リトルブランク

ざらべ

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矛盾①

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 真野の学校はこの近辺では珍しい有名な全寮制で、学校から歩いて10分ほどのところに大きな下宿所がある。大体が2人部屋で、風呂と台所は全員で共同、トイレは各部屋についている。
 地方から来ている生徒がほとんど使っていて、真野もその一人であった。沖縄や北海道など遠路遥々東京の学校へ赴いている生徒がいるなか、真野は新潟に実家があった。
 一方相沢は、学校から自転車で30分ほどのところに自宅があり、真野とは違って悠々自適な生活を送っていた。真野はしょっちゅう相沢の家へお邪魔しているが、近くにはコンビニやスーパーマーケットがあって、おまけにマンションのロビーにはフカフカのソファがあって、ホテルみたいに綺麗だと、初めて行ったときは感動した。
 隣町まで行かないとコンビニがないアパート暮らしの真野とは比べ物にならなかった。

「それで? 昨日瀬古は帰ってきたんだろ?」

 昨日の出来事を一通り相沢に話し終えると、相沢は顎を突き出して瀬古を指した。真野は瀬古をチラリと見て、眉をひそめてかぶりを振った。

「それが帰ってこなかったんだよ。不審に思っていたけど、先生も特に何も言ってこなかったし」
「はっ? まじで?」

 真野は再び瀬古を見た。
 正門で瀬古と別れた後、彼はあのまま寮には戻ってこなかった。点呼の時間になっても帰ってこないものだから、まさか部屋を間違えたのではと思い、先生に確認したが、結局どこにいるのかわからないまま朝になった。
 そうして学校に来てみたらやっぱりいなくて、ずっと気がかりで仕方がなかった。
 まあ、結局彼は2時間目の途中で遅れて来たけど。寝不足なのか、授業中はずっと腕を組みながら背凭れに寄りかかって眠っていた。
 真野は意外にも瀬古の様子を心配していた。
 何となく気になってなかなか寝付けなかったし、部屋の前をウロウロしてみたり、瀬古が迷っていないか宿の中を適当に探してみた。
 なぜ自分がこんなにも瀬古を心配しているのか、「関わってくるな」と冷たく言ったことを後悔しているからか、もしくはただ単にルームメイトとして心配しているだけなのか、皆目わからなかった。
 だから本当は今日、瀬古に一体昨夜は何をしていたのか聞きに行きたかった。けど自分から「関わるな」と大口を叩いた手前、わざわざそのために話しかけにいくことはできなかった。

「まあでもさ、同部屋だって聞いた時はどうなるかと思ったけど、その感じじゃ大丈夫そうじゃん。このまま全然帰ってこないなら、むしろ好都合じゃん。顔合わせなくて済むし」
「まあな」
「……てか、俺はさ、そんなはっきりと瀬古に対して物言える真野が凄いと思うわ」
「あー……。まあ何故かあの時は言えたな」
「えーすごいな、それ。多分この教室じゃ誰も奴にそんなこと言えねえぞ」

 今となってはなぜ彼にそんな酷いことを言えたのかも自分自身謎だった。きっとあの時は奴にイライラしすぎて、後先考える余裕はなかったのだと思う。相手はいざとなれば人を半殺しにできるだけの度胸と、クレイジーさを持っているのに、我ながらすごいと思う。
 そう思う反面、真野は初対面相手にさすがに言い過ぎたのでは、と胸に不安が漂っていた。
 相沢は、真野が憂いているのを見て、笑って肩を叩いてきた。

「落ち込むなって。そんな生ぬるい言葉で瀬古は落ち込んだりしないって。そもそも奴の心に掠りもしてねえよ。それに、失礼なことをしたのは絶対あっちだったし、真野が言ったのは立派な正当防衛だよ。な? そう思わね?」

 相沢はニッと笑って、お弁当に入った唐揚げを頬張った。
 開け放たれた窓によってカーテンが大きく揺れ、風が入ってきた。昼休みの教室は騒がしい。
 男子は中央で各自持ってきた雑誌や漫画を見せびらかし皆で読み漁っているし、女子らは何が楽しいのか、スカートを引っ張り合って相手のパンツが見えたら勝利という意味不明なルールでじゃれていた。廊下では狭いのに鬼ごっこをしている生徒がいて、先生に気付かれてこっぴどく叱られていた。
 真野は窓際にいる瀬古を見た。今日一日で何度彼を見たことだろう。それもこれも、昨日の自分の発言にどうしても引っ掛かりを覚えているからだと思う。
 瀬古は相変わらず机に突っ伏して寝息をたてている。大きく揺れるカーテンで瀬古の姿が見えたり消えたりして、ストレートな髪が風でハラリと揺れていた。
 クラスの皆はやはり瀬古に興味があるのか、とうとう今日彼に話しかけた生徒が何人かいた。しかし、彼の予想以上に不愛想な態度に、気付いたら寄り付く生徒はいなくなっていた。
 真野は心底勿体ないと感じていた。
 だって瀬古ぐらいの顔ならば、女子には間違いなくモテるだろうし、昨日の真野へのウザったい絡み方は、別の生徒にすればきっとすぐに仲良くなれると思う。特にこのクラスで1番陽キャの工藤にすれば。
 真野は大きく息を吸って、言い聞かせるようにして頷いた。

「ハーッ! 確かに相沢の言うとおりだな。たかが俺の言葉一つなんかでアイツがへこたれるわけねえ。だってアイツは俺の言葉なんかとは比べ物にならねえぐらいむごいことをしてここに来たんだもんな」

 相沢は思い切り手を叩いて「そうだよ!!」と言おうと思ったらしいが、まだ咀嚼途中の唐揚げが喉に詰まったらしく、激しく咽始めた。真野は、その様子にびっくりしながらも、相沢の背中を軽くたたきながらティッシュを渡した。

「ゴホッ、ゴホッ、ヴッ! エゴッ! ……悪い。サンキュ」
「落ち着いて喋れよ。きたねえし」
「ケホッ……ああ、そうだな。ウッ。まあ瀬古のことはとにかく多分大丈夫だよ。エホッ。それに、そういう時はビシッと言わないとさ。カホッ……。伝わらないだろうし」

 所々咽ていたせいでそっちに意識が行ってしまい、正直あまり話に集中できなかったが、相沢が言うには多分何とかなるってことだろう。
  相沢は横に置いてあるペットボトルを手に取り口に水を含んだ。
 そして、ようやく落ち着くと、ゆっくりと息を吐いて「このまま何事もないといいな」とぼそりと言い締めた。



 それから2週間、瀬古とは全く口を利かなかった。以前同室だった竹中でさえ顔を合わせれば挨拶くらいはしたけど、瀬古とはそれすらもない。
 まあ自分から関わるなと言ったから当然ではあるけど。
 あの日以来、瀬古の動向を見ると寮に戻ってこない日が何日かあった。そのまま学校に登校して日中ずっと居眠りをしていたり、登校すらしてこない日もあった。そしてある日は夜中に帰ってきて気絶するように眠っていることもあった。
 点呼後の出入りは普通違反だけど、なぜか彼だけは寮母や寮長から黙認されているようで、頻繁に出入りを繰り返していた。こんな時間にどこに行っているのか、真野は至極疑問だったが彼に聞くことはやはりできなかった。
 瀬古が夜中に帰ってくる日は、夢うつつの中で聞こえる2段ベッドをよじ登る音にハッと気付き、よく目を覚ました。
 そういう日は決まってタバコと酒の匂いが彼からした。真野はその匂いが不快で、布団を頭に深くかぶった。
瀬古とはあれで一線を画し、今後もそうなっていくだろうと思っていたが、最近困ったことができた。
そして今ちょうどその状況に陥っている。

「真野くん、瀬古くんがやっぱりまだ図書委員の集会に来ないんだけど……」

 目の前で女子がモゾモゾして俯いている。
 またかよ……と真野はうんざりした。実はここ最近ずっとこんなことが続いている。
 瀬古が図書委員に入ったと聞いたのは相沢からだった。なぜ彼が急遽委員会に入ることになったかは、先生の独断で決めたらしい。この学校をよく知ってもらうためには、まずは委員会に入ることが手っ取り早い方法だと言っていたらしい。
 別に瀬古が委員会に入ることは、俺には関係のないことだし好き勝手やればいいと思う。けど、瀬古に伝えたいことを、俺を介して伝えてくるのは間違っていると思う。
 要は、今俺は瀬古とクラスメートとの間を取り持つ仲介者だ。クラスの奴らからは、何故か同部屋である俺が瀬古に一番近い存在だと思われていた。
 あくまで俺は同じ部屋なのであって、特段仲がいい訳ではないと伝えたが、皆は納得せず、瀬古に言いたいことがあったらまずは俺に言付けてきた。
 転校してきて2週間がたった今も、瀬古の良からぬ噂は立ち消えることなく、むしろ周知間では勝手に既存の事実となっていた。
 そのため、今ではすっかり彼に近づく生徒はいなかった。時々、興味本位で彼に告白をしてくる女子はいたが、瀬古が全く相手にしないため、それすらも今はない。

「ごめん、俺に言われても困るんだよね。その……こういう話はやっぱり同じ委員会の人がするべきだとおも」
「お願い!! 頼れるのが真野くんしかいないの!!」

 この女、この間俺の悪口を陰で言っていたくせに何だよ。どうせこれも芝居だろ。気弱に懇願すればオーケーしてくれると思って利用しているんだ。都合よく使いやがって。
 女は短いスカートで生足を見せながら、長いまつ毛で瞬きを繰り返してこっちを見ていた。
 ふとよく見ると、教室の後ろで女子がこっちをチラチラ見ながら笑っていた。多分こいつの取り巻きだろう。何でもかんでも言う通りになる俺を揶揄っているんだ。
 ムカつくムカつくムカつく……。
 けど、気付けば俺の頭は、自分の意思とは裏腹に頷いていた。
 すると女はすかさず手を握ってきて感謝を示した。

「ありがとう! この間真野くんにお願いした時は断ってきたから、全然使えねえ奴だなって思っていたけど違ったわ。案外優しいのねっ」
「…………」

 所々刺々しい言葉を吐いた女は、それからしばらく真野の手をブンブン振った。
 普段女子からそんなことをされない真野は戸惑いの色を隠せなかった。
 目を泳がせながら、握られた手を握り返すか、握り返さないか、そんなことばかりをしきりに考えていた。その様子を取り巻きたちは陰でクスクス笑って何か話している。
 恥ずかしかった。照れ臭かった。こんなクソ女相手でも手を握られただけでドギマギしているなんてすこぶる恥ずかしい。
 多分今相当耳が赤いんだろうな。だから余計に笑いの的にされるんだ。
 女は手を離した後「じゃあ瀬古くんに伝えといてねっ」とウインクして取り巻きたちのところへ戻っていった。
 その瞬間、じわじわと感じていた後悔が一気に胸へ押し寄せてきた。
 なぜ頷いてしまったのだろう。瀬古にハッキリ言ったときみたいに、あの女にもハッキリ断ればよかった。それで最後に「その性格の悪さ直した方がいいよ。アホ女」って吐いてやりたかった。
 けど、女子と喋り慣れていない真野にとって、それは到底できなかったことだった。
 そもそも、この間断ったときが限界だった。その時はたまたま相沢がそばにいてくれたおかげで代わりに断れたけど、去り際に女から「使えねえ奴」と舌打ちされて、ショックだった。

「はーっ、やっちまった……」
「ただいまーっ、おっ? 暗い顔してどうした?」
 
 ちょうど相沢がトイレから帰ってきて、怪訝な顔でこっちをみた。
 真野は相沢の顔を恨めしく見て、特に何も言わずに深いため息だけを吐いた。あともう少し言い渋っていたら、こいつがまた来てくれて、断れたかもしれないのに。
 瀬古に話しかけるという難題は、真野の胸を暗くさせるばかりだった。
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