漁村

ジョン・グレイディー

文字の大きさ
7 / 22
第七章

薄い月夜は青い餌木

しおりを挟む
 その日の夜、男は久々の動物性タンパク質を摂取するため吉田の女房に貰ったカレイをぶつ切りにし鍋の中に放り込んだ。

 カレイは思ったよりも大きく、身の三分の一は真子(卵)が支配していた。

 その真子も勿論、鍋に放り込んだ。

 その他の具材は豆腐ともやしといった変わり映えのしないものではあったが…

 出汁は白だし、味醂、調理酒、醤油をそれぞれ大匙一杯づつ、そして、塩で味を締めた。

 男は塩を入れ終わると鍋蓋を閉め、鍋が吹き上がるのを待った。

 待つ間、男はふと今日見た船泊りの釣り人、あの若い女性の立ち姿が目に浮かんで来た。

 大雪警報が解除されたばかりの冬の日本海の寂れた漁村

 ましてや、例年よりも海水が冷たく、釣果は全く期待出来ない。

 余程の釣り好きじゃないと、こんな所に来やしない。

 何処から来たのだろうか?

 釣れたのであろうか?

 男は一頻りあの釣り人の事を考えていた。

 ブルーバーナーの上に設置した鍋が「カタカタ」と鳴り出し、鍋蓋の間から汁が溢れ出した。

 男は急いで鍋蓋を開け、久方振りのご馳走に手を伸ばした。

 男は鍋を突きながらも、やはり、あの若い女性の釣り人の事が気になった。

 次の朝、鳶の呑気な鳴き声が漁村に響き渡り、太陽も邪魔者の居ない青空に堂々と顔を出していた。

 風もなく海は凪いていた。

 男は目は開いているものの、未だ布団の中に居た。

 この漁村に越して来て以来、転居手続き、大雪の雪かき等々、ある意味、忙しく立ち回った時間を過ごしてはいたが、それら用件が消え去ると、男を待ち受けていたのは「無職」と言う現実と、やるせ無い「虚無感」であった。

 やるせ無い虚無感

 これが今の男にとっての最大の敵であった。

「虚無感」は、気を抜くと容赦なく襲って来る。

 男は、それに抗うように気が急き、そして焦り、やがて、虚しくなり、そして、途方に暮れるのであった。

 じっとして、考えれば考えるほど、気が滅入ってしまうのであった。

 金のこと、右脚のこと、この先のこと…

 潔く仕事を辞め、若人のように新天地に自己の未来を切り拓くが如く、果敢にここまで辿り着いたものの…

 結局は、誰も誉めてくれる者はなく、

 誰もが揃って「無理だ」と口を揃える。

 男は思った。

「俺はこのままどうなるんだろう。
 何もせず、この小屋の中で死んでしまうのか…

 いや、どうせ、なかなか死なせてくれないんだろう。

 とことん惨めにならないと…」と

 男は、そんな虚無感にかられ、急に不安となり、身体中に悪寒が走ったように寒くなり、布団に蹲るよう潜り込んだ。

 何分、何時間かが経った。

 悪寒は引き潮の様に引いて行った。

 男は自然と布団から顔を出し、雨戸の隙間から差し込む光を見遣った。

 すると、男は息子に言った言葉を思い出し始めた。

「ゆっくり、ゆっくり、慌てるな」

 男はそれを何度も心で呟きながら、布団から抜け出した。

 男は誓った。

 何も考えず、身体のしたいよう行動することを。

 しかし、気弱な心は、直ぐに身体の動作に対し、度々、大義名分を求めようとする。

 男は、その都度、その脆弱な心の言い分を阻むよう、真っ先にその芽を摘むよう心を無にした。

 其れ等心の呵責と格闘を繰り返しつつ、結果、男は釣り竿を握り、漁村の防波堤に向かって歩き出していた。

 ここに来て初めて向かう防波堤ではあったが、男は何回も訪れたような気持ちでいた。

 身体が過去の蓄積を覚えていた。

 男は九州に居る時、秋口のモイカ釣りシーズンになると、仕事帰り、毎日のように、この様な防波堤に通い詰めていた。

 雨の日も風の日も、いや、台風の日でも竿を出すほど通い詰めていた。

 脳裏の片隅に隠れていた記憶も蘇って来た。

 男は防波堤に向かって歩いているうち、漁村、田舎の漁港の構造が何処も同じであることに次第に気付いて行った。

 防波堤の長さ、高さは所によって違うけれども、湾内に停泊する船舶を護るべき消波・防波の型こそは、何処も至ってスタンダードな構造であった。
 
 案の定、

 この漁村も外海に対し、「コ」の字に消波ブロック、防波堤で体裁を整えていた。

 男は、恰も行き慣れた防波堤を歩く様、消波ブロック「テトラポット」に砕ける波音を目指し、歩いて行った。

 右手の湾内には出港していない船が数隻停留していた。

 男は、極力、其れ等船を見ないよう努めた。

 船を見ると、どうしても不自由な右脚を恨み、どうしようない焦りを抱いてしまうからであった。

 男は足元だけを見つめ、息子に言った言葉を心で呟きながら前へ前へと進んだ。

 防波堤の壁に突き当たると、湾内との接道を左に進んだ。

 接道は防波堤の左先端にある白灯台まで続いていた。

 男は白灯台の袂にある階段まで辿り着くと、防波堤の上に上がれる階段を登った。

 外海が見えた。

 砂浜から見る海よりも海面が緑色に見えた。

 男は注文どおりの海を見遣ると、何かを確認する様に防波堤の下に連なるテトラポットの先に目を向けた。

 見遣った先は、綺麗な海水が透き通って見え、海中で藻がゆったりと揺らいでいた。

 次に男は防波堤の上を下を向いて逆方向の右に歩いて行った。

 男はイカの吐いた墨があるか否かを探していたが、墨の跡は見当たらなかった。

 吉田の女房が言っていたとおり、モイカが釣れた形跡は全く見当たらなかった。

 男は防波堤の上を右奥まで犬のように隈なく嗅ぎ回ると、また、白灯台まで戻り、

 一番最初に見えた藻の位置をキャスティングポイントにすることに決めた。

 男はそのポイントに2回程、竿を振り、餌木を流し、底の深さを把握すると、早々と竿をたたみ、小屋へと引き上げた。

 男には打算があった。

 それは、北東の空に浮かぶ無用の「月」であった。

 夜、月が輝けば…

 そう!

 男は、夜、月が煌々と照らす潮変わりの時間帯でモイカを狙うつもりでいたのだ。
 
     今は3月半ば

 親イカが産卵をするため、接岸近くの藻に来る時期であることを男は知っていた。

 九州でモイカ釣りをしていた時も同じであった。

 12月まで釣れていたモイカが年を越した1月、2月になると全く釣れなくなる。

 それが、3月になると大きなキロ級のモイカが岸に戻って来て、産卵を行うため姿を現す。

 ただ、九州の漁村によっては、この卵を持った親イカを釣らせぬよう1月からは禁漁時期を設定している所もあった。

 男も親イカは資源保護の為にも釣るものではないと考えていた。

 また、キロ級のイカは釣り自体のやり取りは面白いにせよ身が硬くて美味くはない。

 男は幾分、迷ってはいた。

 男は、今夜、使用する餌木を選択しながらも、

「親イカは釣ったら駄目なんだけどなぁ…」と一抹の後ろめたさを抱いていた。

 しかし、その迷いも吉田の例の言葉が解決してくれた。

「無法地帯か…、面白いことを言いやがる。」

 男は、都合良く、吉田の言葉を思い出していた。

 また、釣具店の吉田の女房もイカの禁漁期は何一つ言及はしなかった。

 加えて、男はモイカが良い値で売られていることを承知していた。

 滋賀に居る時、時々、隣の京都府舞鶴市に魚を買いに行ったことがあったが、

 魚屋に並ぶモイカの数は、九州より桁違いに多かった。

 この日本海、舞鶴湾から小浜湾、若狭湾にかけては、モイカが大量に獲れるとは聞いてはいたが、想像以上であった。

 店頭に並ぶモイカは型も良く、それこそキロ級の物がゴロゴロと並んでいた。

「確か舞鶴では、キロ2000円ぐらいで売ってたな。

 上手くいけば、1500円で卸せるかも…」と

 男は皮算用をし、この漁村で釣り上げたモイカを市場に卸そうと考えていた。

 釣りではなく、漁として、仕事として!

 男は、もう脚が悪いなど、船にも乗れないなどとクズクズ考える暇はないと開き直っていた。

 時刻は午前0時を回った。

 男は誰一人居ない白灯台へと向かった。

 餌木は3.5号の虎模様と青い鰯模様の二つを揃えた。

 思ったとおり夜空に月が煌々と照り、白灯台の灯りの方が、今夜は無用に見えた。

 夜空に雲一つ見当たらない。

 昨日までのドス黒く威張り腐って居座っていた雪雲が嘘のように消えていた。

 この日の満潮時は午前2時

 これから2時間が勝負の時であった。

 男は最初に虎模様の餌木を装着し、ロットを振るった。

 月光の及ばない海面で「ポチャン」と餌木が着水する音が聞こえた。

 男は餌木が底に着くまで糸を緩ませた。

 男のエギングの仕方は底を曳く手法であった。

 この時期の親イカは月夜に魅せられ海面に浮上する雑魚を食べる為には活動しない。

 親イカは海底に近い藻の根元に卵を産み付ける為、岸に寄って来る。

 よって、底を漁るのが親イカを釣るコツでもあった。

 男は餌木が底に着いたか否かを道糸の緩みで把握し、そして、ゆっくりとリールを巻いて行った。

「良い海だ!」と

 男は思わず唸った。

 底に岩がゴロゴロと転がっている海底は、餌木が引っ掛かってしまうが、この海は違った。

 餌木が滑らかに底の砂地を泳いでいるようスムーズに糸が巻けた。

 5回ほどキャスティングしたが、当たりは無かった。

 男は上空の月を見遣った。

 月は満月ではあったが、秋の月とは違い薄黄色に輝いていた。

 薄雲が月光を逃れ、天空の暗闇の中に潜んでいた。

 男はある事を思い出した。

 それは、昔、こんな薄黄色の月夜、ある漁村での出来事であった。

【時刻が明日に変わる潮代わりの時分、地元の老婆さんが、エギングなどの洒落たロットではなく、防波堤用の長竿を持って現れた。

 竿にはリールも装着していない。

 その老婆さんは、餌木を握ると竿をしならせ、その反動だけによって、ほんの手前に「ポトン」と餌木を海に放り込んだ。

 そして、中腰に座ると、地面に竿を置き、呑気に煙草を吸い始めた。

 すると、地面に置いた竿が「ガタ、ガタ」と僅かに海に引っ張られた。

 老婆さんは慌てる事なく、ゆっくりと竿を立てると、『にいちゃん、悪いけど、下のイカを掬ってくれんかいのぉ』と男に頼んできた。

 男が老婆さんの指差す暗闇の海をヘッドライトで照らして見ると、大きなモイカが「プシュー、プシュー」と墨を吐きながら暴れていた。

 男はそのモイカを掬い上げ、陸に上げてみると驚いた。

 そいつは悠に2キロは超える大物であった。

 老婆さんは男に礼を言い、イカをビニール袋に詰め、

『今日はこれで終わりじゃ、にいちゃん、頑張ってな!』と言い、帰ろうとした。

 男は夕まずめからこの場所で粘っていたが、一向に釣れなかったので、思わず老婆さんに、

『何かコツがあるんですか?』と聞いてみた。

 すると老婆さんが、

『掬って貰ったけん、お礼にこれ、使いな!』と言い、

 竿先の餌木を外し、男に渡した。

 そして、老婆さんはこうも言った。

『月が薄い時は、青が食うんや!』と】

 男はあの時の老婆さんの言葉を思い出した。

 男は餌木を虎模様から鰯模様の「青」に変えてみた。

 時刻は午前2時

 正に満潮時刻、潮止まり直前であった。

 男は、これまでとは違い、軽くキャスティングをし、足元に餌木を沈めてみた。

 餌木が海底に着いた合図として道糸が緩んだ。

 男は糸ふけ分だけ、少し、少し、糸をそっと巻いて、また、餌木を海底に落とした。

 その時であった。

 餌木が海底に着く瞬間、

 強烈な引きが竿先を襲い、竿ごと海に引き込まれそうになった。

 シーバスロットは弓なりに曲がった。

「来た!」

 男は渾身の力で竿を立てた。

 そして、男はリールを巻こうとしたが、全く糸が入ってこない。

 強烈な引きであった。

 男は瞬時に思った。

「2キロはある。振り上げることは無理だ!

 くそっ!玉網もない!」と

 まさか、こんな大物が食い付くとは予想外であった。

 男は手前のテトラポットに降りて、糸を手繰り、イカを掴み上げようかとも考えたが、動かない右脚ではテトラポットに乗り移ることは到底無理だと諦めた。

 男は後ろを見た。

 後は湾内、内海でテトラポットも無かった。

「引き摺り回すしかない!」

 男はそう考え、イカをバラさないよう糸を張り、左、左へと竿を引き摺るよう移動して行った。

 何とか内海まで引き摺って来た。

 男はイカが外れていないかどうか竿を大きくしゃくってみた。

「プシュー、プシュー」と下の方でイカが墨を吐く音が聞こえた。
 
「よし!まだ、付いてる!」

 男は竿を地面に置き、左脚で竿先を踏み付け、道糸を掴むと、ゆっくり、ゆっくりと腕の力でイカを引き上げ出した。

 途中、イカが堤防に引っ付かないよう、腕を目一杯に伸ばし引き上げ、イカが海面から宙に浮いた瞬間、一ヒロ(1.8m)だけグイッと手繰り寄せ、そして、思い切って左後方にイカを放り投げた。

 男はすかさず後方を見遣った。

 月光に餌木の針先が光って見えた。

 男が光る餌木の方に近づくと、

「ブシュー、ブシュー」と

 大きな黒い塊りが墨まみれになりながら、怒っていた。

 大きなモイカであった。

 男はモイカの下足を握り、持ち上げ、月光に照らして見た。

 怒り狂って全ての墨を吐き尽くしたイカは、無用な海水を吐き続けていた。
 

 

 
 

 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

初恋の人

凛子
恋愛
幼い頃から大好きだった彼は、マンションの隣人だった。 年の差十八歳。恋愛対象としては見れませんか?

処理中です...