最後の香”。

ゆっくりと焚かれた香から立ち上る煙は、色も、匂いも、記憶も持たなかった。  
甘くもなく、苦くもない。  
懐かしくも、切なくもない。

それは“誰にも届かない香”だった。

ベアトリス、フィリオ、ギルバート、マリアンヌ――  
彼女を知る者たちが、その意味を悟る。

“これは誰のためでもない”  
“これは、アズナ自身のためだけの香なのだ”と。

壇上でアズナは一言も語らなかった。

祝辞も、別れの言葉もない。  
ただ、静かに一礼した。

その姿は、いつものように穏やかで、だがどこか別れを告げていた。

香塔前の庭に出たとき、彼女は一度だけ振り返った。  
講堂の大扉が、遠く閉まりかけているのが見えた。

けれど彼女は、歩みを止めなかった。  
振り返らず、香も残さず、ただ一歩、また一歩と、  
春風の中へと消えていく。

誰かが言った。

「……最後の微笑みは、誰のためでもなかった」

それは、“誰かのために在り続けた”彼女が、  
はじめて“自分にだけ向けた”微笑だった。

赦しでもなく、慰めでもなく。  
愛でも依存でもなく。  
ただ、自分自身への静かな自由。

アズナ=グランフォード。  
かつて“誰にも断罪されなかった悪役令嬢”は、  
いま、“誰にも許されずとも歩ける一人の人間”として、  
その日、学院を去った。
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