【完結】末っ子王子は、他国の亡命王女を一途に恋う

空原海

文字の大きさ
13 / 21
番外編1 この手に残る、柔らかな温もりを

中編 王子さまの剣術指南

 ガルボーイ王国国内が落ち着けば、アンナは国に戻るだろう。
 アンナがガルボーイ王国王女として立場を明確化したならば。バルドゥールは堂々と婚約を申し込む。
 アンナは十四歳。
 すぐに婚姻を結ぶことは出来ないだろうが、少なくともアンナの成人する十六の頃には婚姻を交わしたい。ガルボーイの内乱が早期に落ち着くよう、ゲルプ王国王族達も尽力している。


「練習にはこっちね」


 バルドゥールは真剣である短剣をアンナの手から奪うと、自身の侍従に預ける。それから短剣に寄せた模造刀をアンナの手に渡した。


「……よろしくお願いするわ」


 バルドゥールが自身のために用意した模造刀は二振り。
 アンナに動きを指導する際、刀の持ち方に捌き方、様々な構えに型を示すのに自身の使用するがための短剣の模造刀を一振り。
 そしてゲルプ王国に限らずこの大陸において、大概の騎士に剣士が使用するサーベルを模した木剣。

 アンナに一通りの動きを指導したあと、対峙しての実戦練習をするには、バルドゥールはサーベルを模した木剣を構えるつもりでいた。
 だが、今日一日でそこまで進めるつもりはない。


「まずは持ち方」


 バルドゥールはアンナの後ろに回り、利き手である右手で自身の模造刀を握って見せた。
 親指をつばの先端にのせ、残る四指で鍔を握る。リバースグリップだ。


「これはリバースグリップ。手首の可動域は狭くなるし、対象に刃先を届かせるには距離を詰めなくてはならない」

「それでは不利ではないの?」


 首を傾げるアンナに、バルドゥールは頷いた。


「そうだね。だけどアーニャが剣を取るのは、身を護るためで、絶体絶命のとき。観客のいる決闘や試合じゃないし、相手を徹底的にぶちのめす必要もない。逃げる隙を作ることが出来ればいいんだ」


 バルドゥールはアンナの前に回ると距離を取った。
 短剣を手にした右手は肘を曲げ、畳んたままバルドゥールの顔正面に掲げている。そしてそのまま斜め左下に振り切った。


「こうして振り下ろす。この握り方が一番力が入るし、安定する。対象を捉えられたなら、他のどの握り方より最も確実に対象に刃を立てることができるし、手首を痛めにくい」


 真剣な顔で向かい合うアンナに、バルドゥールは「やってみて」と促す。アンナは頷くと、逆手に短剣を持って掲げると、素早く振り下ろした。


「そう。それでいい。力が入らなくて不安定だったり、思い描く軌道からズレたりはしない?」

「ええ。大丈夫。きちんと握れていると思うわ」

「それならよかった。僕の目から見ても、特に問題はなさそうだ」


 ぶんぶんと模造刀を振り回しているアンナ。上下左右、様々な角度から振り下ろしているらしい。バルドゥールは思わず笑みが零れる。
 するとバルドゥールの微笑に気が付いたアンナがじとっと恨めし気な視線を投げてきた。
 バルドゥールはコホンと咳払いをする。


「次は構えだね」


 バルドゥールは模造刀を持った手を後ろ手に隠した。


「可能なら、相手に剣を持っていることを悟られないように。反対側の手を動かすとか、何か投げるとか、なんでもいい。気をそらすことができればさらにいい」

「わかったわ。他には? 腰を下ろすとか、肩幅に足を開くとか。そういうことは?」


 バルドゥールは頷く。


「アーニャが言ったような姿勢をとれれば、それは一番初動に適していると思う。ただしその構えは相手を襲うことをあからさまに宣言している。アーニャのような『か弱い貴族令嬢』の一番の強みは、相手の不意をつけるかもしれないってこと。だから必ずしもそれが適しているとは言えない」

「そう……。じゃあどうしたらいいの?」

「うーん。でもまあ、まずは安定した姿勢で剣を構えることから始めようか。基本が大事だからね」


 アンナの言ったように肩幅程度に足を広げ、腰を落とし、模造刀を持つ手とは逆の手を前方に構える。それを見たアンナがバルドゥールを真似た。
 へっぴり腰というわけでもなく、なかなか様になっている。

 アンナの体幹がそれなりに鍛えられていることは知っていた。体力も筋力もある。
 グリューンドルフ公爵自身が武に秀でているため、公爵家の人間は自然と体を鍛えることが日課となっているからだ。
 また公爵所有騎士団の基礎訓練に、フルトブラントがアンナを時折混ぜてやっていたりする。

 しかしそれでも、アンナに剣術を指南することはなかった。
 剣術とは、どう言い繕ったところで、人の命を奪うためにあるものだからだ。護身用の剣術だろうが、それは変わらない。


 ――それはわかる。僕だって好き好んでアーニャに剣術なんて教えたいわけじゃない。


 剣術を習ったから、と下手に自信をつけて無鉄砲に飛び出されてはかなわない。
 それならば最初から剣術のイロハなど教えず、守られていろ逃げ延びろとだけ教え込む方がいい。


 ――だけど、ねえ……。


 この一年、アンナと交流するうちに、バルドゥールとて気が付く。アンナがただ守られているだけに留まる少女ではないことを。
 どうせバルドゥールが教えなくても、いずれグリューンドルフ公爵家嫡男のフルトブラントだったり、グリューンドルフ公爵騎士団の騎士の誰かだったりがアンナに懇願され、音を上げるだろう。

 アンナの義兄フルトブラントはアンナを猫可愛がりしているし、婦女子が剣を持つことをとても厭うているから、頷かないかもしれない。グリューンドルフ公爵も同じだ。
 だがアンナをグリューンドルフ公爵家の美姫として崇め愛でている、グリューンドルフ公爵騎士団の騎士達はどうだろう。
 アンナが何度もおねだりすれば、ころっと陥落するに違いない。そしてそれ以上にバルドゥールが敵視しているのは……。
感想 0

あなたにおすすめの小説

イリス、今度はあなたの味方

さくたろう
恋愛
 20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。  今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。