“イチバン”好きな人とは結婚できない

ジョン・グレイディー

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第十四章

夢は夢、現実は現実

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 茂樹は、1月、学校に姿を見せることはなかった。

 茂樹は来る日も来る日も同じことばかり考えていた。

 自室に篭り、電気も付けず、窓のカーテンは締切、昼と夜との区別も付けず、天井の蛍光灯からぶら下がっている紐先の小玉をずっと見ながら、考え続けていた。

「何故、美咲は俺のことが好きだったのに、あのデビルマンと付き合ったのか?」

「俺に見られても関係ないと思っていたのか?」

「好きと付き合うことは別のことなのか?」

 茂樹はこの3点に付いて考えていたが、いつも答えは3点とも理解できなかった。

 茂樹自身に置き換えれば、全て「NO」であった。

 茂樹はこう思っていた。

 好きな人がいるならば、好きでもないやつと付き合うべきではない。
 それは、自分の心を裏切ることとなり、一番好きな人を失うことになると。

 茂樹は思った。

「俺も人が良いなぁ~、あんな美咲を…、吉川と付き合っている姿見て…」

「俺がもし危篤にならなかったら、お袋が美咲を呼んだりしなかったら、美咲はデビルマンと付き合い続けたのであろうか?…」

「俺にはそんなことはできない。好きな人がいるのに、美咲がいるのに、他の女なんかと付き合うなんて…」

「俺の心のテレパシーが美咲に通じてなかったのか?俺の美咲を想う気持ちが薄かったのか?…」

「いや、初めて美咲を見た時から、思い浮かべなかった日などない!ずっと心の中で愛していた。美咲に伝わっていなかったのは何故だ?
 一体、俺はどうすればいいんだ?」

「今の俺の気持ちはどうだ?美咲はあの夢の中の美少女だ。好きだ。愛してる。
 しかし、それよりも、何故、美咲は、俺以外の男と、それも公然と恋人同士であることをアピールするように…、俺がずっと求めていた女とは違うのか?…
 そのことの方が気になって、気になって、美咲の顔が浮かんでこない…」

 このように、茂樹は、まさに暗中模索、暗闇の中で針に糸を通すように、見つからない答えを、来る日も来る日も考え続けていた。

 2月1日
 茂樹の姿は学校にあった。
 美咲はベランダから茂樹の居る隣の教室を覗いたが、茂樹は教室の左奥の廊下側の席に座り、目を瞑っていた。

(…茂樹君、大丈夫?…)

 美咲は何とか茂樹の開く瞼を待ち続けたが、茂樹と目が合うことはなかった。

「美咲ぃ~、知ってるぅ~!」

「何?紫穂どうしたのぉ~」

「茂樹君さぁ~、ヤンキーと喧嘩したでしょ、あれね、5組の川島君を助けたみたいょ!」

「助けた?」

「うん、大晦日の日にね、川島君、よその高校の女子をナンパしたら、それがヤンキーの彼女だったみたいなの。それで、川島君がヤンキーに絡まれている所、茂樹君が助けたみたい。」

「そうなんだ!茂樹君、ただ単に喧嘩した訳じゃないんだね。」

「そうそう、でもね、茂樹君、そのことをね、警察にも学校にも言ってないんだって!
 カッコいいよねぇー、益々、ファンになっちゃった!」

「紫穂、彼氏いるじゃん!」

「彼氏と憧れは違うのさ!」

(…そうだったんだ、よかった、何か理由あると思ってたよ…)

 茂樹が学校に現れてから、学校の雰囲気が一転した。

 教師は茂樹に警戒する一方、茂樹の周りには、茂樹を慕う男子が取り囲んだ。

 美咲は益々、茂樹に近づくことができなくなってしまった。

 昼休みの学食でも、茂樹のボス席の周りには2年、3年の男子が陣取り、何やら相談をし合っていた。

「美咲、どうも、茂樹君にやられたヤンキーの高校が、川島君を狙ってるってよ!茂樹君には敵わないから、女に手を付けた川島君がターゲットになってるみたい。」

「紫穂、誰から聞いたのよ。」

「5組の女子がさっき言ってたよ。
 それで、川島君、茂樹君にまた相談してるみたい。
 何でも、明日ぐらい、そのヤンキーの高校がうちに乗り込んで来るみたいよ!」

(…茂樹君、無茶しないで、お願いだから…)

 その日の放課後、美咲は楠木に行ってみたが、茂樹は居なかった。

 茂樹は、川島の下宿で、ヤンキーの襲撃の対応を相談していた。

 川島はビビって、茂樹に泣きついていた。

「10万渡さないと、俺、リンチ喰らうって、電話かかって来た。
 茂樹、どうしよう?」

 茂樹は何も言わず煙草を吸っていた。

 3年の工藤が茂樹に言った。

「堀内、もうお前がうちのNo.1だからな!俺は表には出ないぞ。」と

 3年の工藤の友達が言った。

「うちの高校、普通高校だろ、向こうは工業高校でヤンキーの巣だ。
 勝ち目はないよ…」と

 川島は茂樹に言った。

「茂樹、俺、10万、何とか集めるからさ、それまで、奴らを抑えてくれないかなぁ~。」と

 茂樹は咥えた煙草を灰皿に放り捨て、こう言った。

 「分かった。俺が話を付ける。工藤さんよ、3年には迷惑掛けないから、もういいぜ。これは此方で方を付けるからよ。」

 次の日、茂樹は、そのヤンキーの高校の中学時代の友達に、方の付け方を相談していた。

 その友達は黒澤といい、中学時代、茂樹と仲が良く、頼りになる奴だった。

「黒澤、金はうちの川島が用意する。そして、川島も二度と女には手を出さない。それは俺が責任を持つ。」

「分かった、先方には俺から話を付けておくよ。
 先方もまさかお前があのヤクザと一戦を交えた堀内茂樹だとは知らなかったみたいだぜ。」

「ヤクザの息子との一戦か…、あれは、俺が悪かった…、イライラしててね…」

「だけど、お前、気を付けろよ、敵ばっかり増やしてるぜ。」

(…そうなんだよなぁ…、俺には味方が誰一人、居ないんだ…、美咲もな…)

 茂樹は美咲だけは自分の唯一の味方だと信じていたが、今、黒い影のように茂樹の心を襲う「うつ病」は、被害者妄想と破滅願望、そして希死念慮を次第にどんどんと蓄えていた。

「うちは、母子家庭だ。出て行った親父もヤクザみたいなもんだった。
 美咲の家はちゃんとした家庭で親父さんも県庁のエリートだ。
 俺と美咲が一緒になれるはずはないよなぁ…、夢は夢、現実は現実か…、だから、美咲も吉川なんかと付き合ったりするんだ…、美咲も分かってるんだよ、夢は夢、現実は現実と…」

 2月第1週の土曜日、午後6時

 川島は弁天橋の下で、あのヤンキーを待っていた。
 川島の足は震え、落ち着きなく、辺りを見回していた。

 川島の手には親に塾代と参考書を買うと嘘を言い、騙し取った10万円の入った封筒が握られていた。

「よう!色男!待ったか!」と

 茂樹に殴られ顔面に包帯をぐるぐる巻いた白いミイラのような男が、10人以上のダチを引き連れ、バイクで現れた。

 川島は驚き、立ちすくんでしまった。

「か、か、金は用意したよ…」と

 川島は言い、それを渡して早くこの場を去りたいかのように、震える手で封筒を差し出した。

 そのミイラのヤンキーは言った。

「これを見ろよ!この包帯を!お前、本当に10万で済むと思って来たのか?桁が一つ足りねぇんだよ~」と

 川島は堪忍願うように言った。

「100万なんて無理だよぉ~、それにお前を殴ったのは堀内だよ~」と

 ヤンキーは言った。

「なら、堀内に言っとけ、100万じゃないと手打ちはしないとな。」と

 ヤンキーはそう言うと、連れの方を振り向き、顎で合図した。

 ヤンキーの連れ達は、川島をボコボコに殴りまくった。

 川島の顔面は蜂に刺されたように腫れ上がり、鼻は折れ、前歯は何本も欠けてしまい、

「やめてください!頼みます!
やめてください!」と懇願するのみであった。

 その時、茂樹と黒澤が現れた。

 黒澤が言った。

「よう、奥村、俺との話と違うことしてるじゃねぇーか!」と

 奥村(ヤンキー)が茂樹の方を見ながら言った。

「10万じゃ、治療代にも足りないんだよ!その堀内のお陰でなぁ~」と

 茂樹は徐に奥村に近づいた。

 奥村は叫んだ。

「お、おい!今度やったら、お前、ポリ公に捕まるぞ!」と

 茂樹はそんなこと耳に入らぬよう、奥村をバイクから引き摺り下ろし、奥村を投げ飛ばして、倒れた奥村に馬乗りになり、拳を上げた。

 奥村のダチも黒澤も息を飲んだ。

 茂樹は言った。

 「ポリ公?、俺はなぁ、この世で一番嫌いなのがそのポリ公なんだよ!」と

 そして、奥村のまだ完治してない顔面を殴ろうと拳を振り上げた。

 奥村が失禁しながら懇願した。

「やめてくれ~、頼む~、もう、しないから~、助けてくれ~」と

 茂樹は構わず、奥村の顔面に拳を詰め込んだ。

 奥村から悲鳴も何もほとばしることはなかった。

 周りの全員が唖然とした。

 茂樹は、黒澤の肩を軽く叩き、仰向けに倒れている川島を担ぎ上げた。

 奥村のダチは無言で茂樹から後退りし、奥村に駆け寄り、奥村を抱え、去って行った。

 茂樹は思った。

(…これが俺の世界なんだよ、美咲…、お前とは住む世界が違うんだよ…)と

 次の週、学校は茂樹の事で話が持ちきりとなっていた。

 それからは、茂樹の周りには常に男子が取り囲み、益々、美咲が近寄ることはできなかった。

 茂樹が楠木に居ることもなくなり、美咲に電話を寄越すこともなくなった。

 美咲はどんどん茂樹との距離が遠のくのを感じた。

(…どうして、私から離れて行くの、茂樹君…、あんなに愛し合ったのに、どうして、急に変わってしまったの…、何があったの、教えてよ!…)と

 まさか、茂樹の心の影が美咲自身の、あの吉川との、たった1週間の付き合いに有るとは、美咲は知る由もなかった。

 この時期の少年少女、特に少年には、将来に希望を持つか、又は悲観するか、それによって、今置かれた現実を直視してしまい、自分のアイデンティティに固守し、現実ではないものを全て排除しようとする時期でもあった。

 今、茂樹の心には美咲のテレパシーは全く届いていなかった…
 
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