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39.収束(ヴァンス)
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私はセシルをオルブライト公爵家に連れ帰った。このまま屋敷で看病することにしたのだ。バセット伯爵には手紙でセシルは無事なので安心して欲しいと伝えた。
私はベッドの側に椅子を置きセシルを見守る。体温が高いので医者を呼んだところ知恵熱なので、安静にしていれば明日には回復するだろうとの見立てだった。とりあえずはほっと胸を撫で下ろす。
(知恵熱とは子供のようだな。それも可愛い……)
眠っているセシルは幼く見える。賢く凛とした普段の姿とのギャップを感じ無意識に口角が上がる。
最近のセシルはつくづく可愛い。私は一人の女性のことをこれほど考えるのは初めてで、自分が正常なのか不安になった。そこでアイリーンに相談したが、あっさりと「恋愛ボケ」と笑われた。不名誉な呼び名にむっとしたが、恋を意識すると現れる初期症状だから深く考えなくていいらしい。この感情の変化は自然なことだと言われ納得した。
このまま付き添っていたかったが、母に結婚前に一晩付き添うなんて不埒だと叱られ部屋を追い出された。婚約者だから問題ないと思うが、けじめは必要だと言われれば諦めるしかない。
翌朝は熱が下がり朝食を摂ると、セシルは「レックスが心配するので」と言ってバセット伯爵家に帰ってしまった。私はシスコンではないがセシルは絶対にブラコンだろう。
「寂しそうな顔をしていないで事後処理を頑張ってね」
セシルを見送ったあとはワイアット至上主義のアイリーンに急き立てられ登城した。
「エディット王女の取り調べはどうなった?」
ワイアットは報告書を私に投げると天井を仰ぎながら説明をした。
「あーーーー。頭が空っぽの王女様はセシルさんに犬をけしかけて怪我をさせれば傷物になって、ヴァンスとの結婚がなくなると思ったそうだ。犬はある匂いを付着している人物を襲うように訓練されていた」
「最悪だな。くそ女。それでその匂いはどうやってセシルにつけた?」
「口が悪いぞ、ヴァンス」
「ワイアットも行儀が悪いのだからお互い様だ」
「まあ、そうだけど。匂いは茶会の時にセシルさんだけに、匂い付きの扇子を婚約の祝いにと贈っていた」
「計画的な犯行で酌量の余地なしだな」
私は怒りを込めて吐き捨てる。もしも間に合わなければセシルは大けがをしていた。傷物どころか最悪の場合、命の危険だってあったのだ。ワイアットは両手を伸ばしながら体を解すと椅子に座りなおした。
「王女に着いてきた大臣はヴァンスを思うあまりの若気の至りだから許してほしいと言ってきた。王家としては厳重注意と再入国の禁止を求め、それ以上の責任を追及しないことにした」
「おい! 軽すぎるじゃないか」
「そういうとは思ったが、あれでも王族だ。それに未遂で終わったのでこれ以上の罰を求めるのは難しい。すでに昨夜のうちに強制的に帰国させた」
あの女に厳重注意をしても効果があるとは思えない。それに叱られてもセシルを逆恨みするに決まっている。二度とこの国に来ないからといって許せるものではない。
「それで王女は素直に帰ったのか?」
「いいや、キーキー猿のようにヒステリックに喚いていた。あれは微塵も自分が悪いとは思っていない。ちなみにオルブライト公爵家がキルステン王国にどう対処するかは関知しないと伝えてある。気のすむようにしていいぞ?」
なるほど。王家としては寛容に対応した。ワイアットはあとのことは当事者同士として話し合うようにと言っている。すなわち我が家が好きに対応していいとお墨付きを出したのだ。
「そうか。実はすでに父と相談して決めてある。我が公爵家はキルステン王国との砂糖の取引を一年間停止する」
昨夜セシルの部屋を追い出されたあとに父と制裁について相談していた。まずは輸出について制限を行う。我が領地は上質な砂糖を量産している。国内に流通している砂糖の八割を占めている。そしてキルステンには消費量の七割を輸出している。さぞ困るだろう。
「えげつない……公爵はよく許したな」
「取引先はキルステンだけじゃない。なくなっても我が家は痛くもかゆくもないさ。それに父はセシルを気に入っている。私同様に怒っていた」
父にとってセシルはもう娘なのだ。私としては極刑でいいと思っている。
キルステン王はエディットを可愛がっているからせいぜい謹慎をさせるくらいの処罰しか与えないと思う。たとえ修道院へ入れることにしたとしても、娘可愛さに過ごしやすい環境を整えるに決まっている。数年すれば修道院から出してそこそこの貴族に嫁がせるだろう。
それだとエディットは一生反省しないで我儘に生き続けることになる。それは受け入れ難いし許せない。
だから謝罪と慰謝料とは別にもう一つ条件を付ける。それを吞まないのなら砂糖の取引は永久に停止するつもりでいる。
その条件とはキルステン王国から少し離れたある国にエディット王女を嫁がせること。その国は我が国と友好国で、事情を説明すれば受け入れてくれそうな変わり者の王子がいる。
エディットの結婚相手となるその国の王子は六番目の王子で、エディットよりも十歳年上だ。近いうちに臣籍降下することが決まっている。王子は品行方正なのだが厳格でこだわりが強い。少しの間違いもズレも許せないという潔癖な人物だ。
そして信仰心が篤い。贅沢を憎み質素倹約を愛する。王族なのに珍しい人物だ。あまりにも清貧すぎて結婚相手が見つかっていない。
あの王子は自分の手で贅沢を好む人間を矯正するのが趣味なのだ。問題のある人間を改心させることが、己の生きる理由で至上の喜びと考えている。
後日、その王子にエディットとの縁組を打診したら、嬉々として受け入れてくれた。
もしかしたらあの王子ならエディットを矯正できるかもしれない。もっとも私はできなくても困らないが。あの国は離縁が認められていないので、エディットがどんなに音を上げても国に戻ることはできない。せいぜい頑張ってほしいものだ。
ちなみにバセット伯爵もこの内容で納得してくれている。伯爵はエイダの行動に感謝してベイリー侯爵家とは和解することにしたと聞いている。この様子だとベイリー侯爵家を支えるのはエイダになりそうだ。私もエイダには感謝している。
「なあ、ワイアット。もしもアイリーンが同じ目に遭っていたらどうする?」
「ん? 当然八つ裂きだ」
ワイアットは獰猛な表情で口角を上げる。お前の方がえげつない……。アイリーンはワイアットの情けない姿と温和な姿しか見ていないが、なかなか鬼畜な性格だ。
ワイアットは温厚そうに見えるがそうでもない。優しいだけでは国を支えきれないからだ。
留学中も自分に言い寄る女性の家の弱みを握り脅していた。潰した家もある。そういう家はみんな絶対に越えてはいけない一線を越えていた。そう、アイリーンを侮辱したことだ。
私にとってワイアットは妹を託すに足る、また臣下として仕え甲斐のある主人で満足している。
それから数日後、キルステン王の使者から手紙が届いた。縁談を紹介してくれたことへの感謝の言葉が形式的に書かれていた。
その後、エディットの婚約が無事に纏まり半年後に輿入れをすることになった。第六王子は嬉しそうにエディットの教育に使う資料を取り寄せているそうだ。きっとエディットは相当苦労する。それでも王女としての面目を保てる縁談を用意してやったのだから感謝してほしいものだ。
ようやくすべてが解決し、私は日常を取り戻した。
私はベッドの側に椅子を置きセシルを見守る。体温が高いので医者を呼んだところ知恵熱なので、安静にしていれば明日には回復するだろうとの見立てだった。とりあえずはほっと胸を撫で下ろす。
(知恵熱とは子供のようだな。それも可愛い……)
眠っているセシルは幼く見える。賢く凛とした普段の姿とのギャップを感じ無意識に口角が上がる。
最近のセシルはつくづく可愛い。私は一人の女性のことをこれほど考えるのは初めてで、自分が正常なのか不安になった。そこでアイリーンに相談したが、あっさりと「恋愛ボケ」と笑われた。不名誉な呼び名にむっとしたが、恋を意識すると現れる初期症状だから深く考えなくていいらしい。この感情の変化は自然なことだと言われ納得した。
このまま付き添っていたかったが、母に結婚前に一晩付き添うなんて不埒だと叱られ部屋を追い出された。婚約者だから問題ないと思うが、けじめは必要だと言われれば諦めるしかない。
翌朝は熱が下がり朝食を摂ると、セシルは「レックスが心配するので」と言ってバセット伯爵家に帰ってしまった。私はシスコンではないがセシルは絶対にブラコンだろう。
「寂しそうな顔をしていないで事後処理を頑張ってね」
セシルを見送ったあとはワイアット至上主義のアイリーンに急き立てられ登城した。
「エディット王女の取り調べはどうなった?」
ワイアットは報告書を私に投げると天井を仰ぎながら説明をした。
「あーーーー。頭が空っぽの王女様はセシルさんに犬をけしかけて怪我をさせれば傷物になって、ヴァンスとの結婚がなくなると思ったそうだ。犬はある匂いを付着している人物を襲うように訓練されていた」
「最悪だな。くそ女。それでその匂いはどうやってセシルにつけた?」
「口が悪いぞ、ヴァンス」
「ワイアットも行儀が悪いのだからお互い様だ」
「まあ、そうだけど。匂いは茶会の時にセシルさんだけに、匂い付きの扇子を婚約の祝いにと贈っていた」
「計画的な犯行で酌量の余地なしだな」
私は怒りを込めて吐き捨てる。もしも間に合わなければセシルは大けがをしていた。傷物どころか最悪の場合、命の危険だってあったのだ。ワイアットは両手を伸ばしながら体を解すと椅子に座りなおした。
「王女に着いてきた大臣はヴァンスを思うあまりの若気の至りだから許してほしいと言ってきた。王家としては厳重注意と再入国の禁止を求め、それ以上の責任を追及しないことにした」
「おい! 軽すぎるじゃないか」
「そういうとは思ったが、あれでも王族だ。それに未遂で終わったのでこれ以上の罰を求めるのは難しい。すでに昨夜のうちに強制的に帰国させた」
あの女に厳重注意をしても効果があるとは思えない。それに叱られてもセシルを逆恨みするに決まっている。二度とこの国に来ないからといって許せるものではない。
「それで王女は素直に帰ったのか?」
「いいや、キーキー猿のようにヒステリックに喚いていた。あれは微塵も自分が悪いとは思っていない。ちなみにオルブライト公爵家がキルステン王国にどう対処するかは関知しないと伝えてある。気のすむようにしていいぞ?」
なるほど。王家としては寛容に対応した。ワイアットはあとのことは当事者同士として話し合うようにと言っている。すなわち我が家が好きに対応していいとお墨付きを出したのだ。
「そうか。実はすでに父と相談して決めてある。我が公爵家はキルステン王国との砂糖の取引を一年間停止する」
昨夜セシルの部屋を追い出されたあとに父と制裁について相談していた。まずは輸出について制限を行う。我が領地は上質な砂糖を量産している。国内に流通している砂糖の八割を占めている。そしてキルステンには消費量の七割を輸出している。さぞ困るだろう。
「えげつない……公爵はよく許したな」
「取引先はキルステンだけじゃない。なくなっても我が家は痛くもかゆくもないさ。それに父はセシルを気に入っている。私同様に怒っていた」
父にとってセシルはもう娘なのだ。私としては極刑でいいと思っている。
キルステン王はエディットを可愛がっているからせいぜい謹慎をさせるくらいの処罰しか与えないと思う。たとえ修道院へ入れることにしたとしても、娘可愛さに過ごしやすい環境を整えるに決まっている。数年すれば修道院から出してそこそこの貴族に嫁がせるだろう。
それだとエディットは一生反省しないで我儘に生き続けることになる。それは受け入れ難いし許せない。
だから謝罪と慰謝料とは別にもう一つ条件を付ける。それを吞まないのなら砂糖の取引は永久に停止するつもりでいる。
その条件とはキルステン王国から少し離れたある国にエディット王女を嫁がせること。その国は我が国と友好国で、事情を説明すれば受け入れてくれそうな変わり者の王子がいる。
エディットの結婚相手となるその国の王子は六番目の王子で、エディットよりも十歳年上だ。近いうちに臣籍降下することが決まっている。王子は品行方正なのだが厳格でこだわりが強い。少しの間違いもズレも許せないという潔癖な人物だ。
そして信仰心が篤い。贅沢を憎み質素倹約を愛する。王族なのに珍しい人物だ。あまりにも清貧すぎて結婚相手が見つかっていない。
あの王子は自分の手で贅沢を好む人間を矯正するのが趣味なのだ。問題のある人間を改心させることが、己の生きる理由で至上の喜びと考えている。
後日、その王子にエディットとの縁組を打診したら、嬉々として受け入れてくれた。
もしかしたらあの王子ならエディットを矯正できるかもしれない。もっとも私はできなくても困らないが。あの国は離縁が認められていないので、エディットがどんなに音を上げても国に戻ることはできない。せいぜい頑張ってほしいものだ。
ちなみにバセット伯爵もこの内容で納得してくれている。伯爵はエイダの行動に感謝してベイリー侯爵家とは和解することにしたと聞いている。この様子だとベイリー侯爵家を支えるのはエイダになりそうだ。私もエイダには感謝している。
「なあ、ワイアット。もしもアイリーンが同じ目に遭っていたらどうする?」
「ん? 当然八つ裂きだ」
ワイアットは獰猛な表情で口角を上げる。お前の方がえげつない……。アイリーンはワイアットの情けない姿と温和な姿しか見ていないが、なかなか鬼畜な性格だ。
ワイアットは温厚そうに見えるがそうでもない。優しいだけでは国を支えきれないからだ。
留学中も自分に言い寄る女性の家の弱みを握り脅していた。潰した家もある。そういう家はみんな絶対に越えてはいけない一線を越えていた。そう、アイリーンを侮辱したことだ。
私にとってワイアットは妹を託すに足る、また臣下として仕え甲斐のある主人で満足している。
それから数日後、キルステン王の使者から手紙が届いた。縁談を紹介してくれたことへの感謝の言葉が形式的に書かれていた。
その後、エディットの婚約が無事に纏まり半年後に輿入れをすることになった。第六王子は嬉しそうにエディットの教育に使う資料を取り寄せているそうだ。きっとエディットは相当苦労する。それでも王女としての面目を保てる縁談を用意してやったのだから感謝してほしいものだ。
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