複製の女王蜂 ”白鷺ユリ” ーどっぺるげんがあぁ前日譚ー

陵月夜白(りょうづきやしろ)

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第十六章 異変

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第十六章 異変

第一話 違和感

 休み時間。
新庄が水城の机に肘をつくようにして、低く身体を寄せてきた。

「昨日は、悪かった。部活、抜けられなくてさ」

「……ああ」
「で、白鷺、また尾行したんだろ? 昨日も」

「……ああ」
「で? なにか掴んだ? 尻尾、見えたか?」

「……ああ」
三度目の曖昧な返答に、新庄の眉がわずかに寄る。

「……おい、水城。 お前、大丈夫かよ。さっきから“ああ”しか言ってねぇぞ」
「……うん、ごめん。…ちょっと……疲れてるだけ」

 声がどこか虚ろだった。
焦点の合わない目と、間延びした返事。
まるで、水城の中身だけがどこかへ抜け落ちているようだった。

「白鷺と何か、あったのか?」
「いや……別に。話したわけじゃない」
「……なんだよ、それ。変だぞ。まあいい、今日オレ部活ねぇし、あとで付き合うから」

「……うん」
新庄は首をすくめ、まだ腑に落ちないという顔で教室を出ていった。
水城はゆっくりとポケットからスマホを取り出す。

 画面には、たった一件の通知。短い、けれど決して見逃せない文字列が浮かんでいる。

(ユリ様)
『しばらく、おとなしくしてなさい。必要な時に指示する』

 ただそれだけの文面。
けれど水城は、画面をまるで祈るように何度も指でなぞった。
「……おとなしく、していればいいんだよな」
そう呟くと、不思議なほどに胸が静まった。

 それは自分の感情というより、誰かの“支配”にすがることで得られる擬似的な安心だった。
ふと、指先に違和感が走る。
皮膚の下で何かがずれているような――他人の身体に入ってしまったような不協和。

拳を握る。
開く。
また、握る。
自分がどんなふうに笑っていたか、ふいに思い出せなくなった。

 それでも唇がわずかに吊り上がる。
笑おうとしたのか。
それとも、笑わされていたのか。
わからない。
 その微笑は、ひびの入った鏡の中で誰かが模倣した「感情」のようだった。
歪んで、冷たくて、どこまでも静かで、不気味だった。

 第二話 冷たい支配者

 洋館の静かなリビング。
シャンデリアの灯りが、赤黒く染まった床をぼんやり照らしていた。

 ユリは革張りの椅子に座っていた。
その隣に、見知らぬ男が立っている。
業務用の黒エプロンには、まだ滴る鮮血が付着していた。

 その足元には、太った中年男の死体が転がっている。
ユリの“父親”として住民登録されていた、あの汚れた男。
もう、二度と動くことはない。

 男は淡々と作業を終えたところだった。
血液は丁寧に濾され、濃紅色のワインボトルに詰められている。
並んだ5本のガラス瓶が、部屋の空気に異様な艶を放っていた。
ユリはそれらを見て、口元だけで笑った。

「マズい血だけど……保険にとっておくわ」
男はうやうやしく頷いた。
すでに“複製”として彼女に従属している存在――
学校の購買部に出入りする業者だった面影は、もはや薄い。

「この死体、片付けといて」
ユリが言うと、男は無言で頷き、
太った男の足首を掴んで引きずっていった。
肉の塊が床をこすり、じゅるり、と音を立てる。

「あなたは、AB型でしょ?」
「はい、ユリ様」
「……大事にしてあげないとね」
「ありがとうございます」
そのやりとりは、命のやりとりとは思えないほど静かだった。
まるで、カフェで砂糖の量を確認するような軽さで。
ユリはその光景を、冷えきった瞳で見送った。

 感情は、もうとうに捨てた。
今のユリには、あるのは秩序だけだった。
彼女の“秩序”とは、選別と吸収、そして支配――
世界が彼女の“器”になる準備が、いま静かに進んでいた。
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