【完結】末っ子王子は、他国の亡命王女を一途に恋う

空原海

文字の大きさ
11 / 21
本編

最終話 冒険女王アーニャの求婚

 高らかに哄笑こうしょうするグリューンドルフ公爵をバルドゥールが恨めし気に睨む。
 すると公爵の頭上高く、蒼穹そうきゅうの彼方で何かが光った。

 バルドゥールはハッと目を見張る。
 眉を顰め目を凝らし額に手を当て、小さな点にしか見えぬ何か。見極めようとするバルドゥール。
 グリューンドルフ公爵はバルドゥールの振る舞いを見るや否や、後方に振り返った。
 そして側に控えていた自身の侍従に、大声で命じる。


「遠眼鏡を寄越せ! なんでもいい! 早く!」 


 切羽詰まったように声を荒げ、緊急を命じる主人に、侍従は慌てふためいた。
 近頃生気に乏しい様子を見せていた主人の活気溢れる姿は喜ばしいものの、グリューンドルフ公爵は元来、非常に厳しい武人なのである。
 主の命を今すぐに叶えられなければ、一体どのような叱責が飛ぶことやら。


「はっ! こちらに……」


 庭園の散策では、野鳥観測に興じることも多いグリューンドルフ公爵。
 侍従は携帯していた遠眼鏡を急いで主に献上した。

 斜め後ろに控える侍従を振り返りもせず、その手から引っ手繰るように遠眼鏡を奪うも、針の先しかなかったような点は、今やその形をありありとグリューンドルフ公爵の眼前、つまびらかにさせていた。


「まさか……!」


 グリューンドルフ公爵は息を呑み、侍従の手から荒々しく奪った遠眼鏡を、その手から取り落した。
 バルドゥールは相好を崩し、両手を空に大きく広げる。
 胸いっぱいに深く息を吸い込み、口を開く。

 そして愛しい人の名を呼ぶ。


「アーニャ!」


 その瞬間、美しい姫君が空から舞い降り、バルドゥールの胸の中に勢いよく飛び込んだ。

 バルドゥールは衝撃に耐えかねて庭園の芝生に尻餅をついたが、アンナの背に回した腕は決して離さず。
 バルドゥールの頬を掠めるのは、美しい黒髪が一房。腰から背、頭までべったりと身を芝生に倒し。しかしアンナの温かく柔らかな身体を、力いっぱい抱きしめる。

 バルドゥールとアンナ。どちらからともなく声を挙げて笑い出す。

 唖然とするグリューンドルフ公爵のすぐ横で、巨大な海蛇シーサーペントが地に降りた。
 銀色に輝く巨大な一角を頂きに掲げ、鈍色のたてがみは硬度を保って空を指し。長い口髭は、公爵の足元から庭園の噴水まで長く伸びる。
 海蛇の背には神話の中でしかお目にかかれないような美しい娘が一人、ちょこんと跨っている。

 その娘を置いたまま、一人の男が鋼のように固い海蛇の鬣を掴み、地に降り立つ。
 男はグリューンドルフ公爵の後方で膝を折った。


「父上。只今戻りました」


 グリューンドルフ公爵がゆっくりと振り返ると、そこには浅黒く日焼けをし、二年半前より一回り大きくなった、公爵によく似た顔立ちの青年。
 子は炯炯たる瞳で、父を見上げていた。


「……ブラントか」


 低い声で子を呼ぶ父。フルトブラントは白い歯を覗かせ、頷く。
 ブラントのすぐ傍には地に身を置く海蛇。
 蒼穹には、赤黒い鱗で陽の光を弾く巨大なドラゴン。
 グリューンドルフ公爵は自身の大きな手で顔を覆うと、「神よ……」と呻いた。
 すると頭上のドラゴンが青白い炎を吐く。


『誰ぞ我を呼ぶ』


 その場にいる者全ての脳に直接響き渡る、不可思議な声。
 低くもなく高くもなく。厳かであり穏やかであり。畏怖を伴い安堵を齎す。

 地を転がって抱擁を交わしていたバルドゥールとアンナは、互いから離れて立ち上がる。
 アンナが天空のドラゴンへ向かって呼びかけた。


「偉大なる火の神スヴァローグ様! 我が最愛、我が永遠の伴侶をこちらに!」


 アンナがバルドゥールへ振り返り、微笑んで手を差し伸べる。
 バルドゥールも微笑みを絶やさず、アンナの手を取る。二人は手を取り合って、頭上のドラゴンに頭を垂れた。


『人間よ。名を名乗るがよい』


 バルドゥールは頭を垂れたまま、口上を述べる。


「有り難き幸せ。御前にお目にかかりますは、ゲルプ王国第三王子、バルドゥール・プリンツ・フォン・ゲルプ=ジツィーリエンに御座います」


 バルドゥールの手に載るアンナの細く小さな手に、きゅっと力が籠る。
 バルドゥールは視線だけアンナに向けた。同じく視線だけバルドゥールに向けていたアンナと、互いの視線が交わう。
 二人は微笑みあった。


『バルドゥール……。アース神族、光の神の名を持つ者よ。汝を我が愛し子、ツァレーヴナ・アンナ・ガルボーイの伴侶と認める』


 蒼穹に青白い炎が、ガルボーイ王国へとどこまでも長く長く、一筋の縄のように伸びていった。














 アンナは火の神スヴァローグの化身である、ドラゴンの背に乗り。フルトブラントは水の精ウンディーネを片手に抱いて、海蛇シーサーペントに跨り。
 二人は帰ってきた。


「バル。わたしは貴方に求婚するために旅に出たの」


 ガルボーイ王国の王女が女王になるための条件。
 それは冒険に出て、古代より伝説の種族達から認められること。そして友人の証として彼等から国を治めるに役立つ贈り物を受け取ること。
 最後に古代の神、スヴァローグより、ガルボーイ王国の女王として立つに相応しいと、その絶大なる加護を授かること。

 けれどそういった伝説の生物や神といった、諸々から授けられる贈り物より。何より一番大事なことがある。

 冒険を経て女王たる覚悟と絶対的な自信を胸に、最愛の人へ求婚すること。
 それがガルボーイ王国女王になるための条件。

 ツァレーヴナ・アンナ・ガルボーイが初代女王ツァーリ・アンナ・ガルボーイに課せられた掟。
 冒険女王アーニャの求婚は、ドラゴンの背に跨がって。



 グリューンドルフ公爵家図書室にて、大切に保管されていた絵本『海を渡ったアーニャ』。
 経年によって、ややくたびれた絵本を読み終えたバルドゥールは、彼の腕の中で寝息を立てる、勇猛果敢にして可憐な女王の額に口づける。

 女王の手からは、バルドゥールの贈った黄色い魔石の煌めく魔剣が転げ落ち、柔らかなソファに沈んだ。


「お疲れ様、アーニャ。僕の愛しい女王様」


 そらを渡ったアーニャは、ようやく辿り着いた愛するバルの胸で夢を見る。

 冒険女王の旅は終わらない。
 絵本に描かれないその先を、女王と王配が紡いでいく。
 それはきっと、後世、絵本には遺されない。けれど海を渡ったアーニャは、いつまでも幸せに笑うのだ。

 初代女王がかつてそうであったように。






(本編 了)
感想 0

あなたにおすすめの小説

イリス、今度はあなたの味方

さくたろう
恋愛
 20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。  今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、 嘆くことも、復讐に走ることもなかった。 彼女が選んだのは、沈黙と誇り。 だがその姿は、 密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。 「私は、国よりも君を選ぶ」 婚約破棄、王位継承、外交圧力―― すべてを越えて選び取る、正統な幸福。 これは、 強く、静かな恋の物語。 2026/02/23 完結

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。