【完結】末っ子王子は、他国の亡命王女を一途に恋う

空原海

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番外編2 閨講義と猥談と

第六話 結局はコミュニケ-ション

「あのさ、閨講義なんてのは、俺達が初夜に失敗しないようにあるものなの。だから決まった進め方だとか教え方なんつーものはねーんだよ。わかる?」

「そう……なんですね」

「おう。だからさ、バルが初夜に臨むにあたって不安な点やら知りてえことがあるんなら、それを講師に聞けばいいだけだし、逆にしたくねーこと……ここは見たくねえだとか触りたくねえとか、そういうのだって伝えてやりゃーいい。ただそれだけなんだよ」


 バルドゥールはコーエンの言葉に霧が晴れた気がした。
 なんだ。そんな単純なことだったのか。
 みるみる顔色の明るくなるバルドゥールにコーエンは苦笑する。


「バルは逃げ回ってるけどさ、閨の講師も人間で一人の女性なわけ。仕事で来てくれてるけど、バルのその態度はどうかなーって思うわ。ちゃんとバルの気持ちとか意見を伝えとけよ? コミュニケーション大事! セックスって結局コミュニケーションだからな!」

「……コーエン。お前たまにはマトモなことも言えるのではないか」

「はぁあああああああああ? 俺、いつもマトモなこと言ってんだけどね?!」


 心底驚いた、といったように目を見開くリヒャードに、照れ隠しで突っかかっていくコーエン。
 エーベルはニヤニヤと二人を見守っている。

 バルドゥールはこれまで見たことのなかった兄王子姉王女の姿を目の当たりにしていた。
 三人の兄姉は、バルドゥールの前ではいつもバルドゥールを教え導く存在として、遥か彼方を歩いているような存在だった。
 気さくでバルドゥールを何かと気にかけてくれる兄王子姉王女。その彼等が屈託なく、年相応の、いやそれ以上に無邪気な姿を見せている。

 よしよし、とコーエンの頭を撫でてくるエーベルと、そのエーベルを真似てワシャワシャと髪を乱し、まるで犬にするようにコーエンの頭を撫でくりまわすリヒャード。
 コーエンは「こらっ! バルの中で俺の威厳がなくなるっ! バルがいないところでやって!」と、拒否なのか要望なのかよくわからないことを口にする。
 バルドゥールは思わず笑ってしまった。

 コーエンはニヤリ、とするとバルドゥールに向き直る。


「ちなみに俺は、どこからどう触ったら気分が盛り上がんのか、どこをどう触られたら気分が盛り下がんのか、みてえなことを聞いた。まあこう、準備の出来た状態ってやつを教えてもらったよ」


 ここまで明け透けに、しかし丁寧に自身の経験を示す兄コーエンにバルドゥールは驚いた。
 これまで軽薄でありながらも茶化すような言葉ばかりだったのに、親身になって相談にのってくれている。しかも閨の話など、ふざけているのか、と怒鳴られても仕方がないものなのに。

 コーエンは顎をしゃくってリヒャードに促す。リヒャードは諦めたように嘆息した。


「……私もコーエンとほぼ同じだ。とはいえ着衣を乱していない」


 ということは。


「なんだ。二人とも最後までしなかったってことか」


 あっけらかん、と口にするエーベルにリヒャードが頭を抱えた。


「……私は妹の前で何を口にしているのか……」


 苦悶するリヒャードの肩をぽんぽん、と叩き、エーベルはケラケラと笑った。
 こういうところは双子の弟コーエンによく似ている。


「いいじゃん、いいじゃん。そーいう話、女側は滅多に聞けないからね。すっごく為になったよ! ていうか、二人とも真面目! わかってたけど、あたしの兄弟は皆いい男だねえ」


 嬉しそうに笑うエーベルに、リヒャードとコーエンは二人揃って眉尻を下げた。


「……少なくとも私は、お前にこんな話を聞かせたくはなかったのだが……」

「エーベルは俺達見てるから、他の男に向ける目がなー。あちらの王子さんとうまくやってけるの?」


 エーベルはニヤリと笑った。


「だいじょーぶ。あの子はお兄様に憧れてるからね。『リヒャードお兄様がこう仰っていました』って言えば一発だから!」


 コーエンが「俺じゃないんだ?」と片方の眉をあげて首を傾げる。


「まあねぇ。コーエンは誤解されやすいからさ」


 エーベルがコーエンの肩に腕を回すと、コーエンはニヤリと笑った。


「それもそーか。んでもヘクセとエーベルが味方になってくれんなら、なんでもいーや」

「……私もいる」


 ぶすっと答えるリヒャードに、エーベルとコーエンが揃って目を向け、きょとん、と目を丸くする。

 そうして見ると、エーベルとコーエンが今のような体格差のなかった幼少期、よく似た双子で常に二人で悪戯して回っていたことをリヒャードは思い出す。
 リヒャードは双子の悪戯の一番の被害者だった。
 双子は同時にニヤリと口の端を歪める。こんな表情までそっくりだ。


「うんうん。お兄様、頼りにしてるよ!」

「兄貴にはこれからも負んぶに抱っこで全力で寄っかかってくつもりだから! よろしこー」

「それはやめろ」


 嫌そうに顔を顰めるリヒャードに、けらけらと笑う双子。
 またもや蚊帳の外になってしまったバルドゥールだったが、兄王子姉王女の優しさに改めて触れ、胸はぽかぽかと温かく、自然と微笑んでいた。
 そんなバルドゥールにエーベルが振り返る。


「バル。あのさ。アーニャちゃんがどうかはわかんないけどさ。こうやって真剣に考えてくれるってことが女の身としては何より嬉しいんじゃないかなって思うんだ」

「まーなー。って言っても、気持ちよくなりたいだけで、誠意なんつーもんはどーでもいい、相性が良くてうまい男がいいって女もいるにはいるけどなー」


 コーエンがまた恐ろしい爆弾発言を落としてくる。バルドゥールは凍り付く。
 いやまさか。アンナがそういう女性だとは思わないが……。
 エーベルはコーエンの肩に回していた腕を外してポカリとコーエンの頭を殴った。


「イテッ」

「余計なこと言うんじゃないっ」


 コーエンを睨みつけると、しかしエーベルはバルドゥールにも厳しい眼差しを向ける。


「アーニャちゃんがそういうタイプなのかどうかはバルが一番よく知ってるんじゃないの? さっきお兄様とコーエンが言ってたのは、そういうことも含めて、だよ。バルが一人で勝手に思い込んで自己完結してるってやつ。相手ありきのことは、ちゃんと相手の意思を確認して、バルの気持ちも伝えて。そうやって交流をもって二人で関係を築いていきなさい。妙な想像駆け巡らせて一人で怖がってちゃダメ。
「バルだけじゃない。アーニャちゃんだってバルに不安になることもある。ちゃんと気持ちを伝えていかなきゃ」


 目尻を吊り上げて諭すエーベルに、バルドゥールは神妙な面持ちで頷く。
 エーベルはやれやれ、というように肩を竦め、眉尻を下げた。その表情は可愛い弟王子への慈愛と労りが隠しきれない。


「閨の話なんか、そりゃあ婚姻前のアーニャちゃんに、直接聞けることじゃないけどさ。でもバルがアーニャちゃんと会って話をする中で、わかることは沢山あるでしょ? ちゃんと目の前の相手をよく見ること!」


 そしてエーベルはやや薄い、だが赤く魅惑的な唇に人差し指を一本当て「シイーっ」と、ここからは内緒話だと示す。


「ちなみに貴族女子に施される房中術指南は、家々でほんっと違うからね。男をその気にさせる手練手管をみっちり身に着ける家もあれば、殿方にお任せしなさい、で終わる家もある。ちなみにあたしは後者だったけど、まあコーエンとヘクセが散々わめいてくれたからね……」


 そう言うと、エーベルは遠い目をして口元を微かに歪めた。
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