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第二十三章

酋長の懺悔1〜ホイラーピークの戦い〜

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 咽び泣く酋長の震える肩を浩子は優しく撫でていた。

 しかし、ジョンは酋長から手を放し、牙の首飾りをじっと見つめながら、こう言った。

「だったら…、どうして…、貴方は…、父を…白人至上主義者に引渡したのですか…?

 真の友を…、何故…」と

 ジョンの口調は穏やかではあったが、途切れ途切れ、声は怒りで震えていた。

「ジョン…」と思わず、浩子は声を上げた。

「良いのだ。当然だ。ジョンがそう考えるのは当然だ。」と、

 酋長は、ゆっくり顔を上げ、浩子に優しく声を掛けた。

 そして、よろよろと立ち上がると祭壇の前に座り、両手を合わせて、祈るようにナボハ族語で呟いた。

「ケビン…

そろそろ本当の事を話す時が来たようじゃ。

お前とワシとの約束

ワシは墓場まで誰にも言わずに持っていくつもりだったが…

精霊にも昨夜、言われた。

『もう心配する必要はない。』とな、

ケビン、お前の血を受け継いだ、このジョンに真実を話す。」

 ジョンと浩子には、酋長の言葉の意味は分からなかった。

 祈りを終えた酋長は、祭壇から立ち上がると、また、元の位置に座り、パイプに煙草の粉を詰め直し、火をつけ、ゆっくりと蒸した。

 そして、意を決するかのように、パイプをトントンと囲炉裏の縁で力強く叩くと、ジョンに向かって、こう言った。

「ジョン!今から、あの惨劇の真実をお前に話す!」と

 浩子が不安気に目配りをすると、

「貴女も聞いておきなさい。貴女がジョンの分身であるならば。」と酋長は頷きながら浩子に優しく言った。

 ジョンは何も言わず、酋長の口元のみを見つめていた。

 酋長は毅然と語り始めた。

「全ては時代が悪かった。

 あのリンチ事件の時代はベトナム戦争の終期であり、世論は反戦色、一色となっていた頃だった。

 その裏で密かに凶暴化していったのが、白人至上主義者らだ。

 特に右翼共和党の白人至上主義者は、異人種こそが悪の根源であるとし、純血主義を唱えた。ナチスと同じだ。

 いや、ナチス以上に凶暴であったかもしれん。

 奴らは、『リンチ』というアメリカ開拓時代の都合の良い集団暴力を正当化した。

 政権を担う民主党も反戦ムードに押され、政権維持のため、建前の自由主義を放棄したかのように、横行する『リンチ』を看過して行った。

 特に我々ネイティブ・アメリカンにとっては最悪の時代となった。

 ベトナム戦争の影響で、アジア、東洋人を忌み嫌う風潮も強まり、黒人差別よりも黄色人種に対する差別が拡大した。

 その怒りの矛先にされたのが、黄色人種の先祖とされた我々ネイティブ・アメリカン、そう、白人達が蔑む『野蛮人』であった。

 今でも白人達が最も好む戦闘は、西部劇であり、開拓時代の我々先住民との戦いだ。

 白人達は、我々ネイティブ・アメリカンには遠慮はしない。

 何故ならば、我々ネイティブ・アメリカンは弱者とはされず、凶暴な野蛮人と見做されていたからだ。

 黒人は奴隷と言う弱者の面があるが、我々ネイティブ・アメリカンには、それがない!

 共存主義など戯言であり、凶暴な獣を居住地という檻に入れただけの話だ。

 良いか!

 白人至上主義者らは、暴力の捌け口を遠慮なく我々に向けたのだ!

 最も黄色人種を忌み嫌うベトナム戦争の帰還兵を利用してな。」

 此処まで語ると酋長はジョンと浩子の顔色を伺い、質問がないことを確認すると話を再開した。

「奴らはコヨーテのように狡猾でもあった。

 ワシントンから注視され難い、この西部の辺境に焦点を合わせたのだ。

 最初に標的とされたのが、東のホイラー山の部族であるプロブロ族であった。

 ホイラー山の麓に広がるカーソン国有林一帯は、此処ユタ州と南のニューメキシコ州に挟まれた自然豊かな山岳地帯だ。

 この地域一帯に古来より先住していたのがプロブロ族だが、メキシコ革命の内乱後に、戦火から逃げ延びて来たスペイン人も住み着いたことから、その混血も多かったのだ。
 
 南部テキサス州に拠点を置く最右翼の白人至上主義者らは、純血主義を掲げ、混血児を抹殺すべく、ひたひたと静かにリオ・グランデ川を北上し、カーソン国有林地帯に忍び寄った。

 真っ先に襲撃されたのがカーソン国有林の入口の町、タオスのプロブロ族の村であった。

 白人至上主義者らは、片っ端に混血児を惨殺した。

 プロブロ族も勇敢な部族ではあったが、武器が違った。

 白人達、ベトナム帰還兵が持つ高性能のマシンガンに比して、プロブロ族側は狩猟に使うライフル銃だ…

 プロブロ族に勝ち目は無かった。

『リンチ』、『集団暴力』、そんな生やさしいものではない、正に『殺戮』そのものであった。

 何百人もの混血児が、アヘンとアルコール漬けで狂人と化したベトナム帰還兵のマシンガンで蜂の巣のように撃ち殺され、

 証拠隠滅の為、死体は村ごとナパーム弾で焼き払われた。

 その中、タオスの生き残り数名が、ホイラー山を下り、我々ナバホ族に助けを求めて来た。

『気の狂った白人共が襲って来た。混血の者は見境なく殺された。頼む助けてくれ!タオスの次はホイラーピークが狙われる。頼む助けてくれ!』と

 ホイラーピークとは、神の山でもあるホイラー山の登り口にある村で、プロブロ族にとって、最も神聖な場所でもあった。

 プロブロ族とナバホ族は、古来から友好的な関係を築いていたことから、助けてやりたいのは山々ではあったが…、
 
 敵の白人共がマシンガンとナパーム弾を装備していると言う。

 それも戦闘員が、気の触れたベトナム帰還兵だと言う。

 ワシ等は迷った。

 まともに救援に駆け付けても、犬死するようなものだと…

 その時だ。

 お前の父親、ケビンがこう言った。

『まともに闘おうとするから躊躇するのだ。
自然を味方に闘うのだ。
木に紛れ、森に紛れ、闇夜に紛れ闘うのだ。』と

 そして、ケビンはワシにこう言った。

『俺1人で行ってくる。部隊を立てると次はナバホ族が狙われる。俺に任せろ。』と

 ワシはケビンに任せた。

 他の者らは、無謀だと言ったが、ワシはケビンを信頼していた。

 何故ならば、ケビンの神懸りな戦闘能力は、あのヒグマ退治で目の当たりにしていたからだ。

 ケビンは、たった1人、馬に乗り、ホイラーピークへと向かった。

 武器はナバホ族伝統の弓矢で…

 後々、プロブロ族の者が語っていた。

 ケビンは一晩で10人の白人を矢で射ったそうだ。

 暗闇からスナイパーの如く、ホイラーピークに近づく白人共を次々と弓矢で殺し続けた。

 その間に、ホイラーピークの住民は、神の山、ホイラー山の頂上に避難した。

 ケビンとプロブロ族の勇者は、10人足らずの戦団ではあったが、ケビンが戦闘指揮を執り、自然を味方に巧みに白人共と応戦した。

 タオスからホイラーピークに通ずる道は、険しい獣道一本しかなく、車両での通行は不可能であり、馬に乗るか、歩くしかなかった。

 白人共は、途中でジープを捨てて、獣道を歩く。

 ケビンらはその時を狙った。
 
 無防備となった白人共に、暗闇から『影の精霊』の如く矢を射った。

 正に神出鬼没のゲリラ戦法だ。

 ベトナム帰還兵達は、あの悪夢を思い出した。

『ベトナムの時と同じだ…、奴等はベトコンと同じだ…』と

 次第に白人至上主義者らの戦闘意欲は薄れて行き、戦団の足並みが崩れ出した。

 しかし、気の触れた白人共は無謀な作戦に出た。

 奴等はホイラーピーク一帯の森林をナパーム弾で焼き始めたのだ!

 ケビンらは、急いでホイラーピークの村に行き、逃げ遅れた者が居ないか見回った。

 すると、村の教会から灯りが見えた。

 我々先住民は多神教で自然そのものを信ずる民であったが、プロブロ族はスペイン人の影響もあり、キリスト教徒も多く居たのだ。

 ケビンらが教会に入ると1人の白人女性が祭壇のイエス・キリストの十字架に祈りを捧げていた。

 ケビンがプロブロ族の勇者に問うた。

『あの女はお前等の仲間か?』と

 プロブロ族の勇者らは、

『そうだ。彼女は『マリア』だ。我々の仲間だ。』と答えた。

 ケビンはマリアに近づき、

『此処は危険だ!直に燃やされる!

皆と一緒にホイラー山の頂上に避難するんだ!』と、マリアに避難するよう促した。

 しかし、マリアはこう言った。

『私は此処に残ります。主と共に此処に残ります。』と

『駄目だ!此処に居ては死ぬぞ!』と、ケビンはマリアの腕を握り、力尽くで引っ張ろうとした。

 その時、ケビンはマリアの顔を初めて見た。

 マリアは危機が迫っているにも拘らず、平穏な表情で笑みさえ浮かべていた。

 ケビンは、一瞬、時を忘れ、マリアの表情を見つめていた。

 マリアは、そっとケビンの手を解くと、こう言った。

『死の近づきは、神への近づきなのです。

死を恐れてはいけません。

死を迎えるのです。

今ある自分を全て曝け出し、神と会話をしながら、死を迎え入れるのです。』と

『死を恐れてはいけない…、死を迎え入れる…』

 ケビンはマリアの言葉を復唱した。

 ケビンは、その時、こう感じたそうだ。

『俺も死は恐れない。しかし、それは、勇気という武器によって成し得るものだ。

 実際は…、怖いのだ…、死が怖いのだ…、死から逃げているのだ…

 この者は違う!

 死を迎え入れると言う。

 この者は、死を限りなく近くに感じている。』と

 ケビンにとってマリアの説示は、衝撃であった。

 ケビンは今まで勇者、狩人として、幾度なく、死に直面しながら闘ってきた。

 その際、ケビンは勇気を振り絞り、言わば『死を無視』することに専念していた。

 マリアは違った。

『この女は、恰も死が友であるかのように…』

 暫し呆然と立ち尽くしているケビンにプロブロ族の勇者が叫ぶ。

『頼む、マリアだけは救ってくれ!彼女は我々部族の『女神』なのだ!彼女だけは…』と

 ケビンは再度、マリアの手を掴もうとした。

 その時、

 教会の頭上に閃光が輝き、次の瞬間、無数の火の束が降り注いで来た!

 一瞬にして、教会は炎に包み込まれた。

『ナパーム弾だ!』

 ケビンはそう叫ぶとマリアに覆い被さり、降り注ぐ炎から守ろうとした。

『逃げろ!逃げろ!屋根が崩壊するぞ!』

 プロブロ族の勇者らがケビンに叫んだ!

 炎の高熱により教会の屋根が雪崩のように崩れ落ちようとしていた。

 プロブロ族の勇者らは、燃え上がる炎の前では手の出しようが無く、ケビンとマリアを見捨てるしかなかった。

 プロブロ族の勇者らが危機一髪、教会から抜け出すと同時に、教会は炎の中に崩壊した。

 戦火の治った次の日、

 プロブロ族の勇者らが教会を見に行った。

 教会は原型を止めず、無惨に焼け崩れていた。

 プロブロ族の勇者らは、瓦礫をかき除け、マリアとケビンを捜索したが、2人の遺体は見つからなかった。

 その訃報はワシの元にも届いた。

 プロブロ族の使者は、

『ケビン・ベルナルドこそ真の勇者だ!彼こそ『ロビン・フッド』に相応しい。』と書かれた、プロブロ族の酋長からの信書をワシに手渡した。

 ワシはその信書をケビンの遺骨の代わりとして、ケビンの両親の墓にお供えした。

 悲しみの中、部族の習わしに従い、ワシらはケビンの供養の為の儀式を執り行った。

 ケビンの生霊が精霊に変わるとされる10日目

 予言者が執行する『精霊の儀式』が、ベルナルド家の墓の前で始まろうとしていた。

 丁度、東のホイラー山の頂きに太陽が顔を出した時分であった。

 儀式の参列者が、予言者を模倣し、神の山、ホイラー山に黙祷を捧げていた。

 黙祷が終わり祭壇へ向き直そうとした時、

『うん?』と予言者が声を上げた。

 予言者は朝日の逆光を浴びながら眩しそうに額に手を翳し、砂漠を見遣っていた。

 ワシらも何気なく予言者が見る方向を見遣った。

 陽光の逆光が強く、はっきりとは見えないが、微かに、馬が砂漠を此方に向かって歩いて来るように見えた。

 馬はゆっくりと陽光の逆光から抜け出すように、その輪郭を顕にし始めた。

 予言者が叫んだ!

『あ、あれは、ケビン、ケビンじゃぁ!』と

 ワシらも目を擦って馬を凝視した。

『ケビン!生きていた!ケビンが生きていた!』

 ワシら全員が夢中で馬に駆け寄って行った。

 ケビンは馬から飛び降り、ワシと抱き合った!

『今度ばかしは、流石のお前も死んだものと覚悟したぞ!』とワシが言うと、

『俺も覚悟した。死を迎え入れた。

しかし、死は去って行った。』と

ケビンは言いながら、馬の尻に横たわっている女を見遣った。

 そして、ワシにこう言った。

『この女は『女神』だ。』と

 

 

 
 



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