9 / 21
本編
第九話 アーニャへと繋がる空
侍従は静かに振り返る。
「はい。何でございましょう」
「うん。アーニャに贈る魔剣に付加する属性だけどね。雷にしようかと思って」
「雷神ペルーンを讃えて、でございますか?」
バルドゥールは満足げに微笑んだ。
侍従の幅広い知識と、また察しのよさをバルドゥールは気に入っている。これがフルトブラントではこうはいかない。
「うん。アーニャによると、水については何らかの加護を得たようだ。人魚の畔とあったから、そこで人魚によるのか、他水の精か、はたまた水神から加護を贈られたのだろう」
「そうですね。そのようにお見受け致します」
「そしてこれから出向く活火山に住まう眠れるドラゴンとは、火の神スヴァローグの化身である可能性が高いのだろう?」
侍従の喉仏がごくりと上下する。
刹那、視線をバルドゥールから外し、自身のつま先を一瞥したかと思うと、侍従は確信に満ちた強い瞳でバルドゥールに向かい合った。
「……愚考にございますが、その可能性は極めて高いかと」
「いや、僕もそう思う。だからきっと、アンナはドラゴンより火の加護を得るだろう。そのために出向くのだろうし」
バルドゥールは顎に手を当て、ふむ、と頷く。
「雷神ペルーンの名をガルボーイ王国国王が代々襲名していることから、おそらく雷神ペルーンの祝福は、先代国王から即位時に引き継がれるのだろう。
「しかしアーニャは王女だ。まったく祝福を受けないということはないだろうが、歴代国王と同等の加護を得られるかどうかは怪しい。それに今現在、アーニャに雷の加護はない」
直立してバルドゥールの言葉を待つ侍従の目を覗き込む。
「どうだろう。僕の推測は間違っているかな?」
「いえ。ご慧眼にございます」
恭しく頭を垂れる侍従に、バルドゥールは嘆息した。
「何言ってるんだ。全部君が導き出した答えだろうに」
侍従はニヤリと口の端を歪める。
「殿下の迷いを断ち、歩まれる道を正すのが、私の役目でございますから」
「まったく。最初からわかっていたのなら、もっと早く教えてほしかったよ」
バルドゥールが肩を竦めて侍従を咎めると、侍従は目を丸くした。
「まさか! そこまで買い被られますな。私とてガルボーイ王国の古代神話と建国伝説をなぞった絵本、それらとアンナ王女殿下の旅が結びついたのは、ごく最近にございます」
「どうだか」
胡乱な視線を寄越すバルドゥールに、侍従はキッと睨み返す。
「何を仰いますか。アンナ王女殿下の足取りこそご教授くださるものの、お手紙の内実についてお知らせくださらなかったのは殿下ではございませんか!」
思わぬ反撃に、バルドゥールはウッと言い淀んだ。
バルドゥールは視線を彷徨わせ、「あー」とか「うー」だとか、意味のない呻き声を漏らす。
バルドゥールは苦し紛れに「だって」と言い訳を始めた。
「愛する女性からの手紙を、他人の君に見せるわけにはいかないだろう。君だって恋人同士の手紙のやり取りに手を出すほど、野暮な男じゃないだろう?」
縋るような目を向けるバルドゥールに、侍従は氷のように冷たい目を向けた。
はんっと鼻で笑ったようにも思える。気のせいだろうか。気のせいだよな。
「それとこれとは別でしょう。殿下の嫉妬深い狭心で、ご自身の御首を絞められただけですがね。自業自得というものです」
容赦のない侍従の言葉に、バルドゥールはぐうの音も出なかった。
これって不敬じゃないのか。間違いなく不敬だろう。
バルドゥールは拗ねたような素振りで侍従に恨めしそうな視線を投げる。
侍従は溜息をつくと、再びバルドゥールに礼をした。
「では私は父を呼び出しますので、これにて失礼いたします」
「……ああ。頼んだよ」
ぱたり、と静かな音を立てて閉まる扉を前に、バルドゥールは長く細い呼気を全身から吐き出し、ゆっくりと革張りの椅子に沈み込む。
――しかし。これでアーニャの行く手と目的については、粗方わかった。
バルドゥールは目を閉じ眉間を指で揉むと、ふっと口元を緩めた。
アンナからの手紙で初めて記された次の予定。ガウボーイ王国に根付く神話とドラゴン。
侍従の父からもバルドゥールの知らぬ見識を乞い総じたところ、バルドゥールの立てた予測への概略に修正は必要になるだろうが、それにしたってこのドラゴンを求める旅がアンナの最後の冒険になるだろう。
バルドゥールは窓から覗く空を見上げる。
どこまでも透き通った雲一つない青空。この空はアンナへと繋がっている。
――アーニャ。どうか無事でいて。
ただ祈るしかできない。それは変わらない。
しかしバルドゥールの瞳には明るい希望が煌めいていた。
「はい。何でございましょう」
「うん。アーニャに贈る魔剣に付加する属性だけどね。雷にしようかと思って」
「雷神ペルーンを讃えて、でございますか?」
バルドゥールは満足げに微笑んだ。
侍従の幅広い知識と、また察しのよさをバルドゥールは気に入っている。これがフルトブラントではこうはいかない。
「うん。アーニャによると、水については何らかの加護を得たようだ。人魚の畔とあったから、そこで人魚によるのか、他水の精か、はたまた水神から加護を贈られたのだろう」
「そうですね。そのようにお見受け致します」
「そしてこれから出向く活火山に住まう眠れるドラゴンとは、火の神スヴァローグの化身である可能性が高いのだろう?」
侍従の喉仏がごくりと上下する。
刹那、視線をバルドゥールから外し、自身のつま先を一瞥したかと思うと、侍従は確信に満ちた強い瞳でバルドゥールに向かい合った。
「……愚考にございますが、その可能性は極めて高いかと」
「いや、僕もそう思う。だからきっと、アンナはドラゴンより火の加護を得るだろう。そのために出向くのだろうし」
バルドゥールは顎に手を当て、ふむ、と頷く。
「雷神ペルーンの名をガルボーイ王国国王が代々襲名していることから、おそらく雷神ペルーンの祝福は、先代国王から即位時に引き継がれるのだろう。
「しかしアーニャは王女だ。まったく祝福を受けないということはないだろうが、歴代国王と同等の加護を得られるかどうかは怪しい。それに今現在、アーニャに雷の加護はない」
直立してバルドゥールの言葉を待つ侍従の目を覗き込む。
「どうだろう。僕の推測は間違っているかな?」
「いえ。ご慧眼にございます」
恭しく頭を垂れる侍従に、バルドゥールは嘆息した。
「何言ってるんだ。全部君が導き出した答えだろうに」
侍従はニヤリと口の端を歪める。
「殿下の迷いを断ち、歩まれる道を正すのが、私の役目でございますから」
「まったく。最初からわかっていたのなら、もっと早く教えてほしかったよ」
バルドゥールが肩を竦めて侍従を咎めると、侍従は目を丸くした。
「まさか! そこまで買い被られますな。私とてガルボーイ王国の古代神話と建国伝説をなぞった絵本、それらとアンナ王女殿下の旅が結びついたのは、ごく最近にございます」
「どうだか」
胡乱な視線を寄越すバルドゥールに、侍従はキッと睨み返す。
「何を仰いますか。アンナ王女殿下の足取りこそご教授くださるものの、お手紙の内実についてお知らせくださらなかったのは殿下ではございませんか!」
思わぬ反撃に、バルドゥールはウッと言い淀んだ。
バルドゥールは視線を彷徨わせ、「あー」とか「うー」だとか、意味のない呻き声を漏らす。
バルドゥールは苦し紛れに「だって」と言い訳を始めた。
「愛する女性からの手紙を、他人の君に見せるわけにはいかないだろう。君だって恋人同士の手紙のやり取りに手を出すほど、野暮な男じゃないだろう?」
縋るような目を向けるバルドゥールに、侍従は氷のように冷たい目を向けた。
はんっと鼻で笑ったようにも思える。気のせいだろうか。気のせいだよな。
「それとこれとは別でしょう。殿下の嫉妬深い狭心で、ご自身の御首を絞められただけですがね。自業自得というものです」
容赦のない侍従の言葉に、バルドゥールはぐうの音も出なかった。
これって不敬じゃないのか。間違いなく不敬だろう。
バルドゥールは拗ねたような素振りで侍従に恨めしそうな視線を投げる。
侍従は溜息をつくと、再びバルドゥールに礼をした。
「では私は父を呼び出しますので、これにて失礼いたします」
「……ああ。頼んだよ」
ぱたり、と静かな音を立てて閉まる扉を前に、バルドゥールは長く細い呼気を全身から吐き出し、ゆっくりと革張りの椅子に沈み込む。
――しかし。これでアーニャの行く手と目的については、粗方わかった。
バルドゥールは目を閉じ眉間を指で揉むと、ふっと口元を緩めた。
アンナからの手紙で初めて記された次の予定。ガウボーイ王国に根付く神話とドラゴン。
侍従の父からもバルドゥールの知らぬ見識を乞い総じたところ、バルドゥールの立てた予測への概略に修正は必要になるだろうが、それにしたってこのドラゴンを求める旅がアンナの最後の冒険になるだろう。
バルドゥールは窓から覗く空を見上げる。
どこまでも透き通った雲一つない青空。この空はアンナへと繋がっている。
――アーニャ。どうか無事でいて。
ただ祈るしかできない。それは変わらない。
しかしバルドゥールの瞳には明るい希望が煌めいていた。
あなたにおすすめの小説
イリス、今度はあなたの味方
さくたろう
恋愛
20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。
今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。
※小説家になろう様にも掲載しています。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜
井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、
嘆くことも、復讐に走ることもなかった。
彼女が選んだのは、沈黙と誇り。
だがその姿は、
密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。
「私は、国よりも君を選ぶ」
婚約破棄、王位継承、外交圧力――
すべてを越えて選び取る、正統な幸福。
これは、
強く、静かな恋の物語。
2026/02/23 完結
ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?
ねーさん
恋愛
アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。
何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。
何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。
「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」