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第二章 百鬼夜行・龍の臣

悪鬼襲来

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 雪姫の姿を探すと、彼女は枝垂桜の前で龍二を待っていた。
 縁側に出されていたスリッパを履き、彼女の横に並んで枝垂桜を見上げる。
 すると、舞い散る花びらに混じって妖気を感じた。

「え?」

 龍二が困惑していると、雪姫が告げる。

「ご紹介します。この屋敷を守る最古の妖、『桜千樹さくらせんじゅ』です」

「妖?」

「はい。決して枯れることなく咲き続け、人を惑わしたり、心に安らぎを与えたりと、心に干渉する妖です」

「そういうことだったのか」

 龍二は目を見開き、瞳を揺らしながら呟いた。
 これで謎が解けた。
 この枝垂桜が、ただの一度も枯れなかった理由、それは妖だったからなのだ。
 そして、自分が落ち込んでいるときに、母がここへ連れて来た理由も今ならよく分かる。
 この桜は父がいなくなった後も、母や龍二を支え屋敷を守り、その役目をしっかりと果たしていたのだ。
 龍二は頬を緩ませると、桜千樹の太い幹に手を当て目を閉じる。
 心がなんだか温かくなるようだった。懐かしい感覚だ。

「桜千樹、今までありがとう。これからもよろしく頼むよ」

 ――ドクンッ!
 
 桜千樹の中で、なにかが大きく脈打った。
 それが歓喜の震えなのだと龍二には分かった。  

「龍二様」

 龍二が後ろを振り向くと、着物が汚れるのも構わず雪姫がひざまづき、こうべを垂れていた。

「これより我ら、百鬼夜行・龍の臣は、龍二様をお守りするとここに誓います」

「ありがとう。これからよろしく頼むよ」

 龍二はむずがゆさを感じながらも、朗らかな表情で告げた。

 ――――――――――

 越前にある真夜中の港。
 大きな倉庫の上に佇む二つの異質な影があった。
 一人は、ボロボロな灰色の外套がいとうで全身を覆い、フードまで深々と被って素性を隠した男。
 もう一人は、襦袢じゅばんの上から紺の羽織を着て腕には籠手、下は武者袴、腰には刀を差した侍のような恰好。異質なことに、頭部には三角笠をかぶっている……というより浮いている。首から先がないのだ。
 異形の雰囲気を纏った者たちは、夜風に吹かれながら闇に佇んでいた。

「さて、越前に来たのはいいものの、主殿の求めておられる血の持ち主はどこにいるのやら……どう思う? 首なし殿」

「……」

「やはり分からぬか」

 一人で喋っているのは、外套の男。
 声はしわがれた老人のものだ。
 首のない侍は語り掛けられても微動だにしていない。
 そのとき、下から彼らへと光が当てられた。

「おい、てめぇら! 何者だ!?」

 倉庫の下には、柄の悪い男たちがこちらを睨みつけていた。
 短刀ドスを肩に乗せたオールバックのグラサン男や、頬に刺青のある厳つい男が、アタッシュケースを持ったグレースーツの男を守るように立っている。中には銃を取り出している者もいて、ただの男たちの集会にしてはどうもきな臭い。
 外套の男は腕で光を遮り、やれやれと肩をすくめた。
 おおかた違法な品の取引現場にでも遭遇したのだろう。
 
「ふむ……首なし殿、やはりそなたは目立つようだ」

「……」

 首なしは淀みない動作で腰の刀の柄に手をかけるが、外套の男が止める。

「よい。ここはわしに任されよ」

 そう告げると、倉庫の上からヤクザたちの目の前へ飛び降りた。
 並の人間であれば無事では済まない高度だったが、男は地響きを鳴らし地面を踏み砕いて着地すると、目の前で驚愕の表情を浮かべ後ずさるヤクザたちへ向き直った。

「な、なんだてめぇは……」

「わしは悪鬼組・幹部末席『般若はんにゃ』」

「悪鬼組だぁ? 聞かねぇ組だな。さては、よそから俺らのシマを奪いに来やがったか」

 前に出たリーダー格の男がドスのきいた低い声に怒りを滲ませる。
 すると後ろの男たちが般若を囲むようにと、横へ広がりながらジリジリと歩み寄って来た。
 しかし般若は、怯むことなく淡々と問う。

「そんなことよりも聞きたいことがある。龍の血はどこだ?」

「は? なんだそりゃ? てめぇ、どこに雇われた奴かは知らねぇが、調子乗ってると沈めるぞ!」

 男が凄みのある声で怒鳴ると、ヤクザたちはそれぞれドスや銃を懐から構え、臨戦態勢に入る。
 交渉の余地もないと判断した般若は、ゆっくりと頭のフードを外した。

「――んなっ!?」

 現れたのは、生の鬼の顔だった。
 白い肌の頭部には二本の鋭い角が生え、よく神楽で使われる能面のような憤怒の形相を顔に貼りつけている。吊り上がった口からは真っ赤な口内が覗き禍々しい。
 男たちがその相貌に絶句していると、般若は腰を落とし腕を外套の内側から出して構えをとった。

「ふんっ、ならば問答は無用。ここを通さぬのなら、押し通るまで――縮地しゅくち

 般若が地を蹴った瞬間、その姿を消した。
 数瞬の後に、屍の山が築かれたことは説明するまでもない。
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