社宅

ジョン・グレイディー

文字の大きさ
1 / 33
第一章

ゴーストタウンに棲む者達

しおりを挟む
 6月5日午後5時半頃、俺は社宅に向かって歩いている。

 寂れたシャッター商店街を下を向き歩いている。

「前を向かんかい!ド阿呆!どこ向いて歩いとんのやぁ!」

 俺は大きな罵声に顔を上げた。

 白髪の高齢の爺さんが威勢よく怒鳴り声を上げ、俺を睨んでいる。

 俺はこの怖いもの知らずの年寄りを叩き潰そうと拳を握りしめた。

 だが、やめた。

 威張り腐った年寄りは肩で風を切り歩いて行った。

 商店街の薄暗い灯りが、歩めば歩むほど暗くなって行く。

 俺は分かっていた。

 何かが俺を制していることを。

 商店街のアーケードが終わりに近づく道標とし、右手に古びた煙草の自動販売機が見えてきた。

 俺はタスポを財布から取り出し、小銭を入れ込み、ロンピー(ロングピース)のボタンを押した。

 そして、魔除けの如く、ロンピーに火をつけ、咥え煙草でアーケードを潜り終える。

 商店街を過ぎ、行き止まりのT路地を右折する。

 前方に微かに琵琶湖らしき水色の塊が高層マンションの間に見える。

 俺は前しか向かない。

 左には比叡山の麓の山林が鬱蒼と迫っている。

 俺は決して左を見ない。

 いやでもこの後、対峙するから…

 歩道か車道か区別のつかない工事途中の雑な道路を琵琶湖へと降り歩いて行く。

 やがて、京阪電車の踏切に立ち止まった。

 踏切が降りて、電車が俺の前を通過している。

 俺は顔を上げない。

 見てはいけない事を俺は知っている。

 電車の窓ガラス

 見てはいけない…

     憎悪と恨みの怨霊がガラスに犇めいている事を俺は知っている。

 俺は怨霊の塊をやり過ごし、踏切が上がると、線路をゆっくりと渡る。

 やはり、ここからだ。

 段々と脚が重たくなって行く。

 誰かが俺の脚を掴んでいやがる。

 線路内に止ませようと、俺の脚を掴んでいやがる。

 俺はここで前を睨む。

 覚悟の眼差しを敵に向ける。

 すると脚元の掴みが消える。

 奴らも覚悟しやがった。

 踏切を渡り切ると、左に疏水が現れる。

 琵琶湖から京都に送る疏水

 水の中に幾億もの血が混じっている。

 古の死人の声が疏水の水音と共に俺に挑んで来やがる。

 俺は疏水を過ぎ、改めて覚悟を決める。

 左の比叡の裾に夕陽が浮かんでいるのが見えてきた。

 寂れた3階建ての古い社宅

 3連の棟を構造とするが、両脇の棟は誰も住んでいない。

 窓ガラスには板が打ち込まれ、又は黒いビニールシートを貼られている空き家達だ。

 俺はアウシュビッツの門のような社宅の入り口を左折し、バックに夕陽を従えた比叡の鬱蒼とした山林と対峙する。

 風は吹いていない。

 しかし、空気が俺を押し返す。

「ここから出て行け!これ以上、進むな!」

 何かが警告している。

 俺は眼光を光らせ、見えない敵と対峙する。

 一歩、一歩、奴等の棲む、5号棟の203号室へ、

 ゴーストタウンのような奴等の縄張りの中を歩んで行く。

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...