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第四章 大資本の激突

弾劾

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「――こんばんは」

「……ウィルム?」

 ウィルムは閉店間際のフローラを訪れていた。
 運良く店内にはカエデしかおらず、彼女は商品が並んだケースの前で点検を行っていた。
 いつも通り艶のある綺麗な黒髪でポニーテールを作り、シミ一つない白衣を羽織っている。
 彼女は突然現れたウィルムに、怪訝そうな視線を向ける。
 ウィルムは警戒させないように相好を崩して肩をすくめた。

「夜遅くにごめん。どうしても確かめたいことがあって」

「本当に突然ね。聞いたわよ。あなた、受けたクエストを放置して行方をくらませていたみたいじゃない。どういうつもりなの? そんなことをしていたら、さらに信用を失うことになるわ」

「信用なんて既になかったさ」

 眉を吊り上げるカエデから目を逸らし、ウィルムは悲しげにまつ毛を伏せた。
 その様子に同情したのか、カエデは柔らかい声で問う。
 
「いったいなにがあったの?」

「実は、クエストの途中でまた襲われたんだ」

「え? まさかこの間の?」

「そうだよ。なんとか凌《しの》いだけど、その後アビスに襲われた」

「そう……それはとんだ災難ね。怪我は?」

 カエデは事情を察すると、心配するように瞳を揺らしてウィルムの体を見回した。
 根は優しい女性だ。だからこそ、彼女の本心を知るためにここへ来た。
 ウィルムは首を横へ振る。

「もう大丈夫。実はイノセントの知り合いのところで休んでいたんだ」

「それなら良かったわ」 

 カエデはホッとしたように胸を撫で下ろす。
 すると、ウィルムは顔をわずかに強張らせ、懐から一枚の白い布を取り出す。
 それを見たカエデは首を傾げた。

「それは……うちの白衣ね。どうしてあなたがそれを?」

「残念だ……」

 ウィルムは悲しげに眉尻を下げ呟く。
 わずかな期待は裏切られた。
 心の奥底では、勘違いであってほしいと願っていた。
 ウィルムは大きく息を吸うと、燃え盛る闘志を瞳に宿し、カエデの目を見る。

「これは、アビスの体から見つかったんだ」

「えっ!?」

 カエデは目を大きく見開く。
 まるで驚愕の事実を知ったかのような反応。もしそれが演技なのだとしたら、大した役者だ。
 ウィルムは気を緩めず、問い詰める。

「どういうことなんだ? どうしてフローラの白衣がアビスから見つかる!?」

「し、知らない……」

 カエデは目を見開いたまま頬を歪め、何度も首を横へ振る。
 しかしウィルムは手加減せず、あえて声に怒りを滲ませる。
 彼女が敵かどうかを見極めるために。
 そして、もし敵だった場合、決して容赦はしない。

「そんなわけがないだろう。君だって今着ているじゃないか! それに、この白衣はフローラの店員でも薬品の研究開発をできる一部の薬師しか着れないはずだろ」

「ま、待ってよ! これがフローラの白衣だとしても、無関係な人が勝手に持ち出した可能性もあるでしょ? 私に聞かれても分からないわ!」

「いいや、フローラが無関係とは思えない」

「どうして?」

 カエデは眉を寄せキッと睨みつけてくる。
 理不尽な問い詰めに対し苛立ちを覚えているようだ。
 それとも、核心に迫られて焦り、強硬姿勢をとっているのか……
 ウィルムはあくまで冷静に、淡々と告げる。

「アビスを生み出しているのは、君たちフローラだ」

「な、なにっ、を……」

 カエデは驚愕の表情を浮かべ完全に固まる。
 ウィルムは目を鋭く光らせ、ここぞとばかりに畳みかけた。

「アビスの正体は、ドラチナスの竜人だった」

「そんな……そんなわけ……」

「おかしいと思わないか? 五年前、大量のアビスが出現したけど、その出所は未だに不明。生態も分からない。まるで、誰かが意図的に隠しているみたいだ」

「だ、だからって……」

「今になってみれば分かることだよ。アビス出現の直前、村ではなにが起こっていた?」

「……まさか……」

「そう、竜人失踪だ。そして再び、竜人の新たな失踪が起こり、僕も狙われた。減ってしまったアビスを増やすために」

「そ、そんなのただの推測じゃない!」

 カエデは泣きそうな顔で叫んだ。
 潤んだ瞳は、もうやめてくれと訴えている。
 だがウィルムはまっすぐに彼女を見つめ、容赦なく言い放った。

「君は前に言ったな。商売は誰かを幸せにするものであって、迷惑をかけてでも押し通そうとするのなら、それは間違ったやり方だと。そんなの、まやかしじゃないか!?」

「っ!」

 カエデの顔が歪む。瞳が揺れ肩が震える。
 普段は冷静沈着で穏やかな彼女らしくない。
 ウィルムの心がチクリと痛むが、心を鬼にして彼女の目を見つめ続ける。
 そしてゆっくりと、彼女の心に届くように問いかけた

「君の正義はどこにある?」

「わ、私は……」

 カエデは震える唇を動かし、なにかを言おうとした。
 だが、それは予期せぬ乱入者によって遮られる。
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