風邪ひき男に、風の音は聞こえるか?

陵月夜白(りょうづきやしろ)

文字の大きさ
9 / 51

第八章 警視庁 

第八章 警視庁 

第一話 山上と牧村

 深夜の警視庁。明かりの落ちた執務室で、数少ないデスクだけモニターの光に照らされていた。
 山上稔はそのひとつに肘をつき、資料を前に黙り込んでいた。

「……どうしたんですか?山上さん。らしくないですよ」

 向かいの席から、牧村千夏がマグカップを持ったまま首をかしげた。

「何言ってんだ。俺だって、たまには考えたり悩んだりする」
 「へぇ。考えずに突っ走る山上さんしか、私は知らないですけど」
「うるせえ」

 山上は書類を手に取り、乱暴にページをめくった。

 牧村が小さく笑いながら資料の束を差し出す。

 「……あ、そうそう。頼まれてた“例のやつ”、だいたいまとめましたよ」
「おお、あの会社の……」
 「はい。“ネウロリンク社”。かなり細かいところまで調べてみましたけど、やっぱりちょっと怪しいんですよね」
「どのへんがだ?」

 山上の目が鋭くなる。牧村は一枚のグラフ付きレポートを開いて指を置いた。

 「この会社、表向きは“国産人気ゲームタイトルを運営する開発会社”ってことになってますが――」
「うん」
 「……海外との取引が、異常に多いんです」
「ゲームって、そもそも世界中で売れるもんだろ?違うのか?」

 「まあ、それはそうなんですけど……普通、ゲーム業界の輸出相手って、アメリカ・ヨーロッパ・中国・中東・シンガポールとか、わりと先進国か富裕層マーケットがメインになるんです」
「それがどうした?」

 「このネウロリンク社、なぜか“アフリカ諸国”“中南米の政情不安国”“旧東側諸国”とやたら取引が多くて、しかも金融ルートも一部仮想通貨なんです」

 山上は鼻を鳴らした。
「……“なんか匂う”な。ゲーム会社にしちゃ、妙な外貨の流れだ」
 「はい。正直、名前だけゲーム会社で、別の活動をしてる可能性もあります。輸出入の品目も“ソフトウェア技術支援”って名目で、ごまかしが効く分野ですし」
「……かなり臭いな…」

 山上は顎に手をやって目を細めた。
「――ファントムリングと、つながってるかもしれねぇな。 まったく、また厄介な話になりそうだ」
 「レポート、途中までですが、明日までに精査版お渡しします」
「ああ、頼む」

 モニターの光の中、山上の視線はどこか遠くを見ていた。

 その奥では、ネウロリンク社のビルの会議室で出会った“あの女”の目が、いまも冷たく笑っている気がしていた――

第二話 課長室

「山上警部補、課長がお呼びです」
事務担当の女性職員が声をかける。

 山上稔は手元の書類から目を離し、無言で立ち上がった。

「……ああ、また叱られそう」
牧村千夏が向かいの席でぼそっと呟く。

 山上は眉をひそめたまま、無言で拳を握り――
 冗談めかして殴るふりをして牧村に突き出す。

「ひぃっ、冗談ですってば」
牧村が軽く手を挙げて降参ポーズ。

 山上はそのまま書類を放り、課長室のドアをノックもせず開けて入っていった。

「山上です。……なんでしょう?」
 「……お前、またやったな」

 課長の眉間にはすでに深いシワが刻まれている。
 机の上には、何通かの印刷されたメールと電話メモが無造作に置かれていた。

「何を、でしょうか?」
山上は知らぬ顔で聞き返す。

 課長は苛立ったように資料の一枚を突きつける。

「“ネウロリンク”とかいう会社から、正式にクレームが来たんだ。“公安の刑事に、イベントを中止しろと脅された”とさ」
 「……待ってくださいよ。脅してませんよ、俺は」
「向こうが“そう受け取った”んだよ。企業相手にアポなし突撃、情報開示要求。挙げ句“中止しろ”ときたら、十分“圧”だ」
 「ですが、実際にイベント襲撃予告のメールは届いています。脅迫文としての形式も成立している。公安として確認する義務は――」
「“義務”の前に、“手続き”があるんだよ」
 課長が一段と声を低くした。
 「“それらしい予告”なんて、年間に何千件来ると思ってる? それを片っ端から企業に直接伝えたら、どうなる?」
「……混乱が起きるかもしれません。でも、無視して事件になったらどうするんですか?」
 「お前の正義感には、たまに殺意を覚えるよ。何度言ったらわかる。“勝手に動くな”ってな」

 山上は歯を食いしばる。
だが、目の奥はまるで怒られている気配がない。
 逆に何か確信を深めているような、そんな目だった。

「次やったら、お前、対テロ対策室から飛ばすからな。田舎の交番が恋しいか?」
 「……はい。ご忠告、肝に銘じます」

 口では従順に答えたが、山上の目には決意の炎が宿っていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。