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9.結婚生活
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貴族同士の結婚なら家の事情が優先され当事者同士の気持ちは二の次になることが多い。
セリーナの両親は相思相愛で自分もいつか両親のような結婚をしたいと思っていた。でも現実は思い通りには行かない、
ロニーに白い結婚を約束させたことで、冷たい結婚生活を覚悟した。もちろん部屋も別々で夫婦の部屋も使っていない。
ところがいざ一緒に暮らし始めるとロニーは距離を縮めようと外出や観劇などに誘ってくれる。
予想もしていなかった態度に驚いたが、彼も考えを改めて私との関係を改善しようとしてくれているのだと思うことにした。その延長線上に愛情が芽生えロニーから愛の言葉が聞ける日が来ることを祈った。その為に私からも積極的に話しかけた。
いつもロニーは陽気に振る舞い、まるで結婚式前日の告白は嘘だったのかと思うほどだった。そんな日々は私に期待を抱かせた。
ある日、彼に用があって屋敷の中を探していたら図書室で熱心に何かを読んでいた。私は驚かせようとそっと近づいた。彼は読むことに夢中で気付かない。
声をかけようとした瞬間、彼は手元に視線を向けたまま幸せそうに微笑んだ。そして口元が何かを呟いた。風に乗って彼の小さな声が私の耳に届いた。私はその瞬間青ざめ、震える足でそっと図書室を後にして部屋に戻った。
「はははは……」
部屋に入ると扉に背を預け天井を見上げた。乾いた笑いが口から出る。目の奥が熱い。両手で顔を覆い体を震わせながら涙を流した。
彼は幸せそうな笑みを浮かべ「ヘレン」と呟いた。熱のこもった瞳は今でもヘレンだけに向けられている。
ロニーの心は変わることなくヘレンのものだ。私への態度は義務に過ぎず、きっとどれほど努力をしても愛されることはない、そう思い知らされた。私はここに至ってようやく自分が失恋したことを受け入れた。今までは彼の優しさが私に諦めることを許してくれなかった。
私はずっと待っていた。あの、結婚式の前日に彼の想いを聞かされた時からずっと……彼から「セリーナを愛する努力をする」その一言を待っていたのだ。その一言さえ聞ければ彼がヘレンを忘れられなくても希望を胸に彼を想っていられた。その言葉があれば白い結婚など提案しなかった。最初は形だけの夫婦でもゆっくりと時間をかけて本当の夫婦になれればいいと思えたのに……。
その日は体調が悪いと言って部屋に閉じこもりロニーとは顔を合わせなかった。そしてこれからのことを考えた。
もう終りにしよう。ヘレンに思いを馳せる顔を見て諦めを決断できた。それにこれ以上彼を想い続ければ私の心は壊れてしまうだろう。
翌日、朝食時にロニーが穏やかな笑顔で言った。
「セリーナ。明日から領地に行ってくる。今週は忙しくなりそうだ。その代り来週末は美術館にでも行かないか?」
「体調が優れないからしばらくは外出を控えてゆっくりしたいわ。ごめんなさい」
ロニーはどんな気持ちで私を外出に誘うのだろう。
「そうか、残念だな。体調が悪いなら仕方ない。またの機会にでも行こう」
一晩泣いて、憑き物が落ちたように私の心は凪いでいた。離婚を決めてしまえば彼の態度に一喜一憂することはない。もう私たちの距離を縮める必要はなくなった。
「セリーナ。行ってくる」
彼は領地に向けて出発した。
「はい。お気をつけて」
ロニーを見送りながらほっと息を吐く。いつもなら寂しいと思っていたが今は何とも思わない。帰ってきたら離婚を切り出すつもりだ。
彼が出発した翌日、ヘレンが私を訪ねてきた。会うのは久しぶりだった。
「私にロニーを返して。私たちは愛し合っているのよ。早くしないと私は嫌な男と結婚しなければならないのよ」
鋭く睨みつけてくるヘレンに苦笑いをした。ロニーは最初からヘレンのもので私が邪魔者のような言い方だ。それにしてもロニーはヘレンとは別れたと言っていたが嘘だったのだろうか。
「それはロニーに言って」
「ロニーがセリーナに遠慮して言えないから頼んでいるのよ!」
頼んでいるようには聞こえない。この態度はいくらなんでも酷い。それとも恋が人を愚かにさせるのだろうか。それなら私も同じか……。
「なるべく早く離婚できるようにするわ。その後は二人で話し合ってちょうだい」
「離婚……するの?」
「ええ」
「まあ! ありがとうセリーナ。それなら改めてロニーと話をするわ」
離婚と聞いて顔色が明るくなった。ヘレンは来た時の剣幕は何だったんだと思うほど上機嫌で帰って行った。
なぜ学生時代の私は彼女に嫌われることを恐れていたのだろう。今はただ二度と関わりたくないと思うだけだ。
私はヘレンが出ていった後、すぐに行動に移した。結果的に彼女の来訪は私の心を後押ししてくれた。
実家のお父様に話があるから会いに行くと手紙を送った。離婚の相談をしたら我慢しろと言われるのか、情けないと呆れられるのか……。それでもお父様を頼らなければ離婚もできない。
自分の無力さに泣きたくなったが、全ては自分の至らなさが招いた結果だった。
セリーナの両親は相思相愛で自分もいつか両親のような結婚をしたいと思っていた。でも現実は思い通りには行かない、
ロニーに白い結婚を約束させたことで、冷たい結婚生活を覚悟した。もちろん部屋も別々で夫婦の部屋も使っていない。
ところがいざ一緒に暮らし始めるとロニーは距離を縮めようと外出や観劇などに誘ってくれる。
予想もしていなかった態度に驚いたが、彼も考えを改めて私との関係を改善しようとしてくれているのだと思うことにした。その延長線上に愛情が芽生えロニーから愛の言葉が聞ける日が来ることを祈った。その為に私からも積極的に話しかけた。
いつもロニーは陽気に振る舞い、まるで結婚式前日の告白は嘘だったのかと思うほどだった。そんな日々は私に期待を抱かせた。
ある日、彼に用があって屋敷の中を探していたら図書室で熱心に何かを読んでいた。私は驚かせようとそっと近づいた。彼は読むことに夢中で気付かない。
声をかけようとした瞬間、彼は手元に視線を向けたまま幸せそうに微笑んだ。そして口元が何かを呟いた。風に乗って彼の小さな声が私の耳に届いた。私はその瞬間青ざめ、震える足でそっと図書室を後にして部屋に戻った。
「はははは……」
部屋に入ると扉に背を預け天井を見上げた。乾いた笑いが口から出る。目の奥が熱い。両手で顔を覆い体を震わせながら涙を流した。
彼は幸せそうな笑みを浮かべ「ヘレン」と呟いた。熱のこもった瞳は今でもヘレンだけに向けられている。
ロニーの心は変わることなくヘレンのものだ。私への態度は義務に過ぎず、きっとどれほど努力をしても愛されることはない、そう思い知らされた。私はここに至ってようやく自分が失恋したことを受け入れた。今までは彼の優しさが私に諦めることを許してくれなかった。
私はずっと待っていた。あの、結婚式の前日に彼の想いを聞かされた時からずっと……彼から「セリーナを愛する努力をする」その一言を待っていたのだ。その一言さえ聞ければ彼がヘレンを忘れられなくても希望を胸に彼を想っていられた。その言葉があれば白い結婚など提案しなかった。最初は形だけの夫婦でもゆっくりと時間をかけて本当の夫婦になれればいいと思えたのに……。
その日は体調が悪いと言って部屋に閉じこもりロニーとは顔を合わせなかった。そしてこれからのことを考えた。
もう終りにしよう。ヘレンに思いを馳せる顔を見て諦めを決断できた。それにこれ以上彼を想い続ければ私の心は壊れてしまうだろう。
翌日、朝食時にロニーが穏やかな笑顔で言った。
「セリーナ。明日から領地に行ってくる。今週は忙しくなりそうだ。その代り来週末は美術館にでも行かないか?」
「体調が優れないからしばらくは外出を控えてゆっくりしたいわ。ごめんなさい」
ロニーはどんな気持ちで私を外出に誘うのだろう。
「そうか、残念だな。体調が悪いなら仕方ない。またの機会にでも行こう」
一晩泣いて、憑き物が落ちたように私の心は凪いでいた。離婚を決めてしまえば彼の態度に一喜一憂することはない。もう私たちの距離を縮める必要はなくなった。
「セリーナ。行ってくる」
彼は領地に向けて出発した。
「はい。お気をつけて」
ロニーを見送りながらほっと息を吐く。いつもなら寂しいと思っていたが今は何とも思わない。帰ってきたら離婚を切り出すつもりだ。
彼が出発した翌日、ヘレンが私を訪ねてきた。会うのは久しぶりだった。
「私にロニーを返して。私たちは愛し合っているのよ。早くしないと私は嫌な男と結婚しなければならないのよ」
鋭く睨みつけてくるヘレンに苦笑いをした。ロニーは最初からヘレンのもので私が邪魔者のような言い方だ。それにしてもロニーはヘレンとは別れたと言っていたが嘘だったのだろうか。
「それはロニーに言って」
「ロニーがセリーナに遠慮して言えないから頼んでいるのよ!」
頼んでいるようには聞こえない。この態度はいくらなんでも酷い。それとも恋が人を愚かにさせるのだろうか。それなら私も同じか……。
「なるべく早く離婚できるようにするわ。その後は二人で話し合ってちょうだい」
「離婚……するの?」
「ええ」
「まあ! ありがとうセリーナ。それなら改めてロニーと話をするわ」
離婚と聞いて顔色が明るくなった。ヘレンは来た時の剣幕は何だったんだと思うほど上機嫌で帰って行った。
なぜ学生時代の私は彼女に嫌われることを恐れていたのだろう。今はただ二度と関わりたくないと思うだけだ。
私はヘレンが出ていった後、すぐに行動に移した。結果的に彼女の来訪は私の心を後押ししてくれた。
実家のお父様に話があるから会いに行くと手紙を送った。離婚の相談をしたら我慢しろと言われるのか、情けないと呆れられるのか……。それでもお父様を頼らなければ離婚もできない。
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