憤慨

ジョン・グレイディー

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第十八章

家庭崩壊、そして子供は心の難民となった。

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 少し疲れた。

 長い八月…

 コ○ナ禍は爆発し、日本各地で過去最高の感染率を記し、毎日50人以上の人々が苦しみもがいた末に死んで行っている…

 緊急事態宣言などへの突っ張りにもならず、何の効果もない。

 オリンピック、パラリンピックの開催中、ロックダウンを敢行することもできず、ただただ、死にゆく人々をカウントしているだけの政府…

 俺も疲れた…

 コ○ナに感染し、鬱病が再発し、静脈に血栓が生じ、寝たきりになり、筋肉は砂漠に残る水溜りの如く蒸発、減少し、転倒し、転倒し、何度も転倒し、頭を打ち、顔を打ち、身体中を地面に打ちつけ、太腿の筋肉は断絶し、出血し、足裏に血が溜まり、それが上昇し、本来構造すべきでない部位に骨となり固まり、遂には脚はコンクリート棒のように曲がることを忘れてしまい、脚を引き摺り、杖を地面に叩き込み、怒りを地球に差し込むように、怨念の塊となって、憎しみの影を落としながら、一歩一歩、死に向かって歩んでいる…

 脚代わりに船に乗り、地面の代わりに海原に浮かび、太陽光線から逃げのび、島影で、呼吸を整える。

 光と影のコントラスト

 俺はいつも影側から、光輝く世界を眺めている気がする…

 少し疲れた…

 ストレス社会からの逃亡が、鬱病を封印するとして、びっこを轢きながら、落武者のように、海へと逃げ延びたが、鬱は諦めない!

 鬱は何処までも俺を追ってくる。

 油断すると、鬱は、俺の真前に陣取り、俺に向かい、ニッコリ笑顔を見せてる。

 油断すると、鬱は、俺の口から、目から、耳から、鼻から、忍び込もうと、空気状の形態へと姿を変えようとしている、ウイルスの様に。

 もう鬱から逃げることを諦めよう…

 逃げ延びる事に疲れた…

 怒りも湧かない…

 怒っても何も変わらない。

 コ○ナも鬱も決して諦めようとはしない。

 長い長い八月だ…

 こんなに長い八月は、初めてだ…

 九月を迎える自信はないよ…

 少し疲れた…

 灼熱の太陽に抗うことはやめよう。

 未知なる脅威のコ○ナに対峙することはやめよう。

 鬱の浸透を防ぐために、身体の穴を塞ぐことはやめよう。

 全てを成行に任せることにしよう。

 怒りが再起するまでの間…

 東京での地獄の生活、修羅場と化した戦場での生活が一年過ぎようとしていた。

 丁度、その頃、九州の俺の家庭は崩壊への道を辿っていた。

 俺が単身赴任となり、父親たる俺が家庭から姿を消した途端、家族間にひびが生じた。

 高校に入学した息子がグレてしまい、毎日、妻は学校に呼び出されていた。

 やがて、息子は高校を退学し、ドロップアウトとして、隣県に引っ越すハメとなってしまった。

 息子は夜間の高校に通い出したが、非行は激しくなり、家庭内暴力に発展し、妻と娘が、息子の餌食となった。

 今、俺の東京のマンション、ワンルームしか広さのない部屋の片隅に、顔を腫らした娘が…、まだ、中学2年の少女が…、やっと安心したかのように、安らかに眠っている。

 娘は、息子、兄の暴力に耐え切れず、俺の下に逃げてきた。

 2、3日前に妻から電話があった。

 娘が集中的に殴られる。止めに入ると私も殴られる。息子は狂ったように暴れる。夜間の学校にも通っている様子はない。チンピラまがいの連れを伴い、酒を浴びるほど飲み、街で暴れ、家で暴れ、警察官を殴り飛ばし、来る日も来る日も、荒れて、荒れて…と。

 だから、娘が俺の下に行くから、匿ってやってくれと…

 家のローンもあり、妻は仕事を辞めることができない。

 息子はどうしようもなくグレてしまい、今更、東京に呼び、一緒に暮らすこともできない。

 お岩さんように顔を腫らした少女、娘も、一時が過ぎれば、九州の地獄に戻らないとならない。

 俺は妻に言った。

 もう仕事を辞めて、九州に戻ろうかと。

 妻は言った。

 借金はどうするの?家のローンはどうするの?子供達の進学はどうするの?と

 俺は答えた。

 では、仕方がないと。

 どうしようもなかった。

 仕事を辞めることができなかった。

 借金があった。家のローンがあった。子供の教育費があった。

 家族を支えるべき、稼ぎが必要であった。

 現実から逃げられない。

 家族関係を修復するべき後戻りもできない。

 このまま、地獄の東京で働き続け、家庭崩壊で心に体に傷を抱えた子供達を心底から安堵させることもなく、体面上の扶養といった御題目の中、養育して行く。

 何も変わらない!

 何も良くならない!

 誰も助けられない!

 時が悪戯に進むだけだった。

 遂に息子は薬物に手を出して、少年鑑別所の薬物治療病院に入院した。

 娘も不登校となり、中学2年から引きこもりの生活となった。

 会社上層部の思惑どおり、俺の東京への転勤による異動は、俺の家庭を崩壊させ、俺に対して一定の負荷を与えた。

 思惑どおりだ。

 俺を潰しに掛かった、会社本社の狙いどおりだ。

 妻は、息子が入院してから、娘が引きこもってから、二度と俺に連絡をすることはなかった。

 俺を頼っても、何にもならない事に気づいたのだ。

 妻も諦めた。

 家族の平和を取り戻す事に諦めた。

 お金のため、借金のため、ローンのため、働くだけとなった。

 この臨界にて、俺の帰る場所は無くなった。

 俺は、ここで、今を、いつも、ここで、一人、生きて行かなければならなくなった。

 笑いもない、微笑みもない、安心感もない、殺伐とした、渇ききった現実、今、ここ、視点の先にあるものしか見えない世界。

 ここで生きるしかなくなった。

 そう。

 今、俺に見えるのは、左眼を紫色に腫らし、鼻骨が折れ曲がった娘の寝顔…

 それしか見えない…

 誰のせいで、こうなったのか?

 俺のせいか?

 俺が一体何をした?

 会社にこき使われ、鬱病となり、その抑止力として、「怒り」が蓄積され、憎しみのみが勝手に広がって行った。

 俺が悪いのか?

 俺の生来の気質がこうしたのか?

 遺伝なのか?

 俺は犯罪者になるのか?

 俺は碌でもない人間となるのか?

 俺は生まれてこない方が良かったのか?

 おいおい、待てよ!

 もう遅いよ!

 俺が不幸になるのは構わない!

 ただ、お前ら、俺を裏切った奴、俺に攻撃して来た奴ら、そう!お前らだ!

 お前らにも不幸になって貰う!

 お前らを!

 俺と同じように、この世に生まれたことを後悔させてやる!

 俺一人、不幸にはならぬ…
 
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