社畜の異世界再出発

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第49話 魔法への扉

先ほどの魔法を終えたエリナは、そっと杖を下ろし、息を整えていた。汗ひとつかいていないように見えるが、魔法を使うには集中力がいるんだろう。静かな達成感に満ちた表情だった。

「すごかったよ、エリナ。ほんとに火がぐるぐるって……!」

「ふふ、ありがと。ちょっとずつだけど、形も安定してきたの。昨日までは、あんなに綺麗な円にならなかったのよ」

「えっ、あれでちょっとずつなの?」

「まだまだ。セルジュ先生からすれば、未熟そのものよね?」

そう言って、エリナはくるりと振り返り、セルジュに目を向ける。

「――ふむ。確かに、細部に甘さはございます。輪の回転にややばらつきが見え、火花の散り方も不均一……ですが、それでも以前に比べれば、格段に安定しておりますな」

「でしょ?ほら、ユーリくん、今の褒めてたよね?」

「いや、なんか途中でダメ出しも入ってたような……」

「気のせいよ!」

エリナがそう断言すると、セルジュが小さく肩をすくめて微笑んだ。

「お嬢様は、吸収が早い。ご自身では未熟とおっしゃるが、これほどの制御をこの年齢で会得しておられるのは、まさに才覚の賜物です」

「先生、それ……ちゃんと褒めてくれてる?」

「もちろんでございますとも」

たしかに、それはセルジュの真っすぐな誉め言葉だった。エリナもその真意を汲み取ったのか、目元をほころばせていた。

「ねえ、先生。もうひとつ、やってもいい?」

「……フレイムレイでございますか。中級魔法に手を出すには、相応の集中と制御が求められますが……」

セルジュがわずかに目を細める。

(中級魔法……?)

思わず心の中でつぶやく。魔法の段階なんてよく知らなかったけど、そんなふうに分類されてるんだ……。さっきのより難しいってことだよな、きっと。

「ええ。昨日は失敗しちゃったけど……今日は、いける気がするの」

「――承知いたしました。ただし、全力は避けること。小規模での再現をお願いします」

「もちろんよ」

再びエリナが杖を構える。今度は、さっきよりも少しだけ鋭い気配が広がった。

杖の先端に宿った炎は、槍のように細く、伸びていく。

「――フレイムレイ!」

一直線に放たれた炎の矢が、練習場の標的に命中。カシャン、と軽い音がして、魔力でできた仮想標的が揺れる。

その瞬間、ふっと風が収まり、空気が静まった。

「……見事な命中です」

セルジュがうなずいた。いつもの厳格な口調のままだが、その声音には確かに誇らしさが滲んでいた。

「やった!」

エリナがこちらを向いて、ぱっと笑顔になる。その笑顔があまりにも嬉しそうで、こっちまでつられて笑ってしまう。

「エリナ、ほんとにすごいよ。さっきの、ちゃんと真っすぐ飛んでたし、しかもあんなに遠くまで」

「でしょっ?」

どこか得意げに胸を張るエリナ。その表情があまりに子どもらしくて、ちょっと安心した。

(さっきまでの魔法使いの顔とのギャップが……ちょっと和むな)

そんな俺の心の中を読んだかのように、セルジュが静かに口を開く。

「魔法というものは、才のみで扱えるものではありません。制御、集中、鍛錬、そして精神の安定が伴ってこそ。エリナ様がここまで伸びられたのは、それらを怠らなかったからに他なりません」

「ええ、ちゃんとお勉強も、練習も頑張ったのよ」

エリナがふふんと得意げに言う。

セルジュは一歩進み出ると、穏やかに、だがはっきりと口を開いた。

「――本日の成果をもって、エリナ様は、正式に中級魔法使いと呼ぶに相応しいでしょう」

「ほんとに!?」

エリナの目がぱっと輝いた。

セルジュは静かにうなずきながら言葉を続けた。

「小規模とはいえ、制御は完璧でした。おそらく、今の状態であれば――全力であっても、問題はないでしょう」

(……あれの全力って、どんな感じになるんだ?まさか、本物のレーザーみたいにビームがドーンって飛ぶやつ……?)

一瞬、エリナの杖から超巨大な光線が飛び出して、山ごと吹き飛ばす光景が脳内再生されて、思わずゾクッとした。

「ですが、これはあくまで通過点にすぎません。ここがスタートラインです。中級の門をくぐったからこそ、今後はより厳しく、繊細な鍛錬が必要になります」

「……はいっ!」

エリナは真剣な表情でうなずいた。その横顔は、お姫様っぽさとは違って、背筋を伸ばした魔法使いのそれだった。

その時、ふと――心の奥に、小さな疑問が生まれた。

(……俺にも、こんなふうに魔法って、使えるのかな)

エリナのように、杖を構えて、火の魔法を操る。もし俺にも魔法が使えたら、風や水だって……なんて、つい欲張っちゃうけど。

そんな光景が、ふと頭の中に浮かぶ。

だけど、俺には魔法の知識も訓練も、何もない。前世じゃもちろんファンタジーなんて夢のまた夢だったし、生まれ変わっても、まだ何も始めてない。

それでも、あんなふうに魔法を使えたら――

「……セルジュ先生」

自分でも驚くほど、静かな声が出た。

セルジュがゆっくりと俺に目を向ける。

「なんでございましょう、ユーリ様」

彼の視線は、穏やかで、しかし鋭さも宿している。少しだけ、喉がごくんと鳴った。

「僕に……魔法の資質って、ありますか?」

それは、ずっと心の奥にあった、小さな願いだった。

セルジュは少し驚いたように目を見開き――そして、すぐに真剣な表情に戻った。

「……ふむ」

その場で、目を閉じて考え込むように腕を組むセルジュ。隣のエリナが驚いたように俺を見ていた。

「ユーリくん……魔法、やってみたいの?」

「う、うん……ちょっとだけ」

言ってみて、なんだか恥ずかしくなってきた。でも、ここで引っ込めたらもったいない。

セルジュは静かにうなずき、一歩、俺に近づいてくる。

「では、少しだけ確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「えっ、い、今ここで?」

「ええ。簡単な診断でございます。魔力の流れを見るだけのものですので、身体に害はありません。少々、手をお借りします」

「わ、わかりました……!」

緊張しながら、そっと手を差し出すと、セルジュがその手を両手で包み込むように触れた。

途端に、指先から温かな感覚が広がってくる。

(うわ、なんか……変な感じ。くすぐったいような、体の奥がくるくるするような……)

「…………」

セルジュは目を閉じたまま、長い時間をかけているように感じた。いや、たぶんほんの数秒なのに。

やがて――彼がそっと目を開けた。

「……なるほど」

「ど、どうですか!?」

思わず前のめりになる俺に、セルジュは静かに、しかしはっきりと答えた。

「……ユーリ様。あなたには――確かに、魔力がございます」

「……えっ」

「しかも、ごく自然な状態で、魔力が内に留まっている。訓練を受けていない者で、ここまで澄んだ魔力を保っている方は……正直、私は見たことがございません」

思わず息を飲んだ。

「ほ、ほんとに?じゃあ、僕……!」

「魔法の資質、ございます。むしろ、かなりのものと断言してよいかと」

その言葉に、思わず膝から力が抜けそうになる。

(……俺、魔法、使えるんだ……!)

すると――

「……ふふっ。やっぱりね」

隣で、エリナがにっこりと笑っていた。

「最初から、なんかそんな気がしてたの。ユーリくんって、普通じゃないもの」

「ふ、普通じゃないって」

「……噂は聞いてたけど、昨日でわかったのよ。ユーリくんって、やっぱり普通じゃないって。……いい意味で、ね?」

「そ、それは……」

前世の記憶があるとは言えず、思わず目をそらす。

そんなやり取りを、セルジュは静かに見守っていた。

「――ただし。才能はあくまで、芽にすぎません。育てるには、正しい水と土が必要です」

「……はい!」

「もしも、魔法を学びたいというのであれば――私が、導くこともできます」

「えっ……ほ、ほんとに!?」

ぱっと顔が明るくなる。

「ええ。もちろん、エリナ様の許可があれば……ですが」

「うん……もちろんいいわよ。……だって、ユーリくんは、友達……でしょ?」

エリナの声がほんの少しだけ小さくなって、視線が揺れた。

(……友達、か。なんか……エリナに言われると、すっごく嬉しいな)

不思議と胸の奥が温かくなる。たった一言なのに、こんなにも心に残るなんて。

「じゃあ、今度からは、ユーリくんも一緒に練習できるのね」

「う、うん!がんばるよ!」

魔法――その夢が、少しだけ現実に近づいた気がした。

さっきまでの魔法の光景が、まだ目に焼きついている。

俺も、魔法が使えるなら――剣だけじゃなく、魔法だって極めてみたい。そんな気持ちが、自然と湧いてきた。

いつか、俺も、あんな魔法を――

(……いや、それ以上を目指してやる!)

……まさか、自分にも魔法の資質があるなんて。

嬉しい。素直にそう思った。しかもかなりのものなんて言われたら、そりゃあもう、やる気も出るってもんだ!

剣も魔法も、どっちも極めてやる。
ワクワクが止まらない。
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