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序章
アビスの出現
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「――あれ? ラドは?」
さっきまで横にいたはずの双剣使いの姿がない。
シルバもアクアも突然のことに首を傾げる。
「そういや急にいなくなっちまったな」
三人は周囲を見渡すが、彼の姿はどこにもない。
風によって揺らめく木々のさざめきが不穏な気配を感じさせ、静寂が続くにつれ、シルバの表情は次第に険しくなっていく。
やがて、アクアが頬をわずかに引きつらせて声を震わせた。
「まさか、例の……」
「ないとは言えないか」
シルバが神妙な声で答え、ウィルムは顔を強張らせる。
二人がなんのしているのか、用意に想像がついた。
最近、村で頻繁に発生している『竜人失踪事件』だ。
彼らの住む村『ドラチナス』では、竜人の他にも獣人や鬼人、人間も多く入り混じって生活しているが、ここ最近竜人族だけが少しずつ姿を消している。
村にいて突然姿を消す者から、クエストへ出て帰って来なくなった者など、被害者が竜人族であること以外なにも分かっていない。
三人は神妙な面持ちで黙り込み、木々の揺れる音に耳を済ませる。
そのとき、かすかに叫び声が聞こえた。
「っ!?」
三人は身を震わせ武器を構える。
遠方からバタバタと慌ただしい足音も聞こえて来た。
やがて草木を掻き分け、必死な表情のラドが逃げるように走って来た。
「ラド!?」
シルバが叫び、ウィルムは息を呑む。
ラドの左腕が、肘から先を失い、血を垂れ流しているのだ。
そして、逃げ惑うラドの後ろに『異形の怪物』。
地を這うようにうねうねと四足で走る、全長二メートルほどの獣だ。顔は上半分が漆黒の毛で覆われて目すら見えず、よだれを垂れ流している大きな口が禍々しい。
理性のかけらも感じさせず、獲物を求めて狂ったように走るその姿に、ウィルムは戦慄する。
突然の襲来で呆気にとられていたウィルムたちの背後で、ガサガサと音がしたかと思えば、さらに二体の同種が現れた。
「ちぃっ! なんなんだよ、コイツらは!?」
「分からない。兄さんとアクアはラドの救出を優先して!」
「おい待てっ、ウィル!」
「ウィルちゃん!」
静止も聞かず、ウィルムは背後に現れた二体へ走る。
ロングソードを振り上げ、手前の怪物へ斬りかかろうとするも――
――ザシュッ!
「がはっ!」
怪物はその長い腕を無造作に横へ払い、ウィルムを叩き飛ばす。
地面を勢いよくゴロゴロと転がり、近くの木に背を打ち付けて止まった。
ロングソードはたやすく折れ、爪の直撃した右肩は肩当ごと斬り裂かれていた。
ウィルムが激痛に顔を歪めながら立ち上がると、怪物は既に走り寄って来ていた。
口を大きく開け、かじりつかんと急接近する姿が底なしの恐怖を植え付けてくる。
足がすくみ、恐怖に顔を歪ませるウィルム。
「ウィルちゃん! 逃げてっ!」
アクアが矢を放ち、怪物の脇腹へ直撃する。
ダメージがあるようには見えないが、怪物は突然方向転換すると、アクアたちの方へ走り出した。
恐怖から解放されたウィルムは、膝をガクガクと震わせながら、遠ざかる怪物の背を茫然と眺める。
だが状況はさらに悪化する。
怪物は周囲からさらに二体現れ、一体はシルバたちのほうへ、もう一体はウィルムのほうへ体を向けた。
「う、うわぁぁぁっ!」
新たな怪物が前方から迫り、ウィルムは情けなく叫び逃げ出した。
恐慌状態の彼にはもう、仲間の安否など考える余裕もない。
最後に、走りながら背後へ目を向けると、ラドは怪物に押さえつけられ、アクアとシルバはボロボロになりながらも戦い続けていた。
…………………………
その日、謎の怪物『アビス』が辺境の村、ドラチナス周辺に突如出現した。
村のハンターたちには竜人族が多いため、その圧倒的な戦闘能力で難なく討伐できるかに思われたが、アビスたちの鱗は鉱石のように固く、その強靭な爪はミスリル製の防具ですら軽々と引き裂いていった。
それによって多くの戦士が倒れ、食糧すらまともに手に入らなくなり、ドラチナスは壊滅の危機に瀕したのだ。
ウィルムは命からがら逃げ延び、隣国であるエルフの国で保護され、しばらく身を寄せていた。
心身ともに深い傷を負った彼は、長い間エルフの商売を手伝いながら平和に暮らし、1年が経って再びドラチナスへ戻る。
しかしそのときには、村はもう元の原型をとどめていなかった。
先住民だった竜人族の多くはもういない。
アビス襲撃の際にかなりの人数が戦死したようだ。
そのかわり、そこにあったのは活気溢れる町。
多くの民を失い、凶悪な怪物たちと戦い続けながらも、ドラチナスは危機を脱し生活拠点として再び立て直したのだ。
しかし過ぎ去った過去であっても、大切な仲間たちを見捨てて逃げたという事実は決して消えない。
その罪の意識は、ウィルムの心を蝕んでいた。
その日から、ウィルムは剣を握ることをやめたのだった。
さっきまで横にいたはずの双剣使いの姿がない。
シルバもアクアも突然のことに首を傾げる。
「そういや急にいなくなっちまったな」
三人は周囲を見渡すが、彼の姿はどこにもない。
風によって揺らめく木々のさざめきが不穏な気配を感じさせ、静寂が続くにつれ、シルバの表情は次第に険しくなっていく。
やがて、アクアが頬をわずかに引きつらせて声を震わせた。
「まさか、例の……」
「ないとは言えないか」
シルバが神妙な声で答え、ウィルムは顔を強張らせる。
二人がなんのしているのか、用意に想像がついた。
最近、村で頻繁に発生している『竜人失踪事件』だ。
彼らの住む村『ドラチナス』では、竜人の他にも獣人や鬼人、人間も多く入り混じって生活しているが、ここ最近竜人族だけが少しずつ姿を消している。
村にいて突然姿を消す者から、クエストへ出て帰って来なくなった者など、被害者が竜人族であること以外なにも分かっていない。
三人は神妙な面持ちで黙り込み、木々の揺れる音に耳を済ませる。
そのとき、かすかに叫び声が聞こえた。
「っ!?」
三人は身を震わせ武器を構える。
遠方からバタバタと慌ただしい足音も聞こえて来た。
やがて草木を掻き分け、必死な表情のラドが逃げるように走って来た。
「ラド!?」
シルバが叫び、ウィルムは息を呑む。
ラドの左腕が、肘から先を失い、血を垂れ流しているのだ。
そして、逃げ惑うラドの後ろに『異形の怪物』。
地を這うようにうねうねと四足で走る、全長二メートルほどの獣だ。顔は上半分が漆黒の毛で覆われて目すら見えず、よだれを垂れ流している大きな口が禍々しい。
理性のかけらも感じさせず、獲物を求めて狂ったように走るその姿に、ウィルムは戦慄する。
突然の襲来で呆気にとられていたウィルムたちの背後で、ガサガサと音がしたかと思えば、さらに二体の同種が現れた。
「ちぃっ! なんなんだよ、コイツらは!?」
「分からない。兄さんとアクアはラドの救出を優先して!」
「おい待てっ、ウィル!」
「ウィルちゃん!」
静止も聞かず、ウィルムは背後に現れた二体へ走る。
ロングソードを振り上げ、手前の怪物へ斬りかかろうとするも――
――ザシュッ!
「がはっ!」
怪物はその長い腕を無造作に横へ払い、ウィルムを叩き飛ばす。
地面を勢いよくゴロゴロと転がり、近くの木に背を打ち付けて止まった。
ロングソードはたやすく折れ、爪の直撃した右肩は肩当ごと斬り裂かれていた。
ウィルムが激痛に顔を歪めながら立ち上がると、怪物は既に走り寄って来ていた。
口を大きく開け、かじりつかんと急接近する姿が底なしの恐怖を植え付けてくる。
足がすくみ、恐怖に顔を歪ませるウィルム。
「ウィルちゃん! 逃げてっ!」
アクアが矢を放ち、怪物の脇腹へ直撃する。
ダメージがあるようには見えないが、怪物は突然方向転換すると、アクアたちの方へ走り出した。
恐怖から解放されたウィルムは、膝をガクガクと震わせながら、遠ざかる怪物の背を茫然と眺める。
だが状況はさらに悪化する。
怪物は周囲からさらに二体現れ、一体はシルバたちのほうへ、もう一体はウィルムのほうへ体を向けた。
「う、うわぁぁぁっ!」
新たな怪物が前方から迫り、ウィルムは情けなく叫び逃げ出した。
恐慌状態の彼にはもう、仲間の安否など考える余裕もない。
最後に、走りながら背後へ目を向けると、ラドは怪物に押さえつけられ、アクアとシルバはボロボロになりながらも戦い続けていた。
…………………………
その日、謎の怪物『アビス』が辺境の村、ドラチナス周辺に突如出現した。
村のハンターたちには竜人族が多いため、その圧倒的な戦闘能力で難なく討伐できるかに思われたが、アビスたちの鱗は鉱石のように固く、その強靭な爪はミスリル製の防具ですら軽々と引き裂いていった。
それによって多くの戦士が倒れ、食糧すらまともに手に入らなくなり、ドラチナスは壊滅の危機に瀕したのだ。
ウィルムは命からがら逃げ延び、隣国であるエルフの国で保護され、しばらく身を寄せていた。
心身ともに深い傷を負った彼は、長い間エルフの商売を手伝いながら平和に暮らし、1年が経って再びドラチナスへ戻る。
しかしそのときには、村はもう元の原型をとどめていなかった。
先住民だった竜人族の多くはもういない。
アビス襲撃の際にかなりの人数が戦死したようだ。
そのかわり、そこにあったのは活気溢れる町。
多くの民を失い、凶悪な怪物たちと戦い続けながらも、ドラチナスは危機を脱し生活拠点として再び立て直したのだ。
しかし過ぎ去った過去であっても、大切な仲間たちを見捨てて逃げたという事実は決して消えない。
その罪の意識は、ウィルムの心を蝕んでいた。
その日から、ウィルムは剣を握ることをやめたのだった。
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