“イチバン”好きな人とは結婚できない

ジョン・グレイディー

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第九章

小さな恋のメロディー

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 美咲と茂樹は、秘密の恋をあの森の楠木の枝の上で重ね合って行った。
 美咲は、夏期講習が終わると、毎日、あの楠木に向かった。
 テニスコートで練習している部員にも怪しまれないよう、敢えて、運動場の外に出て、人気のない民間の通り道を抜け、墓地公園に入っていった。

 クマゼミとアブラゼミが競うように喧しく泣き叫んでいる緑の桜並木を潜り、あの「100段」階段の前まで来ると、美咲は用心深く、階段に座り、右からも左からも人が来ないことを目と耳で確認し、尚且つ、後ろ向きに、ゆっくりと階段を登るのであった。

(…完全に逃亡者に逢いに行く女みたい…)と

 美咲は、思いながらも、中段辺りで上を振り返り、
 大きな枝から屋根のように木の葉をぎっしりと蓄えた楠木が見えると、
 美咲には、この楠木が2人の「秘密の恋」を覆い隠してくれている守り神のように頼もしく思え、
それと同時に、胸がキュンと心地良く締め付けられるのを感じた。

 そして、美咲は、ハンカチで汗ばんだ顔は丁寧に拭き、にっこり笑顔を浮かべ、階段側の反対向きの楠木の幹の下に行き、少女のように飛び跳ねながら、

「茂樹君、手、手!」と甘え声を出すのであった。

 茂樹は茂樹で、その美咲の甘え声が大好きで、ワザと意地悪をする。

「美咲は子供じゃないんだから、1人で登れるだろう」と

「登れないの!手、手!」

「仕方ないなぁ、よし、掴まれ」

「やったぁー、よいしょ」

 2人は、毎度、全く一言も変わらぬやり取りを行った。

「ここに来ると、クーラーがかかってるみたいに涼しい~」

「だろう。風通しが良いんだ。 ほら、聞こえるだろ、森が喋ってるのが…」

「うん、聞こえるよ。森が喜んでるね!」

「そうさ、俺たちを森が祝福してくれてるのさ」

「茂樹君、夏期講習、出なくて大丈夫なの?」

「うん」

「どうしたの?」

「最近ね、急にね、夜、眠れなくなったんだ…」

「一睡もできないの?」

「そうなんだ…、寝よう、寝よう、と思うと益々、寝れなくて…、それで、朝、起きれなくてさ、ついつい、サボってねぇー」

「そうだったんだ…、なんか、心配…」

「でも、寝れない分、勉強してるよ!」

「そうじゃなくて、茂樹君の身体が心配なの!」

「大丈夫さ、ここで美咲を抱き寄せれば、俺、元気になれるんだ。
 おいで、美咲」

「うん」

「柔らかい…、本当に美咲を抱き寄せると安心するよ…」

「私も、安心する…」

 そんな秘めた恋の夏休みも終わり、2学期が始まった。

(…茂樹君、来れてるかなぁ…)

「どうしたの、美咲、元気ないじゃん、まぁ、新学期、初日から元気がある人、いないよね!」

(…アンタは元気そうじゃん…)

「うん、ちょっと、トイレ行ってくるね」

 美咲は隣のクラスを横目にトイレに行ったが、茂樹の姿は見つけられなかった。

「美江、堀内君、お休み?」

「うーん、休みと言うか、早退と言うべきか」

「何、どうしたの?」

「あのね、堀内君、来たのさ、学校、でもね、教室のドアから中に入らず、帰って行ったのさ。」

「忘れ物かなぁー」

「いや、その後、担任が堀内君、今日、休むって言ってた。どうしたのかなぁ~って、皆んな不思議がってる。」

「そっか…」

 美咲は昼休み、楠木に行ってみたが、茂樹の姿はなかった。

 それから1週間、茂樹は学校を休んだ。

 茂樹が学校に戻って来た放課後、美咲は急いで楠木に向かった。

「茂樹君、居る?」

「うん」

「行ってもいい?」

「うん、ほら、掴まれ」

「茂樹君、やっぱ、眠れなくなったの?心配だったよ~。」

「うん」

「どこか悪いの?」

「うん」

「どうしたの?」

「うん…、変なんだ…」

「うん」

「あのね、初日、朝起きたら、瞼が鉄みたいに重くて、開かないんだ…」

「うん」

「そしてね、自転車を少し乗っただけで、息切れして、心臓が『どっくんどっくん』って、鳴り出してさ…、途中で乗れなくなってね…」

「うん」

「学校にやっと着いたんだけど、階段上るのも、手摺持たないと足が上がらなくて…、足がセメントみたいに重くなってね…」

「うん」

「教室に入ろうとドアを開けたらね…」

「うん」

「あのね…、中の空気の色が灰色なんだ…」

「空気が灰色?」

「うん、そうなんだ。どんより、靄がかかったみたいな感じで…、そしたら、急に左耳から耳鳴りがし出して…」

「うん」

「なんかね、耳の中に蝉がいるみたいに、『キーンキーン』って鳴り止まなくなってね…」

「うん」

「家に帰ってさ、お袋に言ったら、耳鼻科に連れて行かれたんだけど、原因が分からないって…」

「うん」

「その後、家の掛かり付け医に連れて行かれてさ、夜眠れないと言ったら、薬出してくれて、それで、やっと、寝付け出したんだ。」

「耳鳴りは良くなった?」

「ダメだ…、まだ、蝉が鳴いてるよ。」

「そっか…」

「美咲、ごめんな、心配かけて…」

「うん、本当に心配…」

「不思議なんだ…、薬のせいかなぁ~って思っててね…」

「何が?」

「あのね、この1週間、同じ夢ばかり見て、目が覚めるんだ!」

「どんな夢なの」

「多分、俺と思うんだけど…、まだ、小学生ぐらいでね、どこかの川で遊んでいるんだ。
 綺麗な水でね、魚が泳いでいてね、それをね、可愛い女の子と捕まえようとしてるんだ。」

「あっ」

「美咲、どうしたの?」

「その女の子、青いワンピースじゃない?」

「そうなんだよ!どうして、分かるの?」

「いいから、夢の続き教えて。」

「うん、そしてね、結局、魚を獲るよりも、2人でキャーキャー言いながら、水の引っ掛け合いをするんだ。」

「うん!」

「そしたらね、川の上の森の中から音楽が鳴り出してね、すると、遠くから、その女の子のお母さんが、『もう、帰るよ~』って、その子を呼ぶんだ!」

「うん!」

「そしてね、俺がね、『また、明日な!』って言うと、その女の子、ニッコリ笑って帰って行くんだ。」

「その女の子、おかっぱで、髪の毛短くない?」

「そうそう!」

「さっき、茂樹君が言った森の中から聞こえるメロディー、教会のパイプオルガンみたいじゃなかった?」

「まさか、美咲、同じ夢?」

「全く、同じだよ!、その男の子、白い野球帽被ってね、数字の「3」のロゴマークのTシャツ来てるんだ!」

「それ、俺だよ!」

「凄い…、茂樹君と同じ夢、あの男の子は茂樹かぁ~」

「そうさ、そして、あの女の子は美咲さ!」

 美咲も茂樹も同じ事を感じた。
 遠い遠い昔から、2人は繋がっていたんだと。
 お互い、好きに成るべくして好きになったんだと。
 
 2人は見つめ合った。お互いの瞳の中に、あの川の景色が映っているように感じた。

 そして、完全に時が止まり、2人とも宙に浮いているような不思議な感覚に包まれた。

 神秘的な、なんとなく切ない、そして、望郷感に駆られ、2人でいつか、あの川原に行かなければ!と感じるのであった。
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