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第五章 放課後
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第五章 放課後
第一話 下駄箱前
靴を履き替えようとしていた湊のところに、息を切らした男子が駆けてきた。
「おい、小野! おまえ、白鷺と付き合ってんのか!?」
新庄だった。興奮気味に顔を近づけてくる。
「なんで?」
「駅前で一緒に歩いてたって、5組の山際が言ってたんだよ。土曜日の夕方!」
「ああ、白鷺と映画行ってたから」
「……うそだろ」
ぴたりと新庄の足が止まった。
「映画? って、デートかよ……?」
「うん、映画」
「学年一の美人と?」
「まあ、美人といえば美人だな」
新庄は頭を抱える。
「すごすぎる……抜け目ないにもほどがある」
「いや、高校生なんだから、映画くらい普通に行くだろ」
「いや、普通じゃねぇよ。あんな美人、現実に存在してるのがおかしいんだって」
「美人美人って、意識しすぎ。白鷺は普通の女子高生だよ」
「違うって! あの雰囲気、あの目、あの歩き方……あれはもう、人間の枠超えてる!」
「……それをわざわざ伝えに来たのか?」
「そうだよ! うらやましすぎて!」
「もういい。消えろ」
湊は呆れたように言い捨て、靴を履き替える。
新庄は「マジでいいなあ……」と未練たらしく言いながら、その場を去っていった。
第二話 病室
静かな病室。
機械の点滅がリズムを刻み、消毒液の匂いが薄く漂う。
白いシーツに包まれた少女――由梨は、ベッドの上でまるで人形のように動かず、まぶたひとつぴくりとも揺れない。
しかしその奥では、確かに何かが、生きていた。
──ユリ……ユリ……そこにいるの……?
声が響いた。いや、声ではない。心の奥に直接触れてくるような感覚だった。
由梨はその存在に問いかける。いや、縋るように呼びかけていた。
ここは……夢? それとも……現実?
わからない。
世界は白く、やわらかく、形を持たない。
記憶も曖昧で、感覚もぼやけている。
病室の中にいるはずなのに、どこか遠く、深い水の底に沈んでいるようだった。
ねえ、ユリ……あなたは、私?
その瞬間、ぶわりと景色が変わる。
中学の制服を着た頃とは違う――高校の教室。
知らない制服、知らない顔の生徒たち。
でも、なぜかそこに「わたし」がいる。
女の子たちが話しかけてくる。笑っている。
男の子が隣に座って、名前を呼んでいる。
風に揺れるカーテン。白いチョークの音。
まるで本当にそこに存在しているかのように、鮮明で、温かくて、優しい日常。
映画を観て、ドリンクを片手に笑ってる。
コーヒーの香り。ガラス越しに差し込む夕陽。
誰かの横顔。誰かの言葉。
――これは何?
由梨の意識は、ゆらゆらとその景色を漂う。
まるでスクリーンの外から映画を見ているような不思議な距離感。
あなたは……ユリなの?
わたしの中から生まれた、“何か”なの?
それとも、わたし自身が……ユリ?
返事はない。
けれど確かに「それ」は、そこにいた。
由梨のかわりに笑い、話し、歩き、生きていた。
ベッドの上の少女は、まぶたを閉じたまま。
だがその胸の奥で、得体のしれない“何か”が静かに目を覚ましていた。
第三話 ユリの夢 【お願い】
ユリは、夢を見ていた。
真っ白な世界。
上下も、距離も、光も境界もない、ただの“白”が無限に広がる場所。
その中心に、ひとりの少女が立っていた。
――病室で見たあの少女。
自分と同じ顔をした、動かないはずの彼女が、今は確かに目を開け、こちらを見ていた。
「ユリ、来てくれたの?」
今度は口を動かして、はっきりと声にしていた。
「私は由梨。あなたと同じ名前。あなたと同じ顔」
少女の声は、遠くて近い。
水の中を伝うような、胸の奥に直接届くような、そんな声だった。
「あなたは……何? 誰なの?」
「私は由梨」
再び、同じ言葉。
「あなたにお願いがあるの。あの男を――捜して」
ユリの胸の奥が、ぞわりと揺れる。
不意に、深い井戸の底を覗き込んだような感覚。
「……あの男? 誰なの、それ?」
「……あの男よ。あなたも、わたしも、憎むべき悪魔。
「あいつを捜して、そして……殺して」
「殺す……? どうして……?」
「どうして? そんなこと、あなたが一番よく知ってるはずよ」
「……わからない。何も……思い出せないの」
由梨の瞳が、ほんの少し揺れたように見えた。
「……どうしてなの? あなたはそのために生まれたのよ」
「そのため……?」
「そう。そんな“普通の女子高生”の生活をするためじゃない。
笑って、話して、制服を着て――そんなの、わたしたちには許されない」
「……でも、本当は……普通の生活がしたかったんじゃないの? あなたは」
沈黙。
白い世界の奥が、じわりと滲んだ。
ユリの脳裏に、ふと浮かんだのは――湊の笑顔だった。
軽口を叩いて、映画に誘ってきたときの、あの無防備な笑顔。
「……違う。違うのよ。
あの男が生きている限り、私は死ねない。
あなたも、生まれた意味を失う」
「じゃあ……その男って、誰なの? 教えて」
「……あの男は、あの男よ」
「だから、誰なの?」
「……あの……男……」
由梨の口元が、まるで消えるように閉じていく。
ユリが声をかけようとした瞬間、世界がふわりと傾いた。
白が揺れる。
輪郭がほどけ、景色が音もなく崩れ落ちる。
夢が、消えていった。
第一話 下駄箱前
靴を履き替えようとしていた湊のところに、息を切らした男子が駆けてきた。
「おい、小野! おまえ、白鷺と付き合ってんのか!?」
新庄だった。興奮気味に顔を近づけてくる。
「なんで?」
「駅前で一緒に歩いてたって、5組の山際が言ってたんだよ。土曜日の夕方!」
「ああ、白鷺と映画行ってたから」
「……うそだろ」
ぴたりと新庄の足が止まった。
「映画? って、デートかよ……?」
「うん、映画」
「学年一の美人と?」
「まあ、美人といえば美人だな」
新庄は頭を抱える。
「すごすぎる……抜け目ないにもほどがある」
「いや、高校生なんだから、映画くらい普通に行くだろ」
「いや、普通じゃねぇよ。あんな美人、現実に存在してるのがおかしいんだって」
「美人美人って、意識しすぎ。白鷺は普通の女子高生だよ」
「違うって! あの雰囲気、あの目、あの歩き方……あれはもう、人間の枠超えてる!」
「……それをわざわざ伝えに来たのか?」
「そうだよ! うらやましすぎて!」
「もういい。消えろ」
湊は呆れたように言い捨て、靴を履き替える。
新庄は「マジでいいなあ……」と未練たらしく言いながら、その場を去っていった。
第二話 病室
静かな病室。
機械の点滅がリズムを刻み、消毒液の匂いが薄く漂う。
白いシーツに包まれた少女――由梨は、ベッドの上でまるで人形のように動かず、まぶたひとつぴくりとも揺れない。
しかしその奥では、確かに何かが、生きていた。
──ユリ……ユリ……そこにいるの……?
声が響いた。いや、声ではない。心の奥に直接触れてくるような感覚だった。
由梨はその存在に問いかける。いや、縋るように呼びかけていた。
ここは……夢? それとも……現実?
わからない。
世界は白く、やわらかく、形を持たない。
記憶も曖昧で、感覚もぼやけている。
病室の中にいるはずなのに、どこか遠く、深い水の底に沈んでいるようだった。
ねえ、ユリ……あなたは、私?
その瞬間、ぶわりと景色が変わる。
中学の制服を着た頃とは違う――高校の教室。
知らない制服、知らない顔の生徒たち。
でも、なぜかそこに「わたし」がいる。
女の子たちが話しかけてくる。笑っている。
男の子が隣に座って、名前を呼んでいる。
風に揺れるカーテン。白いチョークの音。
まるで本当にそこに存在しているかのように、鮮明で、温かくて、優しい日常。
映画を観て、ドリンクを片手に笑ってる。
コーヒーの香り。ガラス越しに差し込む夕陽。
誰かの横顔。誰かの言葉。
――これは何?
由梨の意識は、ゆらゆらとその景色を漂う。
まるでスクリーンの外から映画を見ているような不思議な距離感。
あなたは……ユリなの?
わたしの中から生まれた、“何か”なの?
それとも、わたし自身が……ユリ?
返事はない。
けれど確かに「それ」は、そこにいた。
由梨のかわりに笑い、話し、歩き、生きていた。
ベッドの上の少女は、まぶたを閉じたまま。
だがその胸の奥で、得体のしれない“何か”が静かに目を覚ましていた。
第三話 ユリの夢 【お願い】
ユリは、夢を見ていた。
真っ白な世界。
上下も、距離も、光も境界もない、ただの“白”が無限に広がる場所。
その中心に、ひとりの少女が立っていた。
――病室で見たあの少女。
自分と同じ顔をした、動かないはずの彼女が、今は確かに目を開け、こちらを見ていた。
「ユリ、来てくれたの?」
今度は口を動かして、はっきりと声にしていた。
「私は由梨。あなたと同じ名前。あなたと同じ顔」
少女の声は、遠くて近い。
水の中を伝うような、胸の奥に直接届くような、そんな声だった。
「あなたは……何? 誰なの?」
「私は由梨」
再び、同じ言葉。
「あなたにお願いがあるの。あの男を――捜して」
ユリの胸の奥が、ぞわりと揺れる。
不意に、深い井戸の底を覗き込んだような感覚。
「……あの男? 誰なの、それ?」
「……あの男よ。あなたも、わたしも、憎むべき悪魔。
「あいつを捜して、そして……殺して」
「殺す……? どうして……?」
「どうして? そんなこと、あなたが一番よく知ってるはずよ」
「……わからない。何も……思い出せないの」
由梨の瞳が、ほんの少し揺れたように見えた。
「……どうしてなの? あなたはそのために生まれたのよ」
「そのため……?」
「そう。そんな“普通の女子高生”の生活をするためじゃない。
笑って、話して、制服を着て――そんなの、わたしたちには許されない」
「……でも、本当は……普通の生活がしたかったんじゃないの? あなたは」
沈黙。
白い世界の奥が、じわりと滲んだ。
ユリの脳裏に、ふと浮かんだのは――湊の笑顔だった。
軽口を叩いて、映画に誘ってきたときの、あの無防備な笑顔。
「……違う。違うのよ。
あの男が生きている限り、私は死ねない。
あなたも、生まれた意味を失う」
「じゃあ……その男って、誰なの? 教えて」
「……あの男は、あの男よ」
「だから、誰なの?」
「……あの……男……」
由梨の口元が、まるで消えるように閉じていく。
ユリが声をかけようとした瞬間、世界がふわりと傾いた。
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輪郭がほどけ、景色が音もなく崩れ落ちる。
夢が、消えていった。
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