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第一章 運命の出会い

義理堅い経営者

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「――酷い……そんな身勝手なやり方が許されていいのでしょうか」

 高級そうな毛皮で編まれた衣服をスマートに着こなした40十代ほどの男『アーク』は、ヤマトの事情を聞くと、拳を強く握り自分のことのようにいきどおっていた。

「仕方ないです。僕が無能なのが悪いのですから」

「なにをおっしゃいますか!? ヤマトさん、あなたは尋常じんじょうならざる先見の明をお持ちだ。なんといっても、我がウルティマ商会が弱小の頃から、うちのアクセサリーを見ただけで近い将来必ず人気が出ると予見され、多額の出資をしてくださったのですから。それが無能だなんて、冗談にしてはたちが悪い」

「大げさですよ。確かに出資はしましたけど、僕の言葉を信じ、赤字覚悟で商品の大量生産と店舗の拡大を判断したのはアーク会長です。僕は大したことはしていません。それに、素敵なアクセサリーが徐々に人気を獲得していると教えてくれたのは、この子たちですし」

「クァッ!」

 ヤマトの肩でピー助が鳴く。
 自信満々に胸を張り「もっと褒めろ」と言っている。
 しかし鳥の言葉が分かるはずもないアークは、首を横へ振った。

「ご謙遜なされないでください。あなたの出資がなければ、我が商会はここまで大きくはなっておりません」

「そこまで言って頂けると嬉しいです。でも、パーティの預金口座へ干渉する権利はもう僕にはありません。そこに今まで投資や取引で得た利益も入っているので、深刻な現金不足なんです」

「そ、そんなっ……では、我が商会がこれまで返礼としてお支払いしてきた配当金も奪われてしまったのですか?」

「はい……本当に失敗したなぁ、パーティの運営を支えるためには、同じ口座に預けておくのが効率的だったから」

「今からでも、ソウルヒートのリーダーに事情を話して、個人で得た分の利益ぐらいは取り返せないでしょうか?」

 アークは自分のことのように悩み、提案してくれるが、ヤマトの脳裏にマキシリオンの邪悪な薄ら笑いが蘇り、首を横へ振った。

「今さら無理なんです。だって何回も説明したのに、彼らはまったく理解していなかったんですから。今さら言ったところで、嘘つき呼ばわりされて追い返されるだけです」

「なんと……恩人が酷い仕打ちを受けているとなれば、我々も穏やかではいられません! ハンターギルドに押し入ってでも、ソウルヒートに報いを受けさせましょう!」

「い、いえ、そんなことしなくて大丈夫ですから! 本当に! 出資していた資金を償還しょうかんさえして頂ければ、当面は生きていけます」

 鼻息荒くまくし立てるアークを慌てて止める。
 本当にすぐにでも行動を起こしそうな勢いだ。
 ヤマトがここへ来た理由は、出資の中断と出資金の償還――返金依頼だった。
 
「本来であれば、商会の都合を一切考えない身勝手な出資打ち切りですが、今のウルティマ商会なら僕の出資がなくなったところで問題ないと判断しました。本当に申し訳ありません」

「意志は固いようですね。分かりました。ヤマトさんに出資頂いてから、当商会の事業規模は急速に拡大し、資産は何倍にもなりました。すぐに会計係に計算させますが、ヤマトさんからの出資金はおそらく、10倍以上の額でお支払いできるかと」

「いえ、元本がんぽんだけで十分ですよ。値上がり益は必要ないですから、会員の方々の給料にでもあててください」

「そんな! それでしたら、一部のみの減資という形で、ヤマトさんはまだ当商会のオーナーを続けて頂きたいです」

「いえ、こちらの勝手な都合ですから、せめてもの罪滅ぼしです」

「ヤマトさん……」

「大丈夫ですよ。元本だけでもかなりの額ですし、それでまた新しいことを始めますから」

 それからアークは、何度もヤマトの申し出を断って無利子の資金援助をするなど提案してきたが、ヤマトは意地でも意見を変えなかった。

「――ヤマトさん、このご恩は一生忘れません。たとえ、オーナーでなくなったとしても、私どもはヤマトさんのためなら無償で働きます」

 義理堅い男だと思った。
 ヤマトは最後にかたい握手を交わすと、清々しい気持ちでウルティマ商会を去る。

 商会を出た後、シーアとランチを済ませたヤマトは、町へ戻る。
 彼女もヤマトの事情を聞いて、「なんて身勝手な! 決して許せません!」と憤慨していた。
 そして、「なにか困ったことがあれば、なんでも相談してくださいね!」と何度も言ってくれたのだ。
 親子そろって義理堅く、ヤマトにとっては彼女たちと知り合えただけで十分満足だった。
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