結婚式の前日に婚約者が「他に愛する人がいる」と言いに来ました

四折 柊

文字の大きさ
16 / 26

後日談1 (新しい恋)

しおりを挟む
 私はあれ以降もクリスティアナの好意に甘え、ずっとアバネシー公爵領で過ごしている。
 今日は乗馬をしているのだが……、私はおっかなびっくり馬にしがみついている。

「セリーナ。あなたが怯えると馬にもそれが分かってしまう。この馬は気性が穏やかだから心配しなくても大丈夫よ」

「分かってはいるのだけど……」

「ティアナ。少しずつ慣らした方がいい。セリーナをそんなに焦らせては駄目だよ」

 クリスティアナの横で彼女を窘めるのは婚約者のスタンリー・ケラー伯爵子息だ。快活なクリスティアナを優しく見守る穏やかな男性で二人並べば見目麗しくお似合いだ。スタンリーは髪を後ろにきっちりと撫で付け身だしなみにも隙がない紳士だ。

 数日前から彼女の勧めで乗馬に挑戦しているが、殆ど経験のない私は走らせるどころか座っているだけで精一杯だ。
 馬の上は想像以上に高くていつ落ちてしまうのかと全身に力が入る。その緊張のせいか馬が少しピリピリしているようだ。

「セリーナ。肩の力を抜いて、もっと自然に」

 馬の手綱を握り私の面倒を見てくれているのはフレデリック・ケラー伯爵子息だ。彼はスタンリーと双子の兄弟で私たちより6歳年上な分、振る舞いに大人の余裕がある。スタンリーが兄でフレデリックが弟なのだが二人の性格は正反対だと言われている。誠実で真面目なクリスティアナ一筋のスタンリーに対し、フレデリックはまだ婚約者もおらず特定の恋人も作らず数々の浮名を流しているらしい。私はクリスティアナに二人を紹介されるまでは面識がなかったので噂程度しか知らなかった。浮名の真実は分からないがフレデリックは意外と世話焼きで面倒見がいい。馬上でおろおろする私に優しく声をかけ手を貸してくれている。

「ティアナ。私はゆっくり馬の上で景色を眺めるだけで充分よ。あなたは少し走らせてきたら?」

 ちっとも上達できずにただ馬の上にいるだけの私に、付き合わせることに気が引けてクリスティアナに切り出した。

「私がセリーナを見ているからスタンリーとティアナは近くの湖畔まで行って来いよ」

 フレデリックがフォローをしてくれる。彼を私に付き合わせることもと申し訳ないが、クリスティアナとスタンリーの逢瀬を邪魔し続けたくないのでありがたい。

「セリーナを置いていくの?」

 クリスティアナが心配そうに眉を寄せる。私は笑顔を作った。

「フレデリック様がいてくれるし大丈夫よ。二人を私につき合わせてしまっていると思うと逆に私が落ち着かないわ」

 せっかく領地まで婚約者が来てくれているのに、私のせいで二人の時間が無くなってしまうのは悲しい。

「ティアナ。ここはフレデリックに任せておこう。少しだけ二人で馬を走らせないか? 馬もそわそわしているし」

「そうね。セリーナ、ちょっと走らせたら直ぐに戻ってくるわ」

「そんなこと言わないでゆっくりしてきて?」

 私は過保護なクリスティアナに苦笑いをしながら送り出した。
 彼女は乗馬が得意であっという間に二人で駆けていく。姿が見えなくなったところでほっと息を吐く。すると横からくつくつと笑う声が聞こえた。

「そろそろ馬から降りますか? お嬢さん」

 私は数日前から筋肉痛で馬の上で座っているだけでも辛い。といって一人で降りる事もできなかった。フレデリックは察してくれていた。

「はい。すみませんが手を貸していただけますか」

「どうぞ」

 フレデリックは私の手を取り流れるように地面に降ろしてくれた。

「ははは。セリーナは馬がそんなに怖いのか?」

 私はそっぽを向いて誤魔化すようにツンと返事をする。

「馬は可愛いです。ただ……高い所が苦手なんです」

「高所恐怖症なのか?」

 フレデリックは目を丸くした。

「そこまでではありませんが、できれば高い所にあまりいたくありません。ちょっとだけ苦手なのです」

「それならティアナにそう言えばよかったのに」

 彼は呆れ声で顔を顰めた。でもクリスティアナは私を楽しませるために乗馬を教えてくれている。苦手だとは言いにくかった。フレデリックは溜息を吐くと私に手を差し出した。首を傾げつつもエスコートだと判断し手を預ける。彼はそのまま少し離れたところにあるベンチへと足を進めた。スマートにハンカチを出すとベンチに敷いてくれた。

「どうぞ。お嬢さん」

「ありがとうございます。フレデリック様」

 軽く会釈をして腰かける。彼も隣に座った。

「セリーナ。君がティアナに気を遣うのは分かるが、もし逆の立場だったらどう思う? 寂しいとは思わないか? ティアナは君に我慢させたい訳じゃない。君を楽しませたいんだ」

(逆の立場? 私が乗馬を勧めてティアナは嫌なのに我慢して笑って楽しんでいる振りをする?)

 はっとしてフレデリックの顔を見る。彼は目を細め焦る私を優しく見ていた。

「どうだ?」

「はい……。心から楽しんでほしいのに無理をさせてしまうのは嫌です」

「ティアナをガッカリさせたくないのは分かるが、我慢して呑み込まずにはっきり自分の意志を伝えるべきだ。本当の友人ならばそんなことで気を悪くしたりしないさ」

 私はコクンと頷いた。自分がクリスティアナを傷つけたくなくて黙っていたつもりだったが、自分が彼女に嫌われるのを恐れて言いたくなかっただけだと気づいた。これは彼女のためじゃなく自分の弱さだ。
 俯く私の頭を大きな掌がポンポンと軽く叩く。手の主を見ればニカッと笑う。

「いい子だ」

 私は恥ずかしくて顔が赤くなった。フレデリックから見れば私は未熟な子供に見えるのだろう。幼い子のように扱われると「私は立派なレディです」と言いたくなってしまう。でも彼の指摘は正しいので子供扱いについては黙っていた。

「夜にでもティアナに言ってみます」

「ああ。そうしたほうがいい」

 私は夜、クリスティアナの部屋を訪ねた。

「ティアナ。あのね。私……馬は好きなのだけど高い所が怖くて苦手なの」

「まあ! セリーナ。気付けなくてごめんなさい。私ったらずっと怖いのを我慢させていたのね」

 クリスティアナは目を丸くして驚く。そして何度もごめんと謝った。私はとても後悔した。始めから伝えておけば彼女に謝らせることもなかったはずだ。

「違うの。楽しかったし、嬉しかったけど、乗馬は向いていないみたいで。でも、今回ティアナが乗馬を勧めてくれたおかげで分かった事なの。それまで高い所が苦手だって自分でも知らなくて。だからそんなに謝らないで。それに馬は可愛くて大好きよ」

「そうなのね。でも、これからは私に気を遣って我慢なんてしないでね。私たちせっかく仲良くなったのに、我慢しなければならない友人ではいたくない。ね? お願い」

「私こそごめんなさい。これからはちゃんと言うわ。その代わりティアナも何でも言ってね」

「あら、私はいつも言っているわ。セリーナが遠慮し過ぎなのよ。でも本当の気持ちを教えてくれてありがとう。これからは私が颯爽と馬に乗っているところを見ていてね」

「ええ、そうするわ」

 クリスティアナは私の気持ちを受け入れてくれた。高い所が苦手だと告げても無理に克服しろとか頑張れとは言わない。
 今回のことで波風を立てたくなくて黙っていることが正しいことだとは限らないと反省した。
 それを教えてくれたフレデリックに心の中で感謝した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

婚約破棄した相手が付き纏ってきます。

沙耶
恋愛
「どうして分かってくれないのですか…」 最近婚約者に恋人がいるとよくない噂がたっており、気をつけてほしいと注意したガーネット。しかし婚約者のアベールは 「友人と仲良くするのが何が悪い! いちいち口うるさいお前とはやっていけない!婚約破棄だ!」 「わかりました」 「え…」 スッと婚約破棄の書類を出してきたガーネット。 アベールは自分が言った手前断れる雰囲気ではなくサインしてしまった。 勢いでガーネットと婚約破棄してしまったアベール。 本当は、愛していたのに…

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

【完結】よりを戻したいですって?  ごめんなさい、そんなつもりはありません

ノエル
恋愛
ある日、サイラス宛に同級生より手紙が届く。中には、婚約破棄の原因となった事件の驚くべき真相が書かれていた。 かつて侯爵令嬢アナスタシアは、誠実に婚約者サイラスを愛していた。だが、サイラスは男爵令嬢ユリアに心を移していた、 卒業パーティーの夜、ユリアに無実の罪を着せられてしまったアナスタシア。怒ったサイラスに婚約破棄されてしまう。 ユリアの主張を疑いもせず受け入れ、アナスタシアを糾弾したサイラス。 後で真実を知ったからと言って、今さら現れて「結婚しよう」と言われても、答えは一つ。 「 ごめんなさい、そんなつもりはありません」 アナスタシアは失った名誉も、未来も、自分の手で取り戻す。一方サイラスは……。

政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

処理中です...