社畜の異世界再出発

U65

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第47話 友達の定義

「うおおおおっ!?なんだこれ!?風呂が!風呂が……っ!!」

今、俺は全力でびっくりしていた。
目の前にあるのは、まるで池みたいなサイズのバスタブ。白い大理石の縁取りに、香る湯気、そしてお湯には花びらがぷかぷか浮いてる。しかも何か、いい匂いするし!

「まさか……これが貴族の風呂……っ!」

脱衣所にいたメイドさんが「どうぞごゆっくり」と微笑んだときは、「あっ、はい」なんて平静を装ったけど――

(やばい!心の準備まったくできてない!)

そもそも、こんな豪華なお風呂なんて生まれて……いや、転生してから初めてだ。っていうか――

(……この世界でお風呂に入るの自体、初めてじゃない!?)

川で体を流したり、桶でお湯をかぶったりはしてきたけど、こうして浴槽に浸かるなんて経験、いまだかつてなかった。それがいきなりコレ。広い、大理石、花びら、香りつき――なにこのスペシャルバスタイム。

でも、もう入るしかない。気合いを入れて、そっとお湯に足を入れると――

「あっっっっっっっっっっっっっっったか……っ!!」

湯がやわらかい!肌がとろける!温泉か!?ここは温泉なのか!?

前世でも風呂好きだった俺、ちょっとテンションが限界突破する。

「……っふああ~~……これはもう……天国……」

肩まで湯につかりながら、ふーっと息を吐く。

さっきまでこわばっていた筋肉が、湯の中でじわじわとほぐれていく。ふぅ……なんだこれ、天国かも。

(いや、これは油断したら寝るな……)

壁には花模様のタイルが敷き詰められ、天井にはシャンデリアまで吊られている。

「風呂にシャンデリアて……なにこのオシャレ空間」

庶民出身の俺、もう完全に情報量にキャパオーバーである。あっちでは花の香り、こっちではキャンドルが揺れてる。なんかの映画セットかここ。

(あー……でも、ありがてぇ……)

気づけば、思い出し笑いが漏れていた。今日一日の出来事、そしてあの食卓でのやりとり――全部が、なんだか夢みたいで。

雷の王子?小さな英雄?誰のことですかって感じだ。現実の俺はというと、貴族のお風呂にびびって「ふおおぉ……」って声漏らしてる、ただの庶民の少年である。

「……まあ、たまにはこんな日があってもいいか」

そうして俺は、存分にお湯を堪能し、ぬくぬくの体で脱衣所に戻った。


「うおおおおおお……なんだこのパジャマ……ふっかふか……」

部屋に戻った俺は、またしても感動していた。用意されていたのは、やわらかな綿と絹が混ざったような感触のパジャマ。ふわっと肌に馴染んで、着心地が異常にいい。

「しかも部屋まで豪華かよ……」

広い。ふかふかのベッドがどーんとあって、窓辺には月明かりが差し込むレースカーテン。テーブルの上には、夜食のお菓子と温かいハーブティーまで用意されてる。

(……いや、これ完全に貴族様のおやすみセットだろ)

ベッドにバフっと倒れ込みながら、思わず笑ってしまう。体が勝手に沈み込むほどの弾力。寝落ち確定案件。

(でも……ほんとに、夢みたいだな)

ちょっと前まで、村で訓練したり、自警団について見回りに出たりしてた俺が――
今は、貴族の館のふかふかベッドに沈み込んでるだなんて。

……いや、どう考えても状況の落差が激しすぎない!?

そう思いながらまどろんでいると――

――コツ、コツ、コツ。

軽やかなノック音が聞こえた。

「ユーリくん、起きてるかしら?」

エリナの声だった。

「えっ、あ、うん! 起きてるよ!」

慌ててベッドから飛び起き、上着を直す。夜に呼ばれるなんて、何かあったのか?

「ちょっと、お話したいことがあって……少しだけ、いいかしら」

扉の外からそう聞こえてきて、俺はすぐさま返事をした。

「うん、大丈夫だよ!」

戸が静かに開くと、エリナが落ち着いた雰囲気で立っていた。

「……遅くにごめんなさい。眠たかった?」

「ううん、全然平気だよ。ちょうどさっきお風呂入って、すっかりくつろいでたとこだったし」

「ふふっ、よかった」

エリナが笑う。月明かりが、彼女の髪を優しく照らしていた。

「じゃあ、少しだけ……中で話しても?」

「ど、どうぞっ!」

俺が慌てて椅子を引くと、エリナが静かに腰を下ろした。目が合うと、どこかほんの少し、真剣な雰囲気も混じっているようで。

「そうだ、明日ちょっとだけお屋敷を案内しようと思ってるの。ミルラも一緒にね。きっと楽しいわよ」

「えっ、ほんとにいいの?」

「ええ。……その前にってわけじゃないけど、ユーリくんに、少しだけ聞きたいことがあるの」

――そう言って、エリナは少しだけ視線を落とした。

「ねえ、ユーリくん」

「ん?」

「友達って、どんな感じなの?」

突然の質問に、俺は少しだけ目を瞬かせる。

「友達……?」

「うん。今日のミルラを見てたら、すごく楽しそうで……ユーリくんと一緒だと、あんな顔するんだなって思ったの」

エリナの声は、どこか不思議そうで、でも少しだけ切なげで。

「でも、私……その、友達って、どう接するのが正しいのか、よくわからなくて」

ああ――きっと、そういう環境だったんだろうな。

相手との距離や、言葉遣いや、立場とか……それを一歩間違えれば、大人たちが勝手にざわつく世界。そんなところで育ったのなら、友達って単語も、重く聞こえてしまうのかもしれない。

「正しいとか、そういうのは別にないよ」

俺はふっと笑って、ソファの背にもたれた。

「一緒にいて楽しいとか、気楽に話せるとか。そういうのが友達なんじゃない?」

「……ふふっ。簡単に言ってくれるのね」

「簡単でしょ。僕、今日ミルラちゃんといっぱい遊んだけど、すっごい楽しかったし」

そう言うと、エリナは小さく目を見開いて、少しだけ微笑んだ。

「……羨ましいわ。私も、そんなふうに誰かと笑い合える時間が欲しかったな」

「……僕からひとつ、言ってもいい?」

そう言って、俺はエリナに目を向けた。

エリナは少し驚いたように瞬きをして、すぐに静かに頷いた。

「……ええ、なに?」

その表情には、ほんの少しの緊張と、どこか期待するような色が浮かんでいた。
きっと本人は隠しているつもりなんだろうけど、瞳がちゃんと答えを待ってる。

俺はふっと笑って、まっすぐに言葉を紡いだ。

「僕は、エリナのこと――友達だと思ってるよ」

その瞬間、エリナの目がぱちくりと大きく見開かれた。
そして、ほんの一拍遅れて、ぽっと顔が赤くなっていく。

「えっ……」

ぽつりと漏れたその声は、驚きと、それから――何か嬉しそうな震えを帯びていた。

「……ほんとに?そんなふうに、思ってくれてるの?」

「うん。今日、ミルラちゃんともいっぱい遊んで楽しかったけど……エリナと一緒に過ごせたのも、僕にとってはすごく楽しかった。だからね」

俺は少しだけ肩をすくめて、笑いながら言葉を続けた。

「僕にとって、エリナは友達なのさ」

エリナは少し俯いたまま、そっと目を細めた。
その頬には、ほんのりと赤みが差している。

「……ありがとう、ユーリくん。なんだか……うまく言えないけど、すごく嬉しい」

そう呟くエリナの声は、かすかに震えていて――でも、その目は、さっきまでよりずっと明るく見えた。

冗談っぽく肩をすくめてみせると、エリナはぷいっと顔を背けながらも、唇の端が緩んでいた。

「……ふふ、ありがと。ね、ユーリくん。やっぱり、あなたってちょっとだけ、王子様みたいよ」

「僕が?」

「うん。ミルラが言ってたの、なんか納得しちゃった」

嬉しそうに笑うエリナを見て、俺はちょっとだけ照れながらも「それ、褒めてる?」と返す。すると彼女は「褒めてるわよ」と楽しそうに笑い返した。

そして、立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ戻るわね。……今日は、ありがとう」

「うん。こっちこそ、ありがとね」

静かに戸を閉めてエリナが去っていくと、部屋の中にほんのり温かい空気が残った。

俺はベッドの上に体を預けながら、ふっと息を吐いた。

(……そっか。エリナにとって、友達ってのも簡単じゃないんだな)

貴族の友達って、ただ気が合えばいいってもんじゃないんだろう。家の立場とか、噂とか、いろんなものが絡んでくる。

でもそれでも――

(ちゃんと、俺をそういう相手として見てくれてたんだよな)

そう思うと、ほんの少し胸が温かくなる。

そして――

「……明日は、どんな話ができるかな」

そう小さく呟いて、俺は目を閉じた。
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