憤慨

ジョン・グレイディー

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第三十一章

青白い輝く裸体は冷たい涙を流した。

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 反抗を貫いた深い信仰心。平戸のガスペルの墓に聳える十字架、ザビエル記念教会の天守の十字架。

 共に哀しい青い空を突き立ている。

 俺は其れ等十字架に覚悟の死を感じ取った。

 その俺の頑なな覚悟に対し、今まで聞こえなかった憐れみの声が聞こえた。

「もうこれ以上苦しまないで…」と

 俺が奮い立てば立つほど、哀愁の念を知らしめ、俺の自虐的で無謀な行為を危惧する何かが存在する。

 その何かを俺は「高貴の微笑み」と決めつけ、神という友の声を聞いた。

 友は言った。

「全ての過去が明らかになる。」と

 俺の過去の暗闇。

 そう、何故、「高貴の微笑み」が俺の元を去ったのか。

 その暗闇に灯が灯る。

 俺はその日から、来る日も来る日も「高貴の微笑み」がやって来るのを待ち望んだ。

 しかし、待てば待つほど、返って現れない。

 そういうものだ…

 いつしか、俺の「高貴の微笑み」再訪の羨望感は、次第に薄らいで行った。

 俺は分かっていた。

「彼女はいつも俺のことを見ている。俺の念を感じている。来るべき時に必ず現れる。」と

 俺は感じていた。

「俺が彼女の鏡なんだ。俺の心が幻影を映写する。過去のトラウマとして彼女をピアックアップして、俺を煽っている。」と

 俺は悟っていた。

「俺の心が弱った時、俺の心は彼女を利用する。俺の心の邪心が暗闇の中に「高貴の微笑み」と「黒い影」を映し出す。」と

 分かっていたんだよ…

 全て俺の心のキャパシティの中で、俺の心が猿芝居を演出していたことを。

 弱った俺の心は、「死」へ期待を膨らまして、「鬱」を招聘し、「過去」を展開する。

 そして、悍ましいとしていた「過去」のトラウマを誇大演出し、俺の「怒り」のエネルギーを爆発的に燃焼させ、「死」へ突入させようと仕向ける。

 全てお見通しさ。

「高貴の微笑み」と「黒い影」との激しく淫靡な性行為。

 俺がこの上なく激怒すると思ってやがる。

 俺の嫉妬心を激しく掻き立てようとしやがる。

「水前寺駅のずぶ濡れの学生カップル」

 熊本の過去のトラウマを忘れないよう俺に釘を刺したつもりでいやがる。

 おい!

 よく聞け!

 俺の弱い心よ!

 これから俺と彼女の過去が明らかにされる。

 その結果に決して狼狽えるな!

 分かったか?俺の弱い心!

 死ぬのは簡単だ。

 お前の気持ちも分かる。

「こんな差異のある運命。こんな格差のある社会。谷と山、過去と現実のみの人生。早く楽になりたい。安楽したい。死にたい…」

 こんなお前の気持ち、もっともだ。

 だが、少しだけ待ってくれ!

 彼女の件、これだけは明らかにしておきたい。

 俺は巧みに二度目の釘を心に打った。

 俺の心が少なからず、「高貴の微笑み」の現出に一枚絡んでいることから、上手く諭しておく必要があった。

 やがて、その再訪の日がやって来た。
 
 既に長崎に来て一年と半年が過ぎていた。

 また、俺の一番嫌いな夏から秋へと移る季節であった。

 その日は、朝から異常な程、俺は苛立っていた。

 今日、何かが起こることを確信していた。

 仕事を終え、俺は丘の上の社宅に帰宅した。

 とっても疲れていた。

 早速、ウィスキーを飲み始めた。

 いつしか、ウィスキーが無くなった。

 俺はコンビニへウィスキーを買いに行こうとした。

 晩酌をしていた布団の周りは、酒のツマミの抗うつ薬、睡眠薬が散乱していた。

 そこから一旦、俺の記憶は途切れる。

 朧気にだが、真っ暗な夜道をふらつく視線、コンビニの店員の怪訝そうな表情などなど、途切れ途切れに思い浮かび、そして消える。

 記憶が戻った時、俺はまた布団の上に横になっている。

 左手にはウィスキーのボトルを握っている。

 俺は、この時間のワープ、記憶の削除に一抹の期待を抱いた。

 奴らがやって来る、いつもの状況だと確信した。

 俺の弱った心が御膳立てした、いつもの乱気極まる俺の醜態。

 こんな時に奴らは現れる。

 夜中の何時か分からない。

 部屋の中は漆黒の闇が覆っている。

 外の光も差し込まない。

 牢獄のような空間

 闇と沈黙が続く。

 俺は覚悟していた。

 直に始まる修羅場を…

    やがて、冷蔵庫の音が沈黙を破った。

 すると、寝室のドアの向こうの床が「ぎゅー」と軋む音が聞こえた。

 やはり、奴が来た。

「黒い影」だ。

 寝室のドアノブがゆっくりと回り出し、ドアが空気に押されるようにそおっと開いて行った。

 俺は開いたドアの空間から此方を見ている物体を睨み付けた。

 黒い大きな塊。

 その形の輪郭はなく、どんよりと暗闇の中でも際立つ黒い物体。

 奴はゆっくりと俺の方に歩んで来た。

 俺はいつものとおり、天井を見やった。

 天井がグルグルと回り出した。

 そして、天井は回転しながら俺に近づき降りて来る。

 俺は回転する天井を凝視した。

 天井は回転を止め、その中心部に暗闇を作り、そのまた中心部に穴を開けた。

 暗闇の暗闇だ。

 その穴から蒼白い顔をした「高貴の微笑み」が姿を現し、俺を見つめた。

 俺は「高貴の微笑み」にこう言った。

「何のようだ。」と

「高貴の微笑み」は、こう答えた。

「それは、此方の台詞よ。いやらしい。私達の愛を覗き見して。本当にいやらしい。」と

 そう宣うと「高貴の微笑み」は、愛情豊かな表情をして、「黒い影」を手招いた。

「黒い影」は、「高貴の微笑み」を抱こうとし、ゆっくりと「高貴の微笑み」に近づいて行った。

「高貴の微笑み」は、「黒い影」を受け入れようと、身に纏ったシルクのローブをするりと脱ぎ、黒い淫靡な下着を脱ぎ始めた。

「高貴の微笑み」の裸体は、暗闇の中で青白く輝きを放っていた。

「黒い影」が「高貴の微笑み」を抱き寄せた。

「高貴の微笑み」の青白い裸体の輝きの部分部分が闇に愛撫され始めた。

「高貴の微笑み」が淫靡なよがり声を放ち始めた。

 俺はゆっくりとウィスキーボトルを握りしめた。

「高貴の微笑み」と「黒い影」との淫靡な性行為が激しさを増し、瞬く間に「高貴の微笑み」は絶頂を迎え、「黒い影」の大きな身体の中でピクピクと痙攣した。

 そして、「高貴の微笑み」は俺を見遣り、涎を垂らしながら、俺に息絶え絶えにこう言った。

「み、み、見ないでよ…、いや、いやらしい…」と

 そう言うと「黒い影」が強烈に「高貴の微笑み」の臀部を突き立てた。

「あぁ~、す、凄い~」と

「高貴の微笑み」は一言叫び、「黒い影」に突き立てながら、ガクガクと激しく震え、痙攣し、ガクンと失神した。

 その時を俺は待っていた。

 俺は左手に握ったウィスキーボトルを大きく振り上げ、力一杯、「黒い影」の頭部を打ちのめした!

 ガッシャンーっと物凄いガラスが破裂する爆音が部屋中に響き渡った。

 俺は「高貴の微笑み」を手放し、うつ伏せに倒れ込んだ「黒い影」の頭部らしき箇所を割れたウィスキーボトルで突き刺した!

 黒い血潮が飛び散り、失神していた「高貴の微笑み」の裸体を黒色に染めた。

 俺は構わず、「黒い影」からボトルを抜き、また、高く振り上げ、確実に突き刺した。

 グッシユと緩い手応えがあった。

 俺はボトルから手を離し、そして、布団に横になった。

 俺の眼前の空間で黒い血に染まった「高貴の微笑み」が俺を睨んでいた。

 俺は「高貴の微笑み」と俺の弱い心に聞こえるよう、こう言った。

「お前はどうして俺の元を去ったんだ?そして、こんな不細工で、こんな弱い男と、どうして引っ付いたのか?」と

「高貴の微笑み」はキッと俺を睨み、何も言わず、「黒い影」の身体を揺すったが、「黒い影」は黒い血潮の海の中で沈むように潰れていた。

 俺は叫んだ!

「俺は凶暴だ!俺を邪魔する奴は、全て殺す!」と

「高貴の微笑み」は俺を睨み返し、こう言った。

「私も殺すの?」と

 俺は言った。

「邪魔するなら殺す!」と

 彼女の目から涙が流れた。

 その涙は、彼女の綺麗な裸体を汚した黒く赤い汚れた血を流し落とした。

 おいで。

 いいの?

 いいよ、おいで。

 彼女は涙を拭きながら、俺の胸に顔を埋めるように抱きついて来た。

 俺は彼女の頭を撫でながら、優しく抱きしめた。

 闇は消え、部屋に光が差し込んだ。

 過去の熊本の、あの時の、束の間の幸福な、あの時の光が差し込んでいた。

 白いシーツの中、2人は抱き合っていた。

 俺は彼女に聞いた。

 どうして居なくなったの?

 彼女は、俺の胸に埋めた顔を更に深く埋めた。
 
 俺は言った。

 俺の事、嫌いになったから消えたのかな?

 彼女は慌てて、埋めた顔を横に振った。

 ならば、どうして?

 彼女は泣いていた。

 俺の胸に冷たい涙が流れていた。冷たい、冷たい涙が…

 暫く泣いた後、彼女は俺の胸に顔を埋めたまま、子猫のように身震いを一つし、そして、こう言った。

 貴方のために消えたの…

 俺の為に?

 貴方の為に…、貴方に幸せになって欲しくて…

 こんな不幸の塊の俺だぞ!
 お前さえ居れば、お前さえ居れば、俺は幸せだった…

 あの時は、あれが貴方にとって一番為になると、そう思ったの…

 何があったんだ?

 …、….、

 理由は何なんだ?

 …、……

    わかった、理由は良いよ…
    じゃぁ~、俺の事、嫌いではなかったかい?

 うん!

 俺の事、好きだったのかい?

 うん!

 そっか!

 今でも一番好き!私のこと、忘れないでね!

 わかった…


    俺は目を覚ました。

 俺の胸には琥珀色のウィスキーのボトルが左手で抱かれていた。

 激しい頭痛の中、布団の周りを見渡すと、テーブルにあった皿が割れて床に飛び散り、コールタールのような血が床を覆っていた。

 激しい吐血をしたようであった。

 俺は洗面台に行き、顔を洗い、鏡を見つめ、こう呟いた。

「理由はある。

    じゃないと、好きで別れるもんか!

 真実は闇の中…

    仕方のないことか…

 くそぉー!

 誰かが邪魔したんだ!

 俺を妬む誰かが!

 俺は絶対に許さん!」と

    

 
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